運動に欠かせない基盤とは?【格闘技ドクターが解説】ベストパフォーマンスを引き出す「呼吸」
無意識に行っている「呼吸」が、パフォーマンスと深く関わっています。今まであまり意識してこなかった呼吸と運動について現役スポーツドクターの二重作拓也先生が解説します。
呼吸とエネルギーの関係
運動に欠かせない基盤とは?
運動やスポーツにおいて、パフォーマンス向上の要素は様々あります。パワー、スピード、テクニック、戦術、コンディションづくり…どれも大切なのは論を待ちませんが、いちばん大切なのは何ですか?と聞かれれば、私は「スタミナ」と答えています。それはなぜか?他の要素は全て、スタミナ、つまり「動ける」という上に成り立つからです。動けないのにパワーが発揮できるでしょうか?テクニックを駆使できるでしょうか?ふらふらなのにスピードが出るでしょうか?どれも成り立ちませんよね。なぜならスタミナは運動の基盤だからです。陸上選手はゴールまで走り抜くスタミナがある人であり、サッカー選手は少なくとも45分を2回連続で動ける人であり、ヨガのエキスパートは正しいポーズを持続できる人であります。逆に「素晴らしいバッティング技術があるんだけど、1塁までしか走れないバッター」はバッターですらないわけです。ホームランを打ってもホームにランできないわけですから…。このように運動やスポーツのスタミナを「目的の時間、動き続けること」と捉えた時、とても重要な役割を果たしているのが「呼吸」です。
37兆の小さな呼吸
私たちは普段、何気なく「呼吸」していますが、息を吸って吐くことは人間が生きていくために不可欠な行為です。約37兆あると言われる人間の細胞が活動できるのも、呼吸によって体内に取り込まれる酸素のおかげです。酸素は息を吸うことで肺に取り込まれ、肺胞(はいほう)、そしてその周囲にある毛細血管へと運ばれます。そこで血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンというたんぱく質と結合し、全身を巡り各細胞に運ばれます。ヘモグロビンは、酸素の多いところ(酸素分圧の高いところ)では酸素と結びつき、酸素の少ないところ(酸素分圧の低いところ)では酸素を放出するという性質があります。ですから肺胞の毛細血管ではヘモグロビンは酸素と結合し、血流にのって各細胞付近に到達すると酸素をリリースするのです。それぞれの細胞はヘモグロビンから酸素を受けとる代わりに、細胞内で生じた二酸化炭素と老廃物を放出します。赤血球はいわば、肺から全身の細胞に酸素を届け、二酸化炭素などを回収する「運び屋」というわけですね。
鼻や口から空気を取り込んで、肺のレベルで酸素と二酸化炭素を交換することを「外呼吸(がいこきゅう)」、組織や細胞レベルでのそれら交換を内呼吸(ないこきゅう)と呼びます。一般的に私たちがいわゆる「呼吸」という言葉から連想するであろう「息を吸ったり、はいたり」、は私たち人間の身体の中ではミクロのレベルで影響を及ぼし、37兆の細胞たちもそれぞれ呼吸しながら私たちの生命に参与しているというわけですね。
私たちの体重の10%は…ミトコンドリア
では、内呼吸によって細胞内に取り込まれた酸素はどのように利用されるのでしょうか?ここで登場するのが生物や理科の授業で習ったであろう「ミトコンドリア」です。
細胞内の小器官であるミトコンドリアは、1つの細胞の中に平均300-400個、脳や筋肉、肝臓などの代謝が活発な器官の細胞には数百から数千個も存在することがわかっています。37兆(細胞の数)×300(平均の少ない方)でも凄まじい数なわけですが、ミトコンドリアはなんと私たちの全体重の10%をしめると言われています。
しかもそれぞれのミトコンドリアは人体の細胞のDNAとは異なる、ミトコンドリアDNAと呼ばれる独自のDNAをもっています。1つの細胞が2つになり、4つになり…という細胞分裂とは別に、ミトコンドリア自身に分裂、増殖、融合といった機能がある、というわけですね。ミトコンドリアは元々、別の生物であり、それが細胞内に住み着いて「共生関係」が出来上がったと考えられていて、私たち人間は無数のミトコンドリアと共に生きている、ということになります。
生体エネルギー、ATP
ミトコンドリアは細胞内に取り込まれた酸素をつかって炭水化物を分解し、アデノシン三リン酸(ATP)と呼ばれる分子を生成します。ATPが加水分解されてP(リン)がひとつ離れる際にエネルギーが生じるのですが、我々の細胞はこの時のエネルギーを使って活動しているのです。身体を動かす、食べ物を消化吸収する、話したり聴いたりする、眠っているときでさえ、私たちの身体はエネルギーを使っているわけですが、それもミトコンドリアがATPを産生してくれるおかげなのです。
ここでは人間が主役なので、主に人間について述べていますが、ATPはあらゆる生命全てが共通に利用する生体エネルギーです。魚類も、両生類も、昆虫も、大腸菌などの細菌もATPを頼りに活動しています。「火星に生命体が存在するかどうか」の調査では、火星探査機に装備されたATP検出キットが使われたのですが、ATPが指標になっていることからも、ATPは生命体の証といってもいいのではないでしょうか?
血液の色と二酸化炭素
息を吐く時の呼気には二酸化炭素が多く含まれていますが、これもATPの産生機序が深く関わっています。ミトコンドリアでATPができる際に、二酸化炭素が生じるからです。細胞は二酸化炭素を赤血球のヘモグロビンに受け渡し、血流に乗せて心臓を経由し、肺動脈を経て肺胞の毛細血管に到達して、外呼吸による二酸化炭素の体外への放出が起きます。
酸素と結合したヘモグロビンは、オキシヘモグロビンとよばれ、鮮やかな赤色をしていますが、酸素を放出して二酸化炭素や老廃物を取り込むとデオキシヘモグロビンとなり、吸光度が変わって暗赤色になります。病院や検診で採血した際に、「血液のどす黒さ」に驚いたことがある方も少なくないと思いますが、それはしっかりとヘモグロビンが二酸化炭素捕らえている証拠なので、ご心配はいりません。ちなみに人体の大きな動脈と静脈は並走していることが多いため、臨床の現場では「色の違い」がとても重要になります。たとえば中心静脈栄養と呼ばれる、高カロリー点滴を行う際、大きな静脈を確保する必要があるわけです。カテーテルの刺入の手技の際、暗赤色の血液が引ければ「静脈に入った」サインに、明るい鮮やかな赤い血液が引ければ「間違えて動脈に入った」サインになります。動脈血と静脈血の色の違いで判断する、というわけですね。
知れば、可能性が拡がる
運動やスポーツでは呼吸が大切とよく言われますが、多くの情報が「呼吸法」「メソッド」といった方法論に終始しているような気がします。「どんな呼吸がスポーツに良いのか」といった結果を早急に求める前に、まず「呼吸という現象」を捉えることが大切だと思うのです。呼吸がエネルギー産生、そしてスタミナに関与していることを意識できれば、「呼吸」の意味もより解像度高く、より深く感じられるでしょう。実際にアスリートの動きをチェックしていても「呼吸と動きのタイミングがズレていて上手くいっていない」という事例もありますし、そういう場合、フォームや技術だけを見直しても根本的な解決にならない。呼吸を含めたもっと全体的、包括的な視座による調和が必要だったりします。また赤血球が運び屋であることを知れば、赤血球が減れば、酸素の運搬能力が落ち、スタミナ低下につながることがわかると思います。女性の生理中の激しい練習や腹部への強い刺激は、せっかくつくった赤血球をさらに失うことになりますし、過度な減量での鉄やタンパク質の不足も、スタミナ低下に直結することがわかると思います。またミトコンドリアの存在と役割を知れば、エネルギー、スタミナ、呼吸が繋がり、呼吸を大切にしながら確信をもって練習やトレーニングに向かえるのではないでしょうか?
ヨガも、スポーツも、運動も、生活も、それを行うのは人間ですから、人間の身体の仕組みやシステムの理解は、パフォーマンスアップにつながります。次回は呼吸と運動について、さらに具体的に考察してみたいと思います。AUTHOR
二重作拓也
挌闘技ドクター/スポーツドクター リハビリテーション科医師 格闘技医学会代表 スポーツ安全指導推進機構代表 「ほぼ日の學校」講師。 1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。 8歳より空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南支部大会優勝、県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。 専門誌『Fight&Life』では12年以上連載を継続、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。 またスポーツの現場の安全性向上のため、ドクター、各医療従事者、弁護士、指導者、教育者らと連携し、スポーツ指導に必要な医学知識を発信。競技や職種のジャンルを超えた情報共有が進んでいる。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Words Of Prince Deluxe Edition(英語版)』など著作多数。
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