【経験者に聞く】「自分は悪くないと思っても幸せになれない」モラハラ加害者が変わるために必要なこと

 『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)より
『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)より

DVにおいて「加害者は変わらない」という言説はよく見られます。自身もかつて妻にDV・モラハラをし離婚の危機を迎えたことのある中川瑛さんは、もちろん被害者には加害者変容の義務も責任もないことを前提の上、「人は学び、変われる」と話します。中川さん原作の『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』『99%離婚 離婚した毒父は変われるか』(KADOKAWA、漫画:龍たまこ)では、モラハラ・DV・虐待の加害者が変わる様子が描かれます。中川さんが運営するDV・モラハラ加害者の当事者団体「GADHA(ガドハ)」のこと、加害者変容について伺いました。

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DVとジェンダーの関係

——どういうきっかけで、DV・モラハラ加害者はGADHAにつながるのでしょうか?

GADHAに参加している約3割が女性ですが、男女でタイミングに大きな違いがあります。男性は別居や離婚を告げられたときに来る人が圧倒的に多く、それまで自分がしていることがDVやモラハラだと気づきません。

一方、女性はそれ以前に来る方が多いです。「自分のしていることは加害だと思っていて、止められない。このままだと良くないと思う」とおっしゃっています。

ただ、『99%離婚』を出してからは、男性でももう少し早いタイミングで来る人も増えました。読んで「これは自分のことだ」と気づきのきっかけになっているようです。

——男女差の違いの理由はどんなことだと思いますか?

前提として、DVそのものには性別はあまり関係ないと僕は思っています。DVは権力差があるから生じるもの。多くの場合、男性の方がパワーを持っているから、圧倒的に加害者に男性が多いのです。今後、女性がパワーを持っていくにつれて、女性の加害者の姿もどんどん浮き彫りになると思います。子どもへの虐待では母親も暴力をふるっているように、女性だから暴力をしないわけではないですからね。

そのうえで、女性の方が世話や配慮、気配りといった「ケア」の役割を社会的に強く押しつけられているので、ケアをできていないときに自責をしやすい。『離婚した毒父は変われるか』でも、奈月がパートナーの陽多に怒鳴った後で自己嫌悪で落ち込む様子を描いています。

つまり、DVやモラハラの振る舞いが「女性的」でないから、自分が間違っていると気づきやすい。一方、DVやモラハラの言動は「男性的」とされるため、男性は最初のうちは問題があることに気づけないし自責もしません。でもGADHAでは、男性も自分の言動がDVやモラハラであることに気づくと、女性と同じようにすごく自責するようになる姿を見てきました。

言い換えれば、女性の方が加害者としての情報が得づらい部分もあるとも言えるでしょう。奈月のように女性が男性のパートナーにDV・モラハラ行為をしていても、「メンヘラ」とか「ヒステリー」と見られることが多い。「悪魔化」されることは珍しくないですが、単に自分の感情を調整したり、他者と共に生きていったりする技術が足りていないだけだと思います。

『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)より
『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)より

修復できるかは「相手の話に耳を傾けられるか」

——中川さんは「被害者には加害者の変容を支援する義務も責任もない」とおっしゃっています。ただ、状態が深刻になる以前でしたら、関係を修復したいと思う人の方が多いと思います。修復していけるかの分岐点はどんなことでしょうか?

ポイントは「相手の話に耳を傾けられるか」です。多くの場合、パートナーは最初は日常のちょっとしたことから「こういうことはやめてほしい」と伝えています。それでもやめなかったり、「気にしすぎ」など軽視したりし、パートナーの声を無視することが何度も続いた結果、ある日、離婚を告げられたり、パートナーが出ていってしまったりする。先ほども申し上げたように、男性はこのタイミングでGADHAへの連絡を決意するケースが多いです。

パートナーの話を聞かない経験が積み重なる、つまりフェーズが進むほど、関係の修復は難しくなるものの、不可能ではありません。相手の傷つきが自分にとって理解できないことであっても、その気持ちを尊重できるか。それを妨げるのが「それくらいで傷つくのはおかしい」「自分もこういう厳しいことをされてきたのだから、お前もこれぐらい乗り越えられるはず」といった考え。でも、自分が「加害者」ということを自覚したうえで、何をしたら加害でなくなるのか、何がケアなのかを学ぶことによって、加害をケアに変えていくことはできます。

——GADHAではどんな取り組みをしていますか?

「ケア」の練習をします。ケアをし、ケアされる関係の中で、加害をしてしまったことや、変容できたことの報告を書いたり話したりします。そのときに「情動調律をしましょう」と伝えています。

情動調律とは、簡単に言うと「共感」です。相手の言動そのものだけを見て判断や評価をするのではなく、背景にある感情を考え、さらにどんな価値観やニーズに基づいた感情なのかを深掘りし、その感じ方や考え方を受容すること。

たとえば離婚調停をしているメンバーが、「相手から色々なことを言われて、中には記憶にないことまで指摘されて許せない。反撃したいという気持ちが正直ある」と打ち明けたとき、その気持ちを応援するわけでも、「それは間違っている」とジャッジもしません。

「自分なりに変わろうとしているタイミングで、相手のことをケアしようと思っているのに、相手から今まで溜め込んでいたものが出てくるのはショックですよね。努力して変わっていこうと思っている気持ちがくじけそうになりますよね」と言葉をかけます。そうすると、言葉をかけられた側は、自分がそういう言葉を求めていたことに気づくのと同時に、自分がパートナーにそういうケアをしてこなかったことに気づくことができるんです。

いかにパートナーの苦しみや弱音を一刀両断に切り捨て、「お前が間違っている」「もっと努力しろ」と言ってきたか。それに気づくためには、自分がジャッジをされない形での関わりを持つことが大切です。

——『モラハラ夫は変わるのか』では、関係修復の過程で、DV・モラハラをしていた翔が「自分を蔑ろにして誰かを大切にし続けることは出来ない」という気づきに至っています。GADHAでは「自分を大切にすること」をどう学びますか?

プログラム全体として自分の感覚と向き合うようにしています。理屈で説明できないけれども、自分が感じていること、「これが良い・これは嫌」と思うものを大切にできるようになると、自分はその感覚が理解できなくとも、他人の大切にしているものも尊重できるようになる。そのためにも、「自分の感覚を大切にできるといい」という話をします。

一つ例をあげると、毎日必ず3食食べていた男性がいて、別居中も最初は3食とるようにしていたものの、ある朝、「そんなにお腹が減ってないかも」と気づいて、コーヒーを飲むだけにしたら身体が軽くなったと話してくれました。今までは自分の状態がどうかを考えずに、「朝食は食べるもの」だからとっていたものの、「今自分の身体や心が感じていることはなんだろう」と考えてその気づきに至ったと。

「朝食はコーヒーのみ」という選択は、科学的には正しくないのかもしれません。ですが、「これが当たり前」だと思っていたものについて、不快感を感じているのに気づかないフリをしてしまうことは少なくないです。だから不快感に気づけたということは、自分の感覚を大切にできたということですよね。

「ケア」をしていかないと幸せになれない

——加害者が変わるための場はとても大事なことですが、自身の加害に向き合うことはすごくつらいことでもあります。ただ、作中でも示しているように、加害者も何かしら被害の経験がある人も少なくないのだろうとも思います。「自分は悪くない」という結論にならないために気をつけていることはありますか?

前提として、おっしゃるとおり、虐待、家庭内での支配的な関係性、学校でのいじめ、職場のハラスメントなど、何かしら被害経験のある人は多いです。そのため、自己憐憫、つまり「自分の方こそ被害者だ」と感じる状態になる人は多い。「DV・加害とは何か」を理解するほど、自分がされたことも暴力や支配であることに気づきます。自分がそうされてきたのだから、自分はそれ以外の人との接し方を知らなくてやってしまっていただけで、自分は悪くない、むしろかわいそうだと。GADHAではそう思う気持ち自体は受け止めます。

そのうえで、「自分をかわいそうだと思っていても幸せになれないし、幸せになるためには、誰かをケアしていかないと、相手に共感してもらうばかりではなく、自分がしていく側にならないといけない」という話をします。GADHAのゴールは「自他ともに持続可能な形で、美徳を発揮してケアできる関係をつくっていくこと」。そういう人間になることが幸せになることであり目標だと明確にし、関係修復を目標にはしないんです。言い換えれば、「自他ともに持続可能な形で、美徳を発揮してケアできる関係」でなければ関係自体を終了させてもいい。

ただ、相手へのケアを始めていくと、被害者はずっと我慢してきた蓄積が噴出します。なので「相手からの攻撃は『反撃』だと理解しましょう」と伝えます。そうでないと、すぐに耐えられなくなってしまうので。

ケアと加害を学んだときに、相手の反撃を「加害」だと解釈する人もたくさんいます。でも加害者がケアを始めたところで、被害者からすぐに返ってこないのは自然なこと。被害者の反撃は、元々はこちらの言動が招いたことなので、一旦は引き受けてみた方がいい。被害者はそれ以前から、ずっとケアしてきてくれたのですから。

※後編に続きます。

『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)
『99%離婚 モラハラ夫は変わるのか』(KADOKAWA)

【プロフィール】
中川瑛(なかがわ・えい)

モラハラ・DV加害者変容に取り組む当事者団体「GADHA」代表。妻との関係の危機から自身の加害性に気づき、ケアを学び変わることで、幸せな関係を築き直した経験から団体を立ち上げる。現在は加害者個人だけではなく、加害的な社会の変容にも取り組んでいる。既刊に『孤独になることば、人と生きることば』(扶桑社)、『ハラスメントがおきない職場のつくり方~ケアリング・ワークプレイス入門』(大和書房)など。

■X(旧Twitter):@EiNaka_GADHA

■GADHAホームページ
https://www.gadha.jp/

■PaToCa(パトカ)ホームページ:毒親の当事者コミュニティ
https://www.patoca.jp/

■CoNeCa(コネカ)ホームページ:職場の加害者の当事者コミュニティ
https://www.coneca.jp/
 

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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