ささくれをむしる、ニキビを潰すのがやめられない原因とは|精神科医が解説する「皮膚むしり症」
ささくれを見つけてはむしってしまう、それだけならまだしも血が出ても続けてしまう…あるいは、潰すとニキビ跡が残ると分かっているのにニキビを潰すのがやめられない…そんな、自分ではコントロールできない衝動に悩んでいませんか?
「いつもやめよう」と思っているのに、気が付いたら瘡蓋(かさぶた)やニキビに手をやり、掻きむしってしまう、そんな経験はないでしょうか。ささくれて血が滲み、じんじんしみる指先を見ながら「なんでやめられないんだろう」そう自己嫌悪に陥る方がいらっしゃいます。「何度やめようと心に誓ってもほとんど無意識にやってしまう」「一人で理由を考えてみても、理由らしい理由がない」「気づいたらむしる場所を手で探っている」それはもしかしたら皮膚むしり症なのかもしれません。A子さんも同じような悩みを抱えていました。
症例:A子さん(30代女性)の場合
A子さんは、物心ついたころからアトピー性皮膚炎があり、彼女の母親はA子さんの体を見ては「汚い」「不潔だ」と毎日つぶやいていた。A子さんがかゆみに耐えかねて掻くと、定規で彼女の手をひどく叩くこともあった。中学時代はひっかいて荒れた肌を同級生にからかわれ、泣いて帰ってきたこともあったが、彼女の母親は取り合ってくれなかった。
ある寒い日のこと、「学校に行きたくない」と部屋に閉じこもったA子さんは、言いようのない衝動に突き動かされるように腕を掻いてしまった。そのことに激怒した母親はA子さんを家から叩き出した。何度母を呼んでも母は扉を開けてくれず、そのうち途方にくれたA子さんは寒さに耐えかねて、腕を擦り、どんどんエスカレートして爪を立て、ガリガリと搔いた。腕を無心で掻くうちにじーんと腕が暖かくなり、痛みやしびれによって寒さが和らいだように感じた。血が滲んだ腕を眺めながら、A子さんはなぜか心がすっと軽くなっていることに気が付いた。
その日からA子さんは、イライラした時、母に叱責された時、学校で嫌なことがあると腕を掻くようになった。掻いた後は一瞬満足感が得られるが、その気持ちは長くは続かず、爪の間に挟まった瘡蓋を眺めるとなんとも言い難い孤独感と自己嫌悪に襲われた。傷だらけの腕を見られたくなくて、人と会うのを避けるようになったA子さんは部屋にひきこもるようになった。そして毎日朝から鏡を眺めて全身を観察し、少しでもとっかかりがあると爪で掻くようになった。もう今となってはなんで体を掻くのか、A子さんには分からなくなっていたのだった。
皮膚むしり症とは
皮膚むしり症は心の病気です。強迫性障害の一種と考えられており、女性の方が多くみられます。人によっては爪だけでなく、針やハサミを使うこともあり、「納得のいく形になるまで」「満足いくまで」続ける人もいます。その一方で、本人が自覚しないまま、無意識のうちに肌荒れや瘡蓋に手をやってむしるパターンもあります。重症化すると傷口に感染を起こし、消えない傷となって残ることがあります。
症例のように、行為のあとで満足感や安堵感などを抱くこともあり、それに次いで後悔や罪悪感に苛まれると報告されています。このため皮膚むしり行為を恥ずかしいと思い、人の目に触れないように隠し、外出を控えてひきこもる人もいます。重症化すると「むしりたい」という衝動、欲求に支配され、仕事や日常生活をこなすことも困難になります。
どんなことが引き金(トリガー)になるか?
「皮膚をむしる」引き金(トリガー)には身体的なものと心理的なものがあるとされています。
身体的なもの
にきび、肌荒れ、かさぶた、ささくれ、シミなど皮膚に傷や凹凸などがあるとそれがトリガーとなって「むしる」という行為に繋がることがあります。時にはむしるきっかけを探すために全身を触る「スキャニング」を行うこともあります。
心理的なもの
仕事や人間関係で強いストレスがある、疲労感、退屈、怒りや不安を強く感じるようなことがあると、それがトリガーになりえます。また、過去のトラウマを思い出すような場面や言葉にさらされている場合、無力感や孤独感、自分を責めるような気持ちが強まっている場合も「むしりたい」気持ちが強まります。
皮膚むしり症の治療
具体的な治療について触れる前に、最初にお伝えしたいことがあります。これを読んでいるあなたは、「なんでやめられないんだろう」「やめられないのは自分の心の弱さのせいなんじゃないか」とそう思っているのではないでしょうか。もしくは傷ついた肌をみて罪悪感を抱いたり、一方で安堵している自分自身に対して嫌悪感をもつこともあるかもしれません。でもまずは「そうせざるを得なかったんだよね」と自分を許してあげてほしいのです。「こんな自分を認めたくない」そう思うかもしれません。でもまずは、ありのままの自分を受け入れるところから始めてほしいのです。
残念ながら皮膚むしり症に対して、明確に効果がある薬物療法は存在しません。このため一般的には「習慣逆転訓練」などの認知行動療法(カウンセリングの一種)が第一選択になります。(より詳しく知りたい方は症例報告をご参照ください)ただしカウンセリングにはそれなりのお金と時間がかかります。カウンセリングのエッセンスを取り入れながら、個人でできることとしては、以下のような方法があります。
むしりたくなるパターンに気づく
まずは、自分がどんな場面で、誰と何をしている時、どんな気持ちを抱いている時に皮膚むしりをしているのか、記録しパターンを把握します。ただし無意識のうちに自動的に、いつのまにかしているという場合もあります。そういう時は、信用できる人にそれとなく指摘してもらえるよう協力をお願いしてもいいかもしれません。自分の症状と向き合うことは苦痛で不快なことかもしれませんが、トリガーとなるパターンを把握することができれば、「何を避けたらいいか」考えることができます。
反対に短時間で済んだ時、むしりたい気持ちになってもおさえられた時には、何をしていたか記録をしておくのも重要です。そういった情報を集めておけば、いざむしりたくなった時に「なにをしたらいいか」考えることができます。
むしらないようにワンクッション置く
「むしりたい」という気持ちになったとしても、その動作を行うまでに「手間」がかかると、意外と食い止められることがあります。例えば手袋や指サックをはめる、絆創膏を巻いておく、むしるときに使うハサミ、針などの尖ったものは机の引き出しに入れておく(鍵をかける人もいます)などがあります。
代わりの発散方法を考える
「むしる」という行為ができなくなるような行動や、それに代わる行動をするように練習します。
例えば、手や服をギュッと握る、腕を組む、つまむ代わりにハンドクリームを塗る(保湿もできて身体的なトリガー予防にもなります)、キーホルダーを握りしめるなど。
このとき「むしりたい」という気持ちがどれくらいの時間持続するかも観察し、記録していきます。そうすることで、どの対処行動が自分にとって有効なのか、実際に症状がよくなっているのかどうか把握することができるようになります。
1人で苦しまないために
ここまで読んでいく中で、もしかすると「こんなことを一人でするなんて到底できない」という気持ちになるかもしれません。確かに一人で病気と向き合うことはとても大変です。だからこそ病気を克服した人、もしくは今まさに向き合っている当事者達と繋がることが重要です。
例えば皮膚むしり症の当事者、もしくは克服者した方としてはTikTokerのkimさんがいます。kimさんは10代の頃に受けた暴行を期に皮膚むしり症を発症した当事者。SNSを通して仲間たちと繋がることで、少しずつ病気と向き合えるようになった方です。
彼女をはじめとする当事者が述べていることで共通するのは「自分だけがおかしいんじゃないか」と孤独の中でずっと苦しんできたこと、しかし同じ苦しみを抱えている仲間達と繋がったことで「自分は独りじゃないんだ」という安心感を持つことができたこと、そして少しずつ先に進むことができるようになったということです。
この文章を読んでいるあなたが、同じ苦悩を抱える仲間達と繋がることで、つらさが少しでも和らぎ、新しい一歩に繋がるきっかけになればと私は願っております。
参考資料
・International OCD Foundation What is Skin Picking Disorder?
・National Health Service skin-picking-disorder
・皮膚むしりを主訴とする女子高校生に対する心理教育とセルフモニタリング—症例研究—認知行動療法研究,44(3), 159–169, 2018
AUTHOR
岸本 雄
精神科医。宮崎大学医学部医学科卒業。東京都立松沢病院にて臨床初期研修修了後、東京大学医学部附属病院精神神経科医局に所属。同大学や都立松沢病院、東京警察病院にて精神科急性期、リエゾン業務、緩和ケア業務に従事。 現在、労災指定病院である多摩済生病院、VISIONPARTNERメンタルクリニック四谷にて精神科慢性期、ビジネスパーソンの精神的ケアに従事している。 【資格】精神保健指定医、日本精神神経学会認定精神科専門医、日本医師会認定産業医
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