公認心理師・伊藤絵美さんに聞く、ストレスを溜め込まないための「セルフケアのポイント」
心理療法の手法である「スキーマ療法」(※1)や「認知行動療法」(※2)の専門家として知られる洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長である臨床心理士・公認心理師の伊藤絵美先生がエッセイ本を出版。カウンセラーである彼女自身が抱える心の問題や不安に対しどのように向き合ってきたのか、プロの視点から見たセルフケアのポイントは何なのか、心理士の石上がインタビュー。本記事では過去の残念な対処法から現在のセルフケアについて紹介します。
※1 スキーマ療法:認知行動療法では効果の出ない深いレベルの苦しみを解消するためにスキーマ(価値観や信念)に焦点を当てる心理療法
※2 認知行動療法:現在の問題に対して、認知(考えや捉え方)や行動などの変えやすい部分から変えていくことで問題解決をめざす心理療法
痛みをただ感じていると、時間と共に頭痛が自然に消える
ーこれまで様々なストレス対処法を実践されてきたかと思います。今振り返ってみると「あまりよくなかった」と感じる対処法には、どんなものがありますか?
「本書にも取り上げましたが、タバコを吸っていたことです。特にカウンセリングが続いてしまうと気持ちの切り替えが難しく、セッションとセッションの間に一服するような習慣があってタバコが頼りでした。おそらく、煙を吐く時に息を長く吐き出すような「呼吸効果」のようになっていたと思います。マインドフルネスを使えば切り替えできたと思いますが、当時はそのような切り替え手段を持っていませんでした。また、今でもゲームをやりすぎるなど「やりすぎ傾向」はあるので、それもあまりよくなかったと思います。」
ー話は変わりますが、ストレスとうまく向き合えるようになった対処法の一つ「マインドフルネスの実践」ついて伺います。以前、世界的に知られる禅僧ティク・ナット・ハンのお弟子さんによるマインドフルネスの研修を受けた際に「自由でいいんだ」と感じたことが理解を深めた転換点だった、と本書で触れていますが、マインドフルネスを理解したり体感したような出来事は他にはありますか?
「本書にも書いた頭痛薬に関する経験が大きかったです。頭痛に対して、痛みそのものをマインドフルネスで受け止めるというアプローチを知ったこと、瞑想研究者の井上ウィマラ先生が著書で「痛みはただの痛みである」と書いているのを読んだことで考え方が変わりました。以前は、痛みを不快なものとして捉え、痛かったら頭痛薬を飲んで痛みを消さなきゃいけないと意味付けしていました。その結果、頭痛薬に依存している面もあったかもしれません。私はストレス反応で頭痛が出やすく、頭痛がするとすぐ市販の頭痛薬を飲んでしまっていたのですが、「その痛みは単に痛みに過ぎない」と書いてあり、痛みをそのまま感じてみようと思えるようになりました。頭痛がした時に痛みをただ感じていると、時間と共に頭痛が自然に消えることを体感し、薬が必要ないことに気付きました。これが私にとって大きな体験でした。
また、禁煙に関しても大きな体験でした。禁煙した直後はタバコを吸いたい気持ちが強く出てくるのですが、吸いたい気持ちに抗うのではなく、マインドフルにただ感じればいいと分かりました。心の痛みも同じで、ネガティブな感情もひとまずは感じてみようと受け止められるようになったのは大きいです。」
とりあえず何でもいいからやってみることが大切
ーマインドフルネスがうまくできない人に対してのアドバイスがあれば教えてください。
「まず、うまくできないと感じているということは、「うまくできるか」「うまくできないか」というジャジメントが入っていますよね。マインドフルネスは、「今、この瞬間の体験に、評価や判断をすることなく、注意を向け、ありのままの気づきを受け止める」ということ。うまくやろうとか、成果を求めすぎないことが大切です。マインドフルネスは、気分が良くなるために行うものではなく、地味な技法です。成果や結果にとらわれずに、地味にでも続けることがポイントだと思います。」
ーなるほど、とにかく続けることですね。
「やはり、ジャッジしないことですね。私たちの共通点は、初めは難しさを感じていたけれど、どこかで吹っ切れる瞬間が訪れたということですね。難しいと感じる方こそ、マインドフルネスを続けてほしいと思います。その中で吹っ切れる瞬間に出会えると素晴らしいですね。」
ー認知行動療法について、著書で認知再構成法(※3)や問題解決技法(※4)を自分でやる方法を紹介しています。どんな時にどんなケアを選択すべきかわからない人もいると思いますが、選び方のアドバイスをお願いします。
※3 認知再構成:認知行動療法の技法の一つで、考えの癖にアプローチをする「思い直し」の技術
※4 問題解決技法:認知行動療法の技法の一つで、主に行動に焦点を当てて現在の問題を解決していく実践的な技法
「適当でいいと思いますよ。行動と認知は両輪です。私たちは行動しながら考えているし、考えながら行動をしている。どちらかを変えれば循環が変わってきます。この場合は行動、この場合は認知いうように、正しい選択をしなければいけないと考えるとプレッシャーが高まるので、「とりあえず何でもいいからやってみよう」と思い直しをしても、行動を変えてもどちらでもいいと思います。」
ー何事も正しさばかり求めていると新たなストレスが生まれるのかもしれませんね。気楽な気持ちでマインドフルネスでも認知行動療法でも試してみるといいですね。
お話を伺ったのは…伊藤絵美さん
公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士。洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任准教授。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook 1 & Book 2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる認知行動療法入門 BOOK 1 & BOOK 2』『ケアする人も楽になるマインドフルネス&スキーマ療法 BOOK 1 & BOOK 2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)などがある。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
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