「スポーツに怪我はつきもの」は大間違い!スポーツドクターが考えるスポーツ安全の在るべき姿とは

 「スポーツに怪我はつきもの」は大間違い!スポーツドクターが考えるスポーツ安全の在るべき姿とは
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スポーツドクターとして事故、怪我、障害に悩むアスリートやその家族を目の当たりにしてきた二重作拓也医師が代表をつとめ、医療者、弁護士、指導者などの有識者から構成される研究機関、「スポーツ安全指導推進機構」。あらゆるジャンルのスポーツで不要な怪我やダメージが表面化し、問題視されてきた昨今、スポーツ指導の在り方、スポーツ界が抱える課題と改革への想いを語っていただきました。

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怪我をしても休めない!? 指導者の間違った判断にスポーツドクターが警鐘

――「小3でウェイトトレーニングをやらされ関節を壊し引退した柔道少年。足関節の靭帯を断裂したが顧問にレギュラーを外されるのが怖くて我慢した中学バレー部の主将。小1で自分と同じ体重の子を背負わされ大腿骨骨折、長期入院したカラテ少年。全部、僕が診てきた症例。こういうのはもうやめよう。」これは二重作先生のツイッターで3万を超えるリツイートがあり話題になった投稿ですが、医療現場からの声はショッキングでもありました。まずこのツイートについて聞かせてください。

これは2019年の投稿なのですが、僕が医師になってから実際に診察したり、本人や保護者から医療相談を受けたりした経験の一部を短くまとめて投稿したものです。

――可能な範囲で構いませんので、診察時の様子を教えていただけますか?

中学2年生の女子バレー部の方は、練習中ジャンプした着地時に足首を捻って受診されました。レントゲン上、骨折などはなかったのですが、足関節の前距腓靭帯の損傷が疑われました。幸い比較的軽度だったので、アンクルブレースという装具で固定し、「しばらく歩行以外では足関節を使わず、部活は見学するように」と指示しました。

ところが数日後、彼女は泣きながら再診にやってきたんです。部活の指導者に「そのくらいなら休む必要ない」と言われて、無理矢理練習をさせられたそうで・・・。再び受傷してしまい、前回以上に痛みも強くなり、歩行も困難な状況になっていました。

―うわぁ、それは酷いですね。

完全断裂までは至っていなかったので、ホッとしました。もし完全断裂していたら若い身体にメスが入ることになりますから・・・。医師としては手術か、保存か、の境界線は特に重要視するポイントなんですが。

――もし完全断裂したまま、ほっておいたらどうなるのですか?

簡単に言えば、足関節がグラグラになって日常生活に支障が出ます。まともに歩けないのにバレーボールできますか?というお話で。

――それはどう考えても無理ですね。

ですよね。2度目はお母様も一緒にいらして、「親としても何とか休ませたいのですが、部活の方針がこんな感じで、どうしたらいいでしょうか?」と相談を受けまして。「スポーツ活動は2週間禁止。練習復帰は医学的判断により決定する」と書いた診断書を作成し、通学時も松葉杖で行ってもらうようにしました。

――そこまでしないと休めないんですね。

この経験のおかげで「いくら本人に伝えてもだめだ、形にして周囲に見せるしかない」ことを学びました。あと「スポーツどころじゃない怪我」であることが誰にでも見た目で伝わることも重要ですね。

――その後、その方はどうなったのですか?

なんとか患部の安静が保たれまして、手術にはならず、保存療法で快方に向かいました。バレーボールを使ったリハビリメニューなども一生懸命取り組んでいたのが印象的でした。真面目に真剣にスポーツに打ち込んでいるからこそ、練習環境や指導方針は重要なんですよね。

――怪我や事故につながりかねない練習だとしても、一生懸命やってしまうんですね。スポーツによる健康被害は今、大きな問題になっていますね。

中学・高校の運動部では年間35万件の事故が起きて、10年間で145件の死亡が確認されています。スポーツは本来人生を充実させたり、精神的・肉体的な強さを磨いたりするもの。それなのにこの数字はどう考えてもおかしいですよね。

―――「休むのは怠けている」や「キツイ練習をすればするほど上手くなる」という根性論がいまだに蔓延してるのはなぜでしょうか?

時代背景の問題はひとつあると思います。昭和の時代はスポーツ人口がどんどん増えていった時代ですから、キツイ練習を課して”振るい落とし”を行い、残った人がレギュラーや代表になれば、そのチームや道場は勝つ確率が上がりますし、実際に強い選手を輩出することができたんです。たとえば「スクワットを500回」みたいな量を課して、それをクリアすれば、その時点でフィジカル的に優位なわけです。もちろんその時代にも優れた指導者もいたわけですが、指導者の指導力はそこそこでも、振るい落としに生き残った選手が試合に出てれば、それなりの結果が出ちゃうんです。

―――「試合結果がいい」→「指導力がある」という評価だったわけですね。

もちろんフィジカルの強化も大切ですが、基本的に「人間の身体は消耗品」ですから。どんなに筋肉がついても、どんなにスタミナがついても、どんなに技術が上がっても、スポーツをやればやるほど関節軟骨は摩耗しますし、椎間板にはストレスがかかりますし、肩関節も故障します。フィジカルが向上したとして、心臓、脳、眼などが物理的に強くなるでしょうか?

―――なりませんね。「人間の身体は消耗品」という考え方は重要な気がします。せっかく才能があっても、キツい練習や度を越した試合数で壊れてしまう人がいたわけですね。

その通りです。スポーツは好きなのに、その競技は好きなのに、もっと強くなりたいのに、怪我や障害で続けられず、本来の才能が開花しなかった例は無数にあるはずです。修復不可能な故障がなければ、メジャーリーグに、ワールドカップに、オリンピックに、世界大会に行けたかも知れない。戦線から離脱しても、身体の故障とはずっと付き合っていかねばならない。それはさすがに切ないですよね。

―――「振るい落とし」が最適解だった時代の弊害の部分ですね。

いわゆる昭和的な根性論、精神論がいまだに無くならないのは、振るい落としで生き残った元選手たちの指導を受けた選手たちが指導者になっている、という側面もあるんです。20代でも、とにかくハードな練習をガンガンやるしかない、こんなのは耐えて当然、という指導方針の指導者もいます。彼らにとってはその方針が自身の成功体験になってるわけです。ですからこれは「世代の壁」だけではなくて、「カルチャーの壁」でもあるような気がします。

―――先ほどの「ドクターの指示がスポーツ現場に反映されない」という問題も先生のおっしゃるカルチャーの壁を感じます。

スポーツの練習体系は基本的に「怪我や基礎疾患が無い」を前提にできていますから、医療機関を受診するレベルの怪我や疾患の場合、ドクターの指示は現場の指導者は順守すべきです。練習復帰させたくないわけじゃない、むしろできる限り早期復帰させてあげたいわけですが、治癒には時間が必要です。どんなに普段身体を鍛えていても、骨や靭帯の癒合のスピードが速いわけじゃないですし、免疫力が普通の人の何倍も強いわけじゃないですから。

そういう意味でも、医療現場とスポーツ現場の間にある「壁」は取っ払わなければならないと考えています。

――二重作先生のご専門である格闘技も、怪我やダメージと隣り合わせのハードなスポーツだと思いますが、実際のところいかがでしょうか?

目の前で人が倒れる、非日常が繰り広げられる格闘技はある意味、非常に麻薬性が高いスポーツといえます。現場全体は熱狂に包まれ、本来は冷静であるべきセコンドや保護者もヒートアップしていたり、主催者や関係者も「目の前で人が倒れる」という状況に悪い意味で慣れっこになってしまっていて、感覚が麻痺してる場合もあります。

――たしかにSNSでも未就学児どうしがグローブで顔面を殴り合っていたり、大人が子供を蹴飛ばしていたり、格闘技なのかケンカなのかわからない危険な動画が上がっているのを見ると、正直、怖くなってしまいます。

その感覚は正しいです。どう考えても危険な動画でさえ「このくらいは当たり前」「カラテってこんなもの」「これでもちゃんと手加減してる」などコメントが書かれていて、それを読んだ方がさらにドン引きする、という負のループもありますね。

また最近ではYouTubeの再生回数を稼ぐため、環境が全く整っていないところで真剣勝負やケンカマッチが行われていたりしますから、安全面での問題は山積みです。

―――新しいメディアの出現で、新たな問題も生じてきているんですね。

何をやってもいい、ではなく、しっかりと安全を確保した上で表現して欲しいですよね。格闘技や武道にもプラスの部分もたくさんあって、人間が元々もっている暴力性のようなものをポジティヴな形で昇華して、可能性を高めあう身体文化だと思うので。それには安全性の確保は急務だと思います。

柔道では小学生の全国大会廃止。子どものスポーツ安全を見直す流れに

―――スポーツの低年齢化が進み、子どもを取り巻く状況にも課題があるように思います。

いわゆる「お受験」と同じ論理で、スポーツも少しでも早い年代から大人と同じような練習を始めることが才能の開花につながると思われています。マスメディアでも連日、トップアスリートが登場しない日はないですから、

しかし子供のレントゲンを見ればわかるように、成長段階にある子どもの骨はまだ完成していません。衝撃に弱く、脳や心臓、内臓を守れるほど強固ではないんです。子供の頭の周径が大きくなるのはまだ脳が大きくなっている途中だからであって、それはまだ固まっていないということです。

5歳児の手のレントゲン
5歳児の手のレントゲン 画像提供:格闘技医学会

―――こちらのレントゲン写真でも、子供の骨や関節が未完成なのがよくわかります。

どう考えても子どもの体は、激しい負荷や継続的な衝撃に耐えるようにはできていないんです。遊びや適度な運動は子供の成長にとって重要ですが、いざ「競技での勝利」が目的となると、連日の特訓、成長期の減量、睡眠時間のカットなどを大人が子供に強いてしまうんです。あるいは「本人が勝ちたいって望んでるから」という大義名分の下にオールOKな状況も生んでしまいますよね。

―――そのような状況から子供たちを守るにはどんなことが大切ですか?

やはり「子供は大人のミニチュアではない」の前提を共有することだと思います。これは小児科領域での格言となっている言葉なのですが、この前提の上で「この負荷や衝撃は子どもにやらせて大丈夫なのか?」「大人のスポーツのルールを、子どもに当てはめていないだろうか?」「子供にとって減量や睡眠不足がなぜ問題なのか?」などのスポーツにおける各論を考えていくのはいかがでしょうか?近年の子供のラグビーのタックルの禁止、サッカーのヘディング禁止、カナダやヨーロッパの一部の地域での格闘技やフルコンタクトカラテの試合禁止などの対応は子供の身体と心の成長段階を考えた場合、やはり妥当だと思います。そして、それらのベースには子供という存在への理解と、子供を守ろうとする強い意志を感じます。

―――「子供は大人のミニチュアではない」そうした中で柔道界に大きな動きがありました。小学生の全国大会廃止の決定が下されましたね。賛否両論ある中、元メダリストや元日本代表のコメントに廃止支持の声が目立ったのが印象的でした。

これは大英断だと断言します。元アスリートたちはスポーツの素晴らしさも、危険性やダメージを身をもって知っているから、というのはあるかも知れないですね。廃止の理由として全日本柔道連盟は公式HPで、『小学生の大会においても行き過ぎた勝利至上主義が散見されるところであります。心身の発達途上にあり、事理弁別の能力が十分でない小学生が勝利至上主義に陥ることは、好ましくないものと考えます。』と発表しています。子どもの脳の血管は大人より径が細いですから、頭をぶつけたら切れやすいですし、頭をぶつけなかったとしても急な加速がかかって投げられると破損する場合もあるため、本気で投げ合うのは小学生には不向きです。

―――台湾でも練習で投げ続けられた子供が亡くなっていますし、国内でも小学生の事故も起きているようですね。

そうなんです。柔道は「受け身」から習いますし、受け身とは攻撃ではなく、攻撃から身を守る術ですよね。柔道には、命を守る、身体を守る、心を守る、という武道としての理念が根底にあるわけで、練習体系にも原点がハッキリと示されているんです。しかしながら山下会長が言及されたような「行き過ぎた勝利至上主義」が、本来の柔道精神の伝承を妨げているような気がします。ですから、全柔連の決断は医学的な立場からも、武道を愛する立場からも妥当だと思いますし、大きな歴史的一歩だと思います。

―――柔道の精神が正しく次世代に継承されるといいですね。

私もそう思います。現実的には子どもによって道場やクラブの経営が成り立ち、子どもが重要な資金源になっている現状を考えると反対意見も少なくないと思います。ですが体を動かして汗を流すことに喜びを見出させることが健全なスポーツ指導の在り方ですし、柔道という文化にはそのポテンシャルが十分あると思います。将来を見据えた時に「ダメージレス」なゲーム性の高い子供用ルールができたら絶対に楽しくなるし、競技人口も増えると思うんです。

―――ダメージレスな子供柔道ルールができれば、最高ですね。

本当ですね!それが実現すれば日本柔道界は他の武道系・格闘技系ジャンルにも正しい道を示すことになります。柔道界の大英断に他のコンタクトスポーツが追随するのを期待したいところです。

*インタビュー後編に続きます!

お話を伺ったのは二重作拓也先生

二重作拓也
二重作拓也先生

挌闘技ドクター/スポーツドクター リハビリテーション科医師  格闘技医学会代表 スポーツ安全指導推進機構代表 「ほぼ日の學校」講師。 1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。 8歳より空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南支部大会優勝、県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。 専門誌『Fight&Life』では12年以上連載を継続、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。 またスポーツの現場の安全性向上のため、ドクター、各医療従事者、弁護士、指導者、教育者らと連携し、スポーツ指導に必要な医学知識を発信。競技や職種のジャンルを超えた情報共有が進んでいる。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Words Of Prince Deluxe Edition(英語版)』など著作多数。

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Text by Ai Kitabayashi

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ヨガジャーナルオンライン編集部

ヨガジャーナルオンライン編集部

ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。



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