性的演出の調整役、インティマシーコーディネーター西山ももこさんが語る「人権と尊厳」
性的描写やヌードなどがあるシーンの撮影する際に、監督と役者の調整を行うインティマシーコーディネーター。インティマシーコーディネーターの資格を持つ人は日本にはまだ2人しかいないそうです。そのうちの1人の西山ももこさんに、インティマシーコーディネーターとして現場に入って感じる変化や今後の課題についてお話を伺いました。
勃起=性的な興奮とは限らない
——インティマシーコーディネーターとして現場に入って、役者や監督からはどのような変化があったと聞きますか。
「楽になった」と言っていただくことが多いです。最初は「すごく忙しい方々だから、できるだけ短くします」と監督にも役者さんにもできるだけ負担をかけないようにしなきゃと思っていました。でも役者さんから「こういうシーンだからこそ、ちゃんと話をしたい」と言われたことがあって。勝手に気を回したことで、逆に話す機会を奪ってしまっていたんです。忙しそうな役者さんでも30分~1時間とかじっくり時間をかけて話したいとおっしゃる方もいて、結果2時間以上になることもありました。監督からも「実は話したいと思ってた」って言われたこともありました。
——ここ数年で性暴力被害の深刻さは世の中に認識されつつありますが、男性の性暴力被害のニュースには揶揄するコメントがつくなど、男性の性的な尊厳が軽く見られる風潮が強いと感じます。お芝居の現場での男性の現状や、課題に感じていることを教えていただけますか。
異性愛の作品が多数を占めているため、男性と女性で性的なシーンの撮影が行われることが多いのですが、男性の役者さんは自分の身を守るだけでなく、相手の嫌なことをしたくないと思っている人が多いですね。所属事務所も相手役の女性のNGを気にして「相手は何が嫌かを教えてください」と聞かれることも多いです。
男性の方が「自分が加害者になるかもしれない」という意識が強いですし、男性は身体の反応が目視できてしまいますよね。「勃起して気まずかった」と打ち明けてくれることもありました。相談を受けたら「パッドを入れてみましょうか」とか前貼りの貼り方を工夫するとか提案するのですが「恥ずかしい話としてではなく、こういう話ができるのはありがたい」と言われたことも。勃起=必ずしも性的な興奮ではなくて、布が擦れて勃起してしまうこともあるんですよね。だから「反応したことに対して恥ずかしいと思わなくていいですし、困ったことがあったら呼んでくださいね」と声をかけています。
男性の役者さんと話すと、今まで彼らは一人で闘ってきたのだと感じます。バラエティ番組では「有名女優さんとベッドシーンがありますね」みたいなイジりを見ることがあります。役者さんもその場の空気に合わせた対応をすることが多いですが、実際はすごく気を使ってる人が多いですし「作品として必要だから」という認識でインティマシーシーンを演じています。
日本ではまだ先になりそうですが、男性のインティマシーコーディネーターもいた方がいいと思います。いろんな性の人がいた方がいい。男性同士の方が話しやすいこともありますよね。
フェミニズムに出会って気づきを得た
——西山さん自身、インティマシーコーディネーターとして仕事を始めてからの心境の変化はありましたか。
テレビは男社会で、一緒に仕事をするのも男性で、その環境に適応して生きてきたものの、なんだかモヤモヤはしていたんです。インティマシーコーディネーターとして仕事を始めてから少し経った頃、アルテイシアさんの本に出会って、目の前が開ける感覚を得ました。
自分が経験した理不尽なことについて我慢してきましたが「怒ってよかったんだ」と思えましたし、最近は意見を言うのが難しい場でも、せめて笑わないでいるなど抵抗しています。フェミニズムに出会って、インティマシーコーディネーターの仕事への向き合い方も変わりました。
インティマシーコーディネーターとして仕事を始めてから、色々なことを勉強しました。ハラスメント講習を受け、ハラスメント相談員とカウンセラーの資格を所有しています。ほかにも、非言語での同意について知るため、ボディランゲージ協会の認定講師、アンコンシャスバイアスの認定トレーナーも取りました。知識を得ることで自分の有害さに気づいて日々反省しています。数年前まで無自覚な部分も多くて、コミュニケーションのつもりで男性スタッフに「彼女いるの?」などと言ってしまうこともありました。ちょっと気を抜くと昔の有害な言動をしていた自分が出てきてしまうので、今でも気を付けています。
——権力は持ちたくなくても持ってしまうこと(年齢や役職など)がありますよね。意識していることはありますか。
時代背景が違うことを理解したうえで接しないと、暴力的になってしまうことがあると思います。私たちの時代は先輩と一緒に海外に行くとか、先輩の仕事を見たり教えてもらえたりする機会があったのですが、今は予算がないから余裕がないんですよね。私が当たり前だと思ってても、若い人は経験してないから知らないこともあります。
インティマシーシーンだけでなく、人権や尊厳の尊重を
——インティマシーコーディネーターの認知度は高まるなかで、感じた良い変化と今後の課題についてお話しいただけますか。
最近では「次はインティマですよね」など略語で呼ばれることも増えてきて、日常の一つとして浸透してきているのが嬉しいです。監督も「私が来る=インティマシーシーン」なので、私のことを見たら最少人数になるよう呼びかけている方もいます。
課題は「同意」の文化も広めていかなきゃいけないなって。役者自身が「一度同意をしたからもうNoと言えない」って思うとか、オーディションのときにYesって言ったことを撮影の最後まで拘束されるとか、何十年前の話でも「いいって言ったじゃん」って責められることもありますが、そもそも「同意とは何か」が知られていないですよね。
ほかにも全体的に知識のアップデートが必要だと思います。女性でも性暴力のことを「枕営業」って言う人もいますし。インティマシーシーン以外の話ですが、バラエティ番組に関わったときに海外の文化を揶揄するような内容があって、プロデューサーに意見を伝えたこともありました。何か意図をもって行う演出は存在しますが、多くの場合は差別的なことに気づかずに無意識でしています。だから知識を広げることが必要ですよね。
——インティマシーシーン以外でも課題を感じることがあるのですね。
演者に同意を取るとか人権を尊重するのは当然で、インティマシーシーンだけきちんとしていても意味がないなって。見てる人が安全に感じるような作品づくりをしたいので、日本は予算が少ないですが「本当にこれを放送していいのか」「視聴者がどう思うか」といったことを話し合える場や部署ができたらいいなと思います。
働く人の待遇や環境も改善が必要だと思っています。フリーランスで働いているスタッフが多くて、報酬未払い問題を聞くこともあるので「労働局に行ったほうがいいよ」「弁護士に相談してみたら?」って提案するのですが、疲れてしまってて、その労力を捻出できないような状況でして。「訴えたら干されるかも」って相談されることもあるのですが、報酬がもらえないのは干されるのと同じじゃない?って思うんですよね。
私も報酬を払ってもらえなくて諦めかけたことがあったんですけど「私が諦めたら別の人が同じことされるかもしれない」って思って半年以上連絡を続けて払ってもらったことがあります。労力に見合わないかもしれないですが、こういう風習を直していかないといけないですよね。
「男社会」なので、女性の意見が反映されないことがまだ多いですし、若い男性は危機感を覚えている人もいるけれども決定権はない状況で、若い人が安心して意見を言える空気がまだまだだとも感じていて。他に言える人がいないからか、未払いやハラスメントの相談をもらうことがあって、私が代わりに意見することもあります。「うるさい人」になっていますが、人権や尊厳の尊重が現場全体で達成されなければ意味がないと思います。
昔、田嶋陽子さんをテレビで見たときには「うるさいおばさん」だと思っていましたが、当時あのように声をあげてくれた人がいたから、少しずつ社会が良くなってるんだと思いました。そうやって先輩たちに守られてきたので、今度は私たちが声をあげていかないと、という思いがあって。私が盾になって、若い人を育てていきたいです。
【プロフィール】
西山ももこ(にしやま・ももこ)
東京出身。16歳の時にアイルランドのダブリンに留学、ダブリンでカレッジまで進み、大学はチェコにあるプラハ芸術アカデミー卒業。
2008年に帰国。その後アフリカ専門の撮影コーディネーターとして活躍。50カ国以上の国での撮影経験。海外メディアのインバウンドロケや、イベントなど幅広く携わる。
2020年にインティマシーコーディネーターの資格を取得。ハラスメント相談員やアンコンシャスバイアス認定トレーナーの資格も所持。
●Maebari 公式サイト
https://maebari.info/
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