結婚前は「良い人」の仮面を被っている。 殴る・蹴るだけじゃない「DV」…モラハラとの違いは?

 結婚前は「良い人」の仮面を被っている。 殴る・蹴るだけじゃない「DV」…モラハラとの違いは?
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DVには身体的暴力・精神的暴力・経済的暴力・社会的暴力・性的暴力がありますが、DV=殴ったり蹴ったりといった身体的暴力のイメージが強いのではないでしょうか。内閣府の『男女間における暴力に関する調査(令和2年度調査)』の配偶者からの暴力の被害経験を見ると、身体的暴行が14.7%で一番多いものの、心理的攻撃が12.5%、経済的圧迫が5.9%、性的強要が5.2%の割合があり、DV=身体的な暴力だけでないことがわかります。DVとはどのような性質の行為なのか、DVをする理由などについて、DVの加害者プログラムを行っている一般社団法人アウェア代表の山口のり子さんに話を伺いました。

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誰もがDV加害者にも被害者にもなり得る

——DVとはどのような性質の行為なのでしょうか?

親密な関係の人への暴力、もっと言うならば虐待です。日本語ですと虐待=子どもへの暴力を示しますが、英語圏ではDV加害者のことをabuser(アビューザー)といいます。力の差があるところに生じるのがabuseです。

DVの本質は力と支配です。声が大きい・体が大きい・経済力があるなど、何かしらの力を用いて、力の差を利用し、相手を自分の思い通りに動かす。力を使い、相手を支配することを目的とした行動です。

——なぜDVが起こるのでしょうか?

DVは価値観の問題です。DVにつながる価値観とは、①ジェンダー規範、②暴力を容認する意識、③力と支配です。加害者は「力と支配」を見て学んでいる。「父親が支配的だった」と話す加害者は多いです。

3つの中で最も影響すると考えられるのは、ジェンダー規範です。アウェアに来た加害者たちは強弱はあっても、例外なく「男は・女はこうあるべき」というジェンダー規範を持っています。一般的に「男らしさ」とはリーダーシップ・たくましい・決断力といったものが示され、「女らしさ」とは優しさや気配り、控えめといった受け身であるものが多い。ジェンダー規範に従っていると、男性が上で女性が下という関係になるのです。

DV加害者の男性たちは、妻が外で働いているか否か関係なく、自分や子どものケアを「女の仕事」だと押しつけ、自分が十分だと思えない水準なら責める。女性も「女性なら家庭のことを完璧にできなければならない」とジェンダー規範を学習しているので、自分が悪いと思ってしまいます。

「夫の方が稼いでいるのだから」と女性でも男性でも考えてしまう人もいますが、女性が稼げないのは構造的な問題があります。働く女性は増えたものの、女性の50%以上が非正規雇用です。女性が選んでいる側面はありつつも、根本的には家事・育児・介護の負担が偏っているので、フルタイムで働くのが難しいという問題があります。

女性政治家は少なく、管理職も男性が多数。「男性が上に立って当たり前」の光景に慣れてしまって、性別問わず鈍感になっている。ジェンダー規範は今でも日本社会に蔓延しているので、生きているだけで自然に学んでしまうのです。

その点「DVとは特別な人がすること」という考えはアップデートすべきだと思います。日本社会に生きているだけでジェンダー規範を学んでいるため、DVは誰もが加害者にも被害者にもなり得る問題です。

DV
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気づきにくいけれども深刻な「精神的DV」

——DVというと身体的暴力・精神的暴力・経済的暴力・社会的暴力・性的暴力がありますが、身体的な暴力のイメージが強いように感じます。

メディアでDVを取り上げる際も、殴ったり蹴ったりすることだと示されることが多かったので、世間にDV=身体的な暴力という強い印象を与えました。でも実際には暴力の一つの形でしかありません。

とくに精神的DVは周囲から見えにくい「隠れたDV」です。加害者は「優しくて良い人」の仮面を被っているので、「あの人がそんなことをするはずがない」という見方を周囲はする。

加害者は「お前はダメな奴だ」「お前が怒らせた」と繰り返し言い、毎回「彼が正しくて、私が間違っているから、私のせい」という話で終わる。そういうやり取りを日常的に積み重ねていくと、強固な罪悪感を持たされます。そのため、被害に遭っていることに気づきにくいですし、自分が何をされたかわからず混乱しているのです。

——精神的DVは身体的DVと異なり、傷が見えないので、自分も周囲も気づくのが難しそうです。

されている側も「自分が悪い」と思い込まされているので気づかず、加害者もDVしている自覚はないことが多いです。身体的DVと違って見えにくい暴力ではあるものの、被害として小さいかというとそんなことはありません。一回一回は小さく見えるものでも、長期間にわたって受け続けると大きなダメージを身体的にも精神的にも受けますし、立ち直るのに時間がかかる人も少なくありません。

アウェアに来る男性加害者たちに話を聞くと、身体的暴力をふるうと警察が来ることをわかっていて「そんなコスパの悪いことはしない」と話します。もしくは「最初に一発殴った」と話す人もいます。そうすると、次からは手を挙げただけで、パートナーの女性が萎縮したり怒らせないように気を遣ったりするので、二度と殴る必要がなかったと。「目つきをきつくするだけでコントロールできた」と話す人もいました。

——「モラルハラスメント(モラハラ)」という言葉がありますが、内容は精神的DVに近いように感じました。

メディアが「モラハラ」という言葉を使って世間に広がりましたが、私は「精神的DV」と言うべきだと思います。

アウェアには女性からのお問い合わせもあります。「夫のする行為は、DVほどではないものの、モラハラかなと思うのですが、話を聞いてもらえますか?」と。詳しくお話を伺うと、DVであることは珍しくありません。

——アウェアには男性加害者・女性被害者以外からも相談や問い合わせはありますか?

元々男性の加害者が多いことと、被害者支援として加害者に向き合って加害者を変えることがアウェアの根幹ですので、加害者プログラムに関しては男性のみを対象にしています。もちろん、女性の加害者がいることもわかってはいますし、女性向けの加害者プログラムも必要だと思います。私が加害者プログラムを学んだカリフォルニア州では、女性もDVしたら更生義務を課す仕組みがあって、夫や女性のパートナーに加害行為をした女性グループの見学をしたこともありました。

アウェアには「私、加害者なんです」と女性から電話がかかってくることが何度かありました。話を聞いたら精神的DVを受けていて加害者だと思わされていたので、被害を受けていることに気づけるよう情報提供を行ったり、面談をしたりしたことはあります。

LGBTQ+の人からのお問い合わせをいただいたこともあります。周囲にカミングアウトしていない場合、閉ざされた関係になる傾向があって、より相談がしにくいという問題があります。たとえば同性カップルでもジェンダー規範を学び内面化していて、男性役割・女性役割が存在するカップルもいます。そうすると、男性役割の人が上で、女性役割の人が下、という関係性ができやすいのです。

違和感を覚えたら、一人で抱え込まずに専門機関へ相談を

——DVする人を見分ける方法はありますか?

「良い人」の仮面を被っているので、気づくのは難しいです。ただ、先ほどもお話ししたように、加害者はジェンダー規範を持っていることが多いので、交際前や交際時にジェンダー規範の強さが見える人なら「DVをするかもしれない」という知識は持っておくほうがいいと思います。

とはいえ、家事の分担を望んで、結婚前に「家事を手伝う」と言っていた男性と結婚したところ、結婚初日に彼が料理や掃除を全部やって見せ、フルタイムで働いている彼女に同じようにやってほしいと要求してきたという話もありました。

結婚するまでは良いところばかりを見せているので、たまたま支配的な人を好きになってしまうことは、誰にでもあり得ることです。でもそうなったときに早く気づけるように、DVに関する知識は必要だと思います。モラハラという概念は広まったので「モラハラかな?」と思ったら「DVかもしれない」と疑ってみる方法もあります。

「あれ?」と思ったら、一人で抱え込んで判断せず、DV相談ナビ「#8008」や、DV相談+、各自治体のDV相談の窓口など、専門機関に相談してみてください。


※後編に続きます。


【プロフィール】
山口のり子(やまぐち・のりこ)
1950年生まれ。27歳で第二波フェミニズムに出遭い女性差別のない社会作りがライフワークに。2002年にアウェアでDV加害者プログラムを、2003年に「デートDV」という言葉を作り若者向けデートDV防止プログラムを始める。2023年に東京から長野県に移住。トレーラーハウスに住みウッドデッキでヨガを週3回する。暮らしぶりをYouTube(Simple life in trailer house)で発信中。著書『愛を言い訳にする人たち DV加害男性700人の告白』(梨の木舎)他

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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