監査ではなく調整。性的シーンにおいて役者と監督をつなぐインティマシーコーディネーターの仕事とは

 西山ももこさん
西山ももこさん(ご本人よりご提供)

2022年ユーキャン新語・流行語大賞にノミネートした「インティマシー・コーディネーター」。インティマシー(intimacy)とは「親密」という意味の単語で、インティマシーコーディネーターは性的描写やヌードなどがあるシーンにおいて、役者が安心して撮影に臨めるよう、かつ監督のイメージが表現できるよう、監督と役者の調整を行います。日本にはまだ2人しかいないインティマシーコーディネーターですが、そのうちの1人の西山ももこさんに、インティマシーコーディネーターとして働いていて感じたことをお伺いしました。

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作品を良くするために「同意」を取って調整する

——インティマシーコーディネーターとはどのようなお仕事でしょうか。

一言で言うと制作側と俳優部をつなげる役割です。まず台本を受け取ったら台本を読み解き、インティマシーシーン(ベッドシーンなど親密な描写のあるシーン)の内容について監督と話をしたうえで、監督のイメージを役者に伝えます。そして俳優から「これは避けたい」「これだったらいい」などの話を聞いて、それを監督に伝え、再度監督からの提案を役者に伝えて……という形で一つ一つ同意を取って共有していきます。撮影前には双方の役者さんに事前にNGを伝えておいたり、「ここのキスシーンで舌を入れないでください」など具体的に伝えたりします。

現場では、どういうふうに見えるか伝えたり、同意以上の行為が行われていないかを確認したり、また事前に同意したけれども、体調が優れなくて難しいなど、色々なことがありますので、その調整も行います。撮影当日に監督が演出方法を変えたいと思えば相談されるので、その内容を役者に同意を取ることもありますね。

——日本では2022年に「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートするなど注目を集めました。最近はインティマシーコーディネーターになりたい人が多いそうですね。

多くの人に興味を持っていただいています。メディアで取り上げていただく機会も増え、輝いている仕事やスーパーヒーローのように見られることがあるのですが、あくまでスタッフであることは強調したいです。作品を良くするためのコーディネーターなので、私がどう思うかではなくて、作品を良くするためどう落としどころをつけるかの調整役なんですよね。

また現状、インティマシーコーディネーターだけで生計を立てることは難しいです。私も
CMやミュージックビデオのプロデューサーやプロダクションマネージャーなど制作の仕事も行っており、インティマシーコーディネーター専業では食べていけない状況です。仕事量としては7割がインティマシーコーディネーターですが、収入は残り3割の方が多くを占めています。

ただ、それには理由もあって。インティマシーコーディネーターの稼働が1ヶ月の撮影期間のうち1、2日しかないことも珍しくないのですが、そのスケジュールがなかなか決まらないんです。そうすると他の仕事を入れるのも難しくて。関わっている人数が多いので、急にスケジュールがズレることもあって、やむを得ない部分もあるんですけど、その分の収入保障がなければ仕事として続けられないですよね。若い人たちがインティマシーコーディネーターとして働いて生計が立てられる仕組みづくりが必要ですし、「西山さんはこれでやってくれた」で厳しい状況を引き継いではいけないと思うので、最近は収入面での交渉もするようにしています。

——どんな人がインティマシーコーディネーターに向いていると思いますか。

あくまでコーディネーターなので、制作や演出の意図が理解できることが求められます。ある程度、撮影現場がわかっているうえで、インティマシーコーディネーターの視点を持って調整役ができる。そのため制作やコーディネーター業の経験がある人の方が向いていると思います。

まだインティマシーコーディネーターが知られていない頃に、役者さんから「あまり制限をしないでほしい」と言われたことがあって。「これはダメ」と指示する仕事ではないけれども、誤解されてるんですよね。同意をきちんと取ったり、真の同意であるか話し合える相手であるようにはしていますが、私が撮影時にストップをかけることは滅多にありません。繰り返しになりますが、監査役ではなく裏方のお仕事の一つです。

日本には「No」を言えない人が多い

——西山さんはアメリカのIntimacy Professionals Association(IPA)に所属し、インティマシーコーディネーターの資格を取得されたとのことですが、仕事をしていて、アメリカと日本の違いを感じることはありますか。

アメリカは仕事の割り振りが明確です。ユニオン(労働組合)で決められたガイドラインがあって、それに沿って仕事をするので、決められた業務以外をついでにやる、みたいなことはないです。労働時間も厳密に決まっていて、インティマシーシーンのガイドラインもあります。オーディションにも決まり事もあるくらいで。でも日本ではそういったルールはほとんどないですよね。

私はアメリカのトレーニングを受けているので、ついアメリカ基準で進めがちですが、現場ではバランスを取らないと上手くいかないと感じています。「アメリカではこうです」って言っても「日本はユニオンもガイドラインもないから違う」で終わってしまうので、日本にカスタマイズをして取り入れていく必要性があります。

「同意」も違いますよね。アメリカは「Yes/No」を言うことに慣れていますが、日本ではNoを言えなくて「大丈夫です」って言ってしまう人が多いです。そのため同意の取り方に気を付けないといけないなと感じます。最初に「嫌なことはないです」って言ってても、一つ一つ具体的に聞いていくと、嫌なことが明らかになることも。たとえば「このシーンで髪を触っても大丈夫ですか?」など、細かく聞かないと日本の人はNoと言えないことが多いですね。

コミュニケーションの取り方が日本とアメリカで全然違うので、合作の仕事をするときと、日本の仕事をするときとで、アプローチ方法を変えるようにはしています。

——「No」を言えない背景には「仕事がなくなるのではないか」という恐怖心から言えないこともあるのではないでしょうか。

そうですね。私も他人には「Noって言っていいんだよ」って言ってますが、プロデューサーから食事に誘われたときに迷ったことがありました。相手に下心はないと思うものの、「今日は疲れてる」とかで行きたくないこともあります。だからプロデューサーに「誘わない方がいいですよ(誘うなら断りやすい方法で)」って言ったことがあります。誘った側にそういうつもりがなくても、パワーバランスがある中で、聞かれた方は断りづらいですし、仕事がこなくなるかもって悩んでしまうので。

私は元々ロケコーディネーターという仕事をしていて、この業界で働いている年数も長いですし、色々な仕事があるので、一つ仕事がなくなっても生活に支障がないからNoと言える部分もあります。日本の現場しか知らないなかで、朝から晩まで働いているような状態だと他の選択肢が見えないですし、他の世界を見る余力がないのも現状だと思います。

——西山さんは最初からNoを言えたのでしょうか。

私も最初は言えませんでした。業界に入った当初はなんでもクライアントの要望を叶えてあげることが良いことだと思っていましたし、そのような教育を受けてきました。実際「なんでもやります」と言ってたら、指名がたくさん来て仕事が増えましたし。でも矛盾を感じることも増えたんですよね。「本当はNoと言うべきでなかったか」「バカにされているのに、なんで私は笑いながらYesと言っていたのだろう」そういう積み重ねを感じたときに「やりません、この番組降ります」って言えるようになりました。今は自分がリスペクトされないような、私じゃなくてもいい仕事は他の人に頼んでくださいというスタンスで、人権を踏みにじるような仕事はしないと決めています。

安心して使える前貼りを作りたい

——西山さんは「Mebari」というプロダクトのホームページを開設しています。販売は準備中とのことですが、どのような商品を検討しているのでしょうか。

「前貼り」とは性器を覆い隠すもので、テーピングや布を使うなど原始的な手法で作られていることが多いものです。でもものすごく小さいものも少なくはないですし、隠せてはいるものの、役者さんが安心して使えているのか疑問に思いまして。

私は毎回デザイナーの友人に作ってもらっていて、製品化についても相談しているのですが、消耗品なので価格設定を高くはできなさそうだと。そうすると日本では作るのが難しいのですが、でも海外で作るとなるとロット数が大きくなってしまうんですよね。人や作品によって適切なサイズや素材が違うので、大量生産のメリットがあるか悩むところでして。小ロットでの生産ができるなら、色々な種類が作れるのですが、費用面でも苦労していて、先は長いですね。でもインティマシーコーディネーターがもっと増えて、需要が高まりそうなら形にしたいです。誰か投資してくれる人がいたら嬉しいですね(笑)。

西山ももこさん
西山ももこさん(ご本人よりご提供)


【プロフィール】
西山ももこ(にしやま・ももこ)

東京出身。16歳の時にアイルランドのダブリンに留学、ダブリンでカレッジまで進み、大学はチェコにあるプラハ芸術アカデミー卒業。
2008年に帰国。その後アフリカ専門の撮影コーディネーターとして活躍。50カ国以上の国での撮影経験。海外メディアのインバウンドロケや、イベントなど幅広く携わる。
2020年にインティマシーコーディネーターの資格を取得。ハラスメント相談員やアンコンシャスバイアス認定トレーナーの資格も所持。

●Maebari 公式サイト
https://maebari.info/
 

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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