モラハラとどう違う?「お前はおかしい」ガスライティングという支配の形を知ろう
エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。
ガスライティングとは、ネガティブな言葉を浴びせ続けることによって、相手が「私が間違っているんだ」「私がおかしいんだ」と自信を失わせ、混乱させた上で、相手を支配しようとするコントロールの形の一種だ。
今回は、心理臨床家のアメリア・ケリー著『ガスライティングという支配 関係性におけるトラウマとその回復』(野坂祐子・訳/日本評論社)を参考に、「ガスライティングとは何か」について解説していく。
ガスライティングとは? モラハラとどう違う?
ガスライティングとはネガティブな言葉を言い続けることによって、自信をなくさせたり、自分自身を疑わせたりするように仕向け、心理的に支配しようとする心理的虐待の一種だ。
ガスライティングという言葉は、1938年の大衆劇「Gas Light(ガス燈)」に由来する。これ撃破1944年にイングリッド・バーグマン主演で映画化され、ヒット作となった。映画では、一見すると魅力的でありながらも、妻の正気を失わせようと巧みに心理的操作を行い、徐々に妻に「自分は気が狂っているのかも」と思い込ませる夫の様子が描かれている。
この用語は、2010年代にアメリカのセラピスト業界で用いられ、2022年には「今年の流行語」に選ばれるなど、人口に膾炙するようになった。日本では、少し後の2023年ごろからガスライティングという言葉が広まり始め、現在も徐々に認知度が高まっている途中だ。
現在、モラルハラスメント(モラハラ)と呼ばれるものの中にガスライティングが含まれる場合もある。モラハラとの違いは、ガスライティングは、「より虐待だとは気づかせない形で巧妙に行われる」という点だ。それゆえ、ガスライティングの被害者は自分が被害を受けていることに気が付かず、被害が長期化してしまうことも少なくない。
ガスライティングの被害から抜け出すためには、まず「自分はガスライティングを受けている」と気がつく必要があるのだ。
ガスライティングの加害者「ガスライター」とは?
ガスライティングの語源がそうであったように、ガスライティングの多くは、夫婦間やカップル間で行われることが多い。しかし、ガスライター(ガスライティングの加害者)は必ずしも配偶者や恋人だと言うわけではない。
ガスライティングを含める様々な大人暴力は、加害者VS被害者という個人の問題ではなく、社会に存在している権力の不均衡や差別的な構造と綿密に関わっている。そのため、あらゆる関係性の中でガスライティングは起こり得る。
顕著なのは医療従事者から女性患者に行われる「医療ガスライティング」だろう。男性の医師が「女性の体のことは自分の方がよく知っている」といった態度をとり、女性の痛みを否定したり軽視したりすることは現在も行われている。2019年の「TodayShow」および「SurveyMonkey」が実施した調査によると、医療で不当な扱いを受けたと感じる男性は6%だったのに対し、女性は17%だった。
『「女の痛み」はなぜ無視されるのか』(アヌシェイ・フセイン著 堀越英美訳 晶文社)でも、男性医療従事者たちが、女性の痛みの訴えを「気のせい」だと軽視したり無視したりする構造的差別の実態が取り上げられている。こういった医療ガスライティングは、社会全体から女性差別や女性蔑視が完全になくならない限り、なくなることはないだろう。
ガスライティングは、権力の差があるときや、差別的構造があるときに発生する。それゆえ、男性から女性に対して行われることが多く(もちろん同性間や女性から男性へのガスライティングもある)、医療業界だけではなく、職場、政府、メディア、などあらゆる場所で発生しうるものなのだ。
ガスライティングに気がつくために「よくある手口」と「セリフ」を知ろう
ガスライティングに気がつくためにはガスライターがよく使う手口を知っておくことが有効だ。
以下では、よくある7つのガスライティングの手口とセリフを紹介していく。
1)否認
否認とは、責任転嫁する、嘘をつくなどして、自分の行動の責任を取らないことを指す。明確な証拠があるときでさえ、「そんなことはやってない」「そんなこと言ってない」と言ったセリフを口にすることもある。
2)聞こえないふり
ガスライターは相手の話を「そんなことは聞いていない」と言い張ったり、「一体なんのこと?」ととぼけたりすることで、まるで相手の方が非論理的であり、訳のわからないことを言っているかのように思わせることがある。
3)矮小化
ガスライターは、「感情的すぎる」「大袈裟だ」「ヒステリー」などと言って、相手に自分の考えや望みは分不相応でやり過ぎだったと感じさせることがある。
4)価値を下げる
ガスライターは、「自分なら(ガスライターが賛同していないなんらかの組織、政治団体など)が言うことは絶対に信じない」「読んだものをなんでも信じるなよ」などと言うことがある。このテクニックを使って、教育機関や協会、企業、政府といった組織ぐるみで人をコントロールしようとする「組織的ガスライティング」が行われるケースもある。
5)無効化
ガスライターは本当に起きたことであっても、「お前って記憶力が悪いもんな。真実は××だ」「そうやってまた作り話をする」「君の記憶は当てにならない」などと、相手の記憶を無効にしようとすることがある。
6)ステレオタイプ化
ガスライターは「警察はお前のことなんか信じない。奴らはDVを通報してくる女のことなんて信じるわけがないからな」「女は感情的だから」などと、人種や性別、年齢、職業などに関する否定的な固定観念を利用し、ネガティブな情報を植え付けようとしてくることもある。
7)論点のすり替え
論点のすり替えは、ガスライターが悪事を働いた証拠をつけられた時に起こる。「なんで今更そんなことを言うんだ?」「どうしてそんな文句を言うんだ? 俺のことなんてどうでもいいくせに」など、論点をすり替えて、自分の悪事の責任を負わないのも、ガスライターのよくある手口だ。
ガスライティングの被害から立ち直るために
『ガスライティングという支配 関係性におけるトラウマとその回復』の著書、アメリア・ケリー博士は、瞑想とヨガの公認インストラクターとして20年の経験を持つヨガ愛好者でもあり、ヨガを通してセルフラブを実感することはガスライティングによるトラウマ被害を癒すためのひとつの対処法だと述べている。
ただし、ガスライティングの被害から回復するためには、まずはガスライティングを受けている、と認める必要がある。数々の依存症と同様に、「事実を認める」ことが回復への大きな一歩なのだ。
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