予期せぬ妊娠をしたときの“正しい”選択とは?『あの子の子ども』が問いかける「若年妊娠」のリアル

 予期せぬ妊娠をしたときの“正しい”選択とは?『あの子の子ども』が問いかける「若年妊娠」のリアル
『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる

日本でのメジャーな避妊方法はコンドームですが、破損や脱落によって避妊に失敗することもあります。コンドームを使用していたとしても、生理が少し遅れたときに「妊娠していないか」と不安になったことのある人もいるのではないでしょうか。意図せず妊娠する可能性は誰にでもありますし、パートナーやお子さんがその立場の場合もあります。想定外の妊娠をした場合にどのような選択をするか考えるきっかけをくれる作品が、別冊フレンドで連載中の『あの子の子ども』(講談社)です。作者の蒼井まもる先生に作品を描く際に大切にしていることや、若年妊娠や性教育についてお考えのことをお伺いしました。

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高校2年生の福(さち)には宝という同級生の彼氏がいます。食欲不振や吐き気の症状があり、宝との性行為の際にコンドームが破れてしまったこともあったため、妊娠検査薬を使ったところ陽性という結果が出ました。

「何かの間違えなのではないか」と思いたくなる感情、パートナーや親に打ち明けるときの緊張感、産婦人科へ行く際の不安な気持ち、「堕ろすのは怖いけれども産んで育てられるのか」という葛藤、中絶を希望していたもののエコーを見て気持ちに変化が出る様子などが丁寧に描かれています。

周囲の大人の反応も、「本人たちの意思を尊重すべき」と考える人もいれば、「中絶しなさい」と言う人、宝を強く責める人など一人ひとり考え方は異なります。

福や宝と同世代の子どもだけでなく、大人も学びになる部分が多々ある作品です。

お手本になるパートナーの言動を描いた

予期せぬ妊娠をした際に、パートナーの男性が無責任であったり逃げてしまったりという話を聞くことは珍しくありません。しかし宝は福から妊娠検査薬が陽性だったことを打ち明けられた際にも「ひとりで悩ませてごめん」「これからのことを一緒に考えよう」と向き合い、妊娠や中絶、出産する場合の費用や利用できる制度、妊娠しながら通学することなどを調べる様子が描かれています。宝の言動は「理想的だ」「泣ける」と読者からも好評です。

「若年妊娠をテーマとした作品では、パートナーの男の子が褒められたものではない行動を取る姿が描かれることが多く、実際にそのようなケースを見聞きすることが多いのも事実です。しかし、その姿を描いたところで問題解決に向かわないと思いました。パートナーの女性がどんな言葉が欲しいか、どう行動してほしいかを描くことによって、本作を読んだ男の子が宝の言動をヒントにしてくれたらいいなと思いました」

『あの子の子ども』は少女漫画ですので、若年妊娠をテーマとした少女漫画のヒーローとして、振る舞いがかっこいい男の子であるべきだと考えています。彼女が妊娠した際に、責任放棄したり逃げたりするのではなく、宝のような行動を描くべきだと思いました」

『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる
『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる

予期せぬ若年妊娠の場合、同意のある行為であっても「妊娠させた男が悪い」と男性に矛先が向かいがちです。作中でも妊娠が発覚した際に、事情を聞く前に宝の母親は福に謝罪しますし、福の兄は宝を一方的に責める姿が描かれます。妊娠するのは女性であるため、産む選択をしても、産まない選択をしても、女性の負担が大きいのも事実ではありますが、同意のある性行為は二人で決めてしたことです。

また、好きな相手同士で同意を得て触れ合い、それを心地良いと感じることは悪いことではありません。宝のように誠実な向き合い方をしていても、一方的に「男性が悪い」とされることは、女性が感じる性的な心地良さを「ないもの」とすることと表裏一体ではないでしょうか。その点、『あの子の子ども』では、福の視点でも、宝と触れ合うことに気持ち良さを感じていることが明確に描かれているのも印象的です。

「少女漫画であることからも、性行為はお互いの同意のもとで行われる行為として描いています。どちらかが嫌がってする行為ではないですし、愛情を確かめ合う行為であり、心と体が気持ちが良いものであると認識していましたので、福の視点からも『気持ちの良いもの』として描きました」

『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる
『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる

一人ひとり考えは異なるけれども否定しない

蒼井先生は『あの子の子ども』を描く際に大切にしていることについて「様々な選択肢や考え方を描き、それら全てを否定しないこと」と話します。

「一人ひとりの価値観や考えがあって、その人にとっては正しいことです。実際に若年妊娠を経験した方や、これから経験するかもしれない方が読むことも意識しています。彼女たちの考え方や選択を否定しないよう気をつけて描いています。私自身、子育てをする中で性教育を学びました。そして人権教育をベースとした『包括的性教育』についても学び、一人ひとりの意思の尊重について作品にも反映させています」

周囲の大人の考えにも違いが見られます。福のお母さんは「本人たちの考えを尊重すべき」と考える一方、宝のお母さんは中絶するように言います。一方的に「堕ろしなさい」と言い切る宝の母親は冷たいように見えますが、その言葉の背景にも、子どもたちを思う気持ちがありました。

「最初から『中絶』という強い言葉を提示していたので、宝のお母さんが怖いという印象を抱いた読者さんも多いと思います。宝のお母さんと同じ意見を持っている読者さんもいらっしゃると思うので、否定しないように、3巻では宝のお母さんにどういう意図や思いがあって中絶を勧めているのかを描きました。福のお母さんと同じように『本人たちが望むなら出産を応援してあげるべき』と考えている読者さんにも、意見は違えども理解できるように意識的に描いています」

「今回は女の子の母親が本人たちの意思を尊重し、男の子の親が中絶を勧める立場で描きましたが、取材している中では逆のパターンを聞くこともあり、考え方は人それぞれだと感じました。福のお兄さんや、4巻以降ではお父さんも登場しますが、登場人物にはそれぞれ色々な意見があるので、読者さんには誰に共感するかを考えながら読んでいただいて、若年妊娠というテーマに対して、理解を深められたり、意見が違う人の考え方の背景を想像できたりするきっかけになればと思っています」

『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる
『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる

性の問題を真正面から扱った漫画作品は多いとは言えません。蒼井先生に若年妊娠をテーマにした作品を描いた理由について伺ったところ、「ご自身の妊娠・出産の経験がきっかけである」とお話しいただきました。

「子育てをするなかで育児本を読み勉強し、そのなかで性教育も学びました。改めて今まで十分に性に関する教育を受けておらず、正しい知識を教えられてこなかったことに気づきました。性教育が十分になされていない現状で、妊娠・出産について正しい知識をもとにした作品を、別冊フレンドのメインターゲット層である中高生の女の子達に届けたいという思いで描き始めました」

読者からの反響は、子どものいる女性からのメッセージが多いとのことです。

「乳幼児の子どもから思春期の子どもまで、様々な年齢のお子さんのいるお母さんからメッセージをいただきます。思春期のお母さんからは『まさに子どもが今妊娠したら、自分はどうするか考えさせられます』という言葉もいただき、若年妊娠はお母さんにとって注視している問題なのだと感じました」

「ただ、実は中高生くらいの子からはあまりメッセージは届いていないんです。目を背けたくなるようなテーマなのかもしれませんが、目をそらしてはいけないことだと思うので描いています。お子さん自身では手に取りづらいかもしれないので、親御さんがさりげなく本棚に置いていただいたり、学校の保健室に置いていただけたりしたら嬉しいです」

若年妊娠は“自己責任”?

若い女性が一人で妊娠・出産し、遺棄してしまい逮捕されるという報道は度々あります。その都度、世間からは母親に心ない言葉が投げかけられているのが現状ですが、蒼井先生は「遺棄はいけないことですが、起きてしまった出来事の結果だけを見て判断するのではなく、なぜ若い女性が孤立して妊娠・出産したのかということを、世間で考えられればと思っています」と言及します。

「様々な意見があるのは当然ですが、否定的な意見が本人にぶつけられるような社会では悲しすぎると思います。なぜ世間が母親を責めてしまうかといいますと、若年妊娠の背景にある根深い問題が認識されていないからではないでしょうか。偏見は無知からきてしまうものです。『自己責任』と片付けるのではなく、世間の認識の変容に伴い、若年妊娠で悩んでいる人が孤独な思いをすることがないよう、悩んでいる人に寄り添えるような社会であってほしいです」

性教育の重要性について感じていることもお話しいただきました。

「作品のテーマである若年妊娠は、予期せぬ妊娠であることの方が多いのは事実です。現状、産む選択をしても産まない選択をしても、心身共に大変な経験になってしまうことの方が多いですし、事前にそうした状況を避けられる環境づくりが大切だと考えています。性教育を学べば正しい避妊方法の知識を身に着けることができますし、予期せぬ妊娠を防ぐためにも性教育が大切だと思います」

「なぜ日本の性教育が遅れていると言われているかというと、『大人になったら自然に覚えていくだろう」と判断され、正確な情報を教わる機会が圧倒的に少ないからだと思います。『自然に覚えていく知識』には、ネットやアダルトコンテンツ、友人との会話等、情報の信憑性に欠けるものもあります。年齢制限を満たしたときにアダルトコンテンツをフィクションとして楽しむのは自由ですが、そのためには科学的な根拠に基づいた知識がとても重要です。中高生のうちから色々な情報や選択肢を知ってほしいですし、そのために現状を少しずつ変えていけたらという思いで、『あの子の子ども』を描いています」

『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる
『あの子の子ども』(講談社)©蒼井まもる

【プロフィール】
蒼井まもる(あおい・まもる)

6月6日生まれ。B型。愛知県出身。第458回別フレまんがセミナーでシルバー賞受賞後デビュー。代表作は『さくらと先生』、『下級生』、『マイ・ボーイフレンド』など。『あの子の子ども』『恋のはじまり』連載中。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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