ポリコレは「お笑い」を殺したのか|そもそもなぜ人は笑うのか。何を笑うのか

 ポリコレは「お笑い」を殺したのか|そもそもなぜ人は笑うのか。何を笑うのか
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「ポリコレのせいで、笑いを作るのが難しくなった」という人がいる。ほんとうだろうか?

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治外法権だったお笑いの世界

通常、差別発言は厳しく批判される。権力者の差別発言は追求され、場合によっては、謝罪や辞任を求められることもある。

「差別はいけない」というのは、平和な社会を築くための共通認識となっている。

しかし、差別はダメだという不文律から逃れてきた業界もある。お笑いの世界だ。お笑いの世界ではこれまで、差別や侮蔑が「冗談なんだから」「笑いとはそういうもの」と治外法権扱いされてきた。お笑いの世界はそもそもアウトローな世界なのだから、正しくいる必要なんてないし、破天荒な方がむしろ芸人っぽくてかっこいいと考える人もいるようだ。

「誰も傷つけない笑い」がなんだかちょっとダサいと認識している人々は、「正しさなんかは無視して、笑いを追求する姿」こそが芸人だと捉えているのだろう。

お笑い芸人のなかに「誰も傷つけない笑い」という表現に違和感や嫌悪感を示す人が多いのは、笑いはそもそも人を傷つける可能性のあるものだと認識しているから、というのも一因だろう。私自身も、誰も傷つけない笑いという表現には違和感がある。笑いを含むあらゆる表現活動には、本人の意図と関係なく、人を傷つける可能性があるからだ。今現在、「誰も傷つけない笑い」だと評されているお笑いも、誰かを傷つけ、不快にしていることだろう。

ただし、笑いに本質的に人を傷つける要素があることと、差別や弱者叩きを助長する表現が許容されうるべきかという問題は分けて考える必要がある。

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原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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