【失った自尊心の回復を支援】社会との接点をつなぎ、真の更生へ。日本発「プリズンヨガ」の挑戦
欧米に続き、日本でも犯罪からの更生ツールとして、ヨガ・瞑想が注目を集めています。塀の中でどのような形で実践され、罪を犯した人の心はどう変化していくのでしょうか。塀の外から伴走を続ける、プリズンヨガサポートセンター代表の松浦亮輔さん、副代表の井上さゆりさんにお話を伺いました。
「受刑者にこそヨガの恩恵を」。ヨガを経験して感じた、その思いが原点
― お二人は、どのようなきっかけで受刑者のためのヨガ・瞑想に関心を持ったのですか?
松浦:私はもともと、国際人権NGOで死刑制度の廃止に取り組み、その後、刑務所や拘置所での人権問題を扱うNPOで受刑者の人権擁護に関する活動をしていました。ヨガとの出合いは、結婚したパートナーの影響です。忙しいときにやってみると、頑張りすぎていたことに気づきありのままでいいと思え、苦しまない生き方にシフトできたんです。私自身、精神面でヨガの恩恵をたくさん受け取り、こうした経験は受刑者にこそ必要だと感じたのが原点です。ヨガ・瞑想は道具を使わずにできますし、刑務所の不自由な環境にも適していると感じて一歩を踏み出しました。
しかし、ヨガの恩恵はヨガをやったことのない人には伝わりにくいものです。そこで、ヨガが受刑者の更生に役立つことを科学的に証明したくて、イギリスのレスター大学犯罪学部に進学し、プリズンヨガをテーマに調査研究し修士論文を書きました。犯罪学の理論的にもヨガ・瞑想が受刑者の更生に効果があると確信し、井上と二人でプリズンヨガサポートセンターを立ち上げた次第です。
井上:私は、松浦が所属していたNGOでボランティアコーディネーターを担当し、子どもの人権問題に関わっていました。その後に国内の少年事件について学ぶ機会があり、人が罪を犯す背景に関心を持ちました。当時ボランティア活動をしていましたが、人の役に立ちたいという強い思いはあっても、エネルギーが枯渇したり、自信を失ったりして行き詰まることが多くて。そんなとき、ヨガを始めたら今までと違う自分に出会えたというか、世界が開けた気がしたんです。人の役に立ちたい思いとヨガを結びつけて今の活動に至り、ヨガの指導者資格も取得しました。
ヨガを伝える意外な手段とは。孤独を癒し、つながりを生む役割も
― 欧米の刑務所では、対面形式でヨガ・瞑想を実践している例を耳にします。プリズンヨガサポートセンターでは、どのような形で受刑者にヨガ・瞑想を提供していますか?
松浦:私が犯罪学を学んだイギリスは、プリズンヨガ先進国のひとつです。そこである団体が、文通を通じて受刑者にヨガと瞑想を指導していると知り、「文通なら日本でもやりやすいのでは」と着想を得ました。というのも、対面指導の場合、クラスを実施できる刑務所の数は限られますし、実施しても刑務所が選定した人しか参加できません。文通であれば日本全国の刑務所に対応でき、対象を広げられるメリットがあります。また、日本の刑務所に民間人が入るのはハードルが高いため、まずは刑務所を介さず、受刑者対団体で手紙を通じてサポートする形を取りました。
― 受刑者は、何をきっかけにプリズンヨガを知るのでしょうか?また、おそらくヨガ未経験者が多いと思われる受刑者が、ヨガのどこに魅力を感じると思いますか?
松浦:私が活動していたNPOが発行している、受刑者向けの機関紙に載せた告知文を見て連絡をもらうケースや、刑務所内での口コミもあります。希望者にはこちらから『受刑者のためのヨガ・瞑想ガイド』というテキストを郵送しています。2022年10月時点で30施設・60名の受刑者が実践していますが、ヨガ・瞑想は難しいものではなく、誰でもできるというイメージを持ってもらえたこと。そして、自分を否定しなくていいというヨガ・瞑想の考え方が受刑者の心に響いたのではないかと感じています。
― 受刑者に送っているガイドは、どのようなものですか?一般的なヨガのガイドブックとの違いは?
井上:現時点でガイドは2冊あり、パーソナルサポーターと呼んでいるヨガの指導者資格を持つボランティアスタッフと協同制作し、呼吸法、瞑想法、ポーズのやり方をわかりやすく解説しています。初心者がつまずきやすいポイントとして、雑念が浮かんだら気づいて手放し、簡単に手放せなくてもその自分を観察し、変化を眺める意義などを説明しています。ヨガ・瞑想はあるがままを見つめることが目的であり、それには良い悪いの判断は必要ありません。結果や効果は期待せず、今の自分の状態に気づく大切さについても伝えています。
松浦:刑務所の中ではできることが限られます。たとえば、ポーズ中に坐骨の位置を整えるために布団をクッション代わりに使うと、それは規則違反で懲罰の対象です。一般的なガイドブックとの違いは、普通のことが普通にできない環境に配慮し、刑務所に関する法令や規則の範囲内で実践できるポーズや呼吸法を吟味している点でしょうか。
― 受刑者から届く手紙は、どのような内容が多いですか?
松浦:ポーズのやり方に関する質問や近況報告が多いです。質問にはパーソナルサポーターが手紙で回答し、要は通常のパーソナルレッスンを手紙を使って提供するイメージです。また、拘禁期間が長いと社会と疎遠になるので、手紙を介して外部とやりとりする機会は、心理的な部分でのサポートも果たしています。
井上: 私たちは単にヨガを教える人ではないと自覚していて、手紙のやりとりを通じて「仲間」の存在を感じてもらいたいと思っています。受刑者には天涯孤独な人もいるので、手紙は一人じゃないと伝えるツールでもあるのです。
― 一通の手紙が受刑者と支援者、社会をつなぎ、心の支えになっているのですね。では、ヨガ・瞑想を継続してもらうためにどのような工夫をしていますか。一般のヨガ実践者でも、練習が三日坊主になってしまうと悩む声は多いです。
井上:具体的な場面を想定した提案を意識しています。たとえば、刑務所で決められた30分の運動時間にできる腰痛解消ヨガや、就寝前に寝姿勢でできるボディスキャンやヨガニードラ等々。また手紙が来ない受刑者には”おうかがいレター”を数カ月ごとに送り、伴走している仲間がいることを伝えたり、受刑者からの手紙に今できていることを見つけたら、手紙の返事にその素晴らしさに対する祝福の言葉を添えたりして、モチベーションが上がるような寄り添いを行っています。
”ありのままの自分”を受け入れる。それが、更生の一歩
― プリズンヨガを実践している受刑者の心は、どのように変化していきますか。更生に及ぼすヨガ・瞑想の効果を教えてください。
井上:受刑者からの手紙に、「以前より自制心が強くなった」と書かれていたことがあります。理不尽なことがあっても我慢するのがラクになり、イライラしたり、腹立たしい気分になったりせず、どろどろした感情が消滅したと。「当たり前のことなんて何一つないとわかり、感謝の気持ちを持って生きようと思った」という言葉も印象的でした。また、ヨガ・瞑想はトラウマのケアにも役立つという研究も報告されていますが、受刑者の中には過酷な生い立ちを辿っている人も多く、その殆どがトラウマを抱えていると思います。ヨガ・瞑想を継続的に行うことで、自分で人生の舵を切り、自分と他者にとって幸せな選択ができるようになり、幸せを外に求めず自分自身で自らを満足させられるように受刑者の心は少しずつ変化していると感じます。そして、自分の可能性に気づき本来の力を発揮できれば、それが更生につながると思います。
松浦:ありのままの自分を受け入れるようになる、それはヨガ・瞑想の大きな恩恵です。自分を大切にできると他者も同じように大切にでき、自分の心情が落ち着くと他者への共感力が高まり、コミュニケーションが取りやすくなります。自分自身を大切にすることを起点とし、そこから更生に波及してほしいと願っています。
満たされる生き方に近づくことが、”真の更生”への鍵
― ヨガ・瞑想を通じた更生への取り組みをうかがってきましたが、犯罪学を学んだ松浦さんが考える「更生」の基準とは?
松浦:何をもって更生と言うかという問題は、歴史的な議論であり長年にわたり研究されてきました。プリズンヨガサポートセンターが考える更生のベースには、「グッドライフモデル」という犯罪学の理論があります。その理論によると、人間関係を良くしたい、健康な生活を送りたい、平穏な心を保ち続けたいといった、私たちが生きるうえで無意識に求めている価値観を主要価値と定義します。この価値観が満たされる生き方ができると犯罪を起こさないライフスタイルに近づくと言われています。故に、本来在りたい自分にどれだけ近づいているかを更生の基準と捉え、その人がこんな人生を送りたかったと思い描く生活に近づくためのサポートを行っています。
― ヨガ・瞑想は、松浦さんが考える「更生」に導くサポートツールになり得るわけですね。
松浦:そうですね。しかしヨガ・瞑想が心身に良い影響を及ぼすという研究結果はあっても、犯罪からの更生とヨガ・瞑想を結びつける研究はありませんでした。これからは「グッドライフモデル」が、更生のひとつの尺度になると考えています。イギリスで行った修士論文のための調査では、ヨガ・瞑想を実践しているイギリスの受刑者の手紙を分析し、主要価値の充足度を調べたところ明確な違いが見えました。私たちは日本でヨガ・瞑想を実践している受刑者について独自に分析を進めています。
― 刑期を終えて出所しても、すぐに犯罪を起こし刑務所に舞い戻るケースが少なくないと聞きます。再犯を防ぐには何に目を向けるべき?
松浦: 再犯を防ぐには、犯罪行為だけでなく、犯罪が起きる背景に目を向ける必要があります。満たしたいものを適法な手段で満たせないと、犯罪にあたる行為で満たそうとするので、その人がこう在りたいと思う価値観を、犯罪以外の手段で満たせる状況をつくることが大切です。
また、出所者の現状を見ると、受刑者の約6割は刑期より早く出所する仮釈放で、残りの約4割は満期出所(※)です。仮釈放の場合、保護観察官の監督のもとで支援を受けながら社会復帰しますが、満期出所だとほとんど支援が受けられない制度にも問題があると思います。出所しても刑務所に戻りたくて再犯するのは、社会とのつながりがない証拠。それでいいのでしょうか。衣食住が揃っているだけでは更生したとは言えず、再犯を防ぐには孤立せず心身の状態が整っていることが大事。プリズンヨガサポートセンターでは、ご本人の希望があれば出所後もつながりを持ち続け、ヨガ・瞑想実践を継続するためのサポートを受けることが可能です。
― 更生や再犯防止は重要な課題ですが、そもそも犯罪に関わらないで済む社会を築くことも重要ですね。
松浦:もちろんです。犯罪を起こす人は、自尊心が低い傾向にあります。自分は社会の役に立たないといった思考は、教育、家庭環境、人間関係、社会の構造的な問題が関連していることに目を向けなければなりません。犯罪を起こした人には加害性だけでなく、社会や環境の被害者的側面を併せ持っていることを知ってほしいです。
また、犯罪社会学では犯罪は社会現象でもあると考えます。古くから「最良の社会政策は最良の刑事政策である」と言われることもあります。犯罪防止に必要なのは、その人が生きてきた過程で得られなかったもの、失ってきたものの回復を支援し、その人の持つ力を強化すること。そして、法を犯す必要がない生き方をサポートできれば、結果として犯罪は減ると考えられます。
― 最後に、プリズンヨガサポートセンターの今後の展望を聞かせてください。
井上:刑務所内の図書スペースに『受刑者のためのヨガ・瞑想ガイド』を置いてもらう「献本プロジェクト」を進めています。それにより受刑者に私たちの存在を知ってもらい、より多くの受刑者にヨガ・瞑想の恩恵を感じてもらいたいです。
松浦:近い将来、刑務所に講師が出向き対面でヨガ・瞑想を伝える機会もつくりたいと考えています。これまでの実績をもとにヨガ・瞑想の効果をしっかり伝え、活動の意義を理解してもらえるように準備を進めていきたいと思っています。
(※)参照:令和3年版 犯罪白書 第2編/第5章/第2節/1
〈プロフィール〉
松浦亮輔さん
プリズンヨガサポートセンター代表。社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本事務局にてキャンペーン担当後、NPO法人監獄人権センター事務局として受刑者の相談に対応。ライフワークとして実践していたヨガが、犯罪からの更生に有益であると実感し、英国レスター大学犯罪学部でヨガ・瞑想が犯罪からの更生に与える影響を研究し修士号を取得。2019年5月にプリズンヨガサポートセンターを設立。
井上さゆりさん
プリズンヨガサポートセンター副代表。社会福祉士、公認心理師、ヨガ講師。20代後半から30代前半にかけてアムネスティ・インターナショナル日本でボランティアチームのコーディネーターを担当。 自らの人生を強く支えてくれたヨガや瞑想を通じて、誰もが歓びを感じられる世界を目指している。★プリズンヨガサポートセンターでは、パーソナルサポーター(ボランティアスタッフ)を募集しています。興味がある方は、PYSCJapanのFBよりお問い合わせください。
AUTHOR
ヨガジャーナルオンライン編集部
ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く