「フィットネスの脱植民地化を」フェミとクィアのためのスタジオが目指す、みんなのためのフィットネス

 「フィットネスの脱植民地化を」フェミとクィアのためのスタジオが目指す、みんなのためのフィットネス
写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru

日本のフィットネス人口はたったの3%。これを聞いて、あなたはどう感じますか?「日本のフィットネス人口が極端に少ないのは、フィットネスの場が安全ではないことによって多くの人がサービスを使えないでいるからでは」と語るのは、大阪にある「Body Maintenance Studio Ninaru」でオーナー兼トレーナーをしている大森暁さんです。大森さん、そしてスタジオが主催している連続セミナー「Fitness for All 〜持続可能な運動環境を考える」の講師も務め、LGBTQの人権に関する啓発活動をしている塩安九十九さん、企画に協力するフェミニストの末原真紀さんの3名にお話を伺いました。

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今回お話を伺った、「Body Maintenance Studio Ninaru」は「フェミとクィアのがんばらないトレーニングスタジオ」をコンセプトに掲げています。フェミとはフェミニストの略であり、ジェンダー平等と多様性が認められる社会を望み、性別やジェンダー規範を理由に不当な扱いをうけたり、不利益をこうむることに対して声をあげ、行動する人たちのこと。クィアとは、セクシュアル・マイノリティや、既存の性のカテゴリに当てはまらない人々を広く表す言葉。街にフィットネススタジオやトレーニングジム、ヨガスタジオはたくさんありますが、「フェミとクィアのために」と具体的に名打ったスタジオはなかなか見かけません。なぜ、このようなコンセプトを掲げたスタジオをオープンさせたのでしょうか。

スポーツジムやフィットネスのサービスを使えない…その理由は?

写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru
写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru

ースタジオの設立経緯を教えていただけますか?

大森さん: もともと体を動かすことが好きでジムやヨガスタジオに通っていたのですが、やがて「トランスジェンダー(※)や障がいのある人はジムに安心して通えているのだろうか?」という疑問が生まれました。それは、フェミニストとして長年活動する母をもち、幼い頃からフェミニズムが身近なものとしてあったこと、また、周囲にセクシュアル・マイノリティの方がいる環境で育ったことも影響していると思います。既存の運動環境が、マイノリティの方々に対応していないのであれば、作ろうと思い立ちました。

コンセプトである「フェミとクィアのがんばらないトレーニングスタジオ」が意味するのは、フェミとクィアのためでもあるし、フェミとクィアによるものでもある、ということです。社会の中で、特にフィットネスの現場でよしとされる姿、例えば女性であれば痩せていたり、男性であればマッチョであったりを目指すことが当たり前とされています。でも「それって、誰の当たり前なの?」と、問い直します。また、一般的に、フィットネスというと、トレーナーとクライアントの関係性がありますよね。一人ひとり要望は違いますが、より効率よく筋トレしたい、または減量したいなどの要望に対して、トレーナーが指導するという支配関係が存在すると思っています。Ninaruでは、そのようなトレーナーとクライアントの主従/支配関係も問い直します。

「My body My choice(わたしの身体はわたしのもの)」という大事な言葉をスタジオの壁に書いているのですが、先にも紹介したことも含めこういう考え方は、既存のフィットネスとは、全く逆行する考え方で、その一連の行動が「脱植民地化」という言葉で表されています。「脱植民地化」という言葉は、歴史的背景から欧米でよく使われる言葉だそうです。今まで思い込まされて来た(=植民地にされてきた)認識を一度取っ払って考え直す(=脱する)こと。それを分かりやすく表す言葉がないため、「がんばらない」という言葉を使っています。

※トランスジェンダー: 生まれた時に割り当てられた性別と、自身で認識する性(ジェンダーアイデンティティ)が一致していない人を指す

– 具体的に、既存の運動環境のどういったところがマイノリティの方々に対応していないのでしょうか?

塩安さん: LGBTQ、特にトランスジェンダーの人は、ジムやフィットネスをほとんど使えていない状況です。ハード面もソフト面も、子どもの頃からあらゆるものが男女別になっています。例えば、学校の体育での体操着や水着のような男女別の服装は、それだけでハードルですし、男女別の更衣室も使えません。男女分けされた場で、ジェンダーやセクシュアリティに関するいじめが起きることも多いのです。運動に関わる時間の中で苦痛を感じ、運動から疎外されて大人になるのです。

だから、大人になっても、そもそもフィットネスジムなどに行けないと思っている人がたくさんいます。LGBTQの人たちは、差別や偏見に晒されるためにうつ病の率が高いなど、精神衛生状態が良くない人も少なくありませんが、そうした問題も運動によって改善する面もあります。けれど、運動するという選択肢がないので、病気や依存症などにもつながりやすく、長い目で見ると寿命にも関わってくる問題です。

大森さん: Ninaruは2019年にレンタルスペースを借りて活動をスタートしました。当初は、特定の場所を持たなくてもいいと思っていましたが、既存の建物の構造上、例えばトイレや更衣室が男女で分かれていることで、すでに排除されている人がいたり、居心地の悪さを感じている人がいることを強く感じるようになりました。その他にも、「女らしい体」「男らしい体」といった会話や、異性愛を前提とした会話が繰り広げられていることだったり、些細なことと思われがちですが、そういったことがっきかけでジムに通えなくなったという方はとても多いんです。そこで、そのような問題ができるだけないスペースをと、パーソナルトレーニングスタジオNinaruを2021年に寺田町に構えるに至りました。

– スタジオが大切にしている考え方はどういったものでしょうか?

大森さん: Ninaruのコンセプトは「フェミとクィアのがんばらないスタジオ」です。大事にしていることは全てそこに集約されていて、スタジオが掲げているポリシーは

・セクシュアリティで分け隔てることのない運営を行います

・ジェンダーを押しつけず個を尊重します

・差別や偏見を容認することのない運営を行います

この3つです。けれど、スタジオを運営していく中で、大事にしたいことがその都度増えているような気がしています。当初は「LGBTQの人たちの安全な場づくり」にフォーカスしてスタートしたものの、「あらゆる差別に対して反対する立場を表明した場づくり」をすることで、より多様な人たちを歓迎できることが分かりました。

– スタジオを運営していく中で、変化というより進化していくような感じでしょうか。

大森さん: そうですね。設立当初からあったコンセプトを去年からスタジオに「グランドルール」としてポスターを貼り出しました。目に見える形でお客さんと一緒に確認することで、お互いに安心感を得られるようになりましたね。ここで大事にしたいことは何かを伝えることは、お客さんと私自身の安心と安全のためでもあると感じます。利用者は毎回チェックシートを見ながら「グランドルールを確認したか」「身体に触っていいか」「呼び名の変更はないか」などを確かめます。

写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru
写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru

– 毎回ですか? 

大森さん: はい。中には月に10回来てくださっている方もいますが、そういった方も毎回ですね。実は、私も初めてお客さんに提案した際は、「面倒になるかもしれませんけど、すみません…」と構えていたんです。しかし、お客さんから「大事なことだから、別にええねんで」と言われ、こちらが驚いたくらいです。それは今までのお客さんとのやり取りや、関係の中で構築されたものであり、ただ単にグランドルールを目に見える形にしたからできる、ということではないと思います。グランドルールに書かれているようなことが、トレーニングの際の声かけや、お客さんとのやり取りなど、日常に散りばめられている環境にするという努力の上に成り立っているということなんですけどね。

連続セミナー「Fitness for All 〜持続可能なフィットネス環境を考える〜」を通して、フィットネス業界に発信する

– 実は、今回取材前にNinaruさんのような取り組みをされているLGBTQフレンドリーなフィットネススタジオを探してみたんですが、他に見つけることができませんでした。

塩安さん: 北米などでは健康格差についての研究が進んでいます。例えば白人と有色人種との比較や、異性愛者とそれ以外のセクシュアリティとの比較で、健康状態に差があるという結果が出ています。これは社会的に不利な立場にある人たちが、健康サービスや医療にアクセスできていないことを示しています。そのため、フィットネスやジムでのLGBTQフレンドリーな取り組みはもちろん、更には有色人種のLGBTQ向けの場も増えています。フィットネスの「脱植民地化」ということですね。ネットで海外のジムを検索してみるといろいろ出てきます。LGBTQフレンドリーなジムはすごく楽しそうですし、見ているだけでエンパワーメントされます。日本でも、NinaruがLGBTQフレンドリーだと明言してくれているのは心強いです。もっとそういった場所が増えてほしいと思っています。

末原さん: 「フェミニズムの歴史はトラブルを起こすことの歴史である」と、『フェミニスト・キルジョイ〜フェミニズムを生きるということ』の著者サラ・アーメッドは言います。フェミニズムを実践するというのは、世の中の当たり前を問うこと、それは「波風を立てる」と認識される一面が強くあります。マイノリティが不可視化されている中、フェミニズムが当たり前となる道のりは長いですが、まず最初の一歩として今回の連続セミナーは、とても革新的な取り組みですよね。

– セミナーの内容はどんなものですか? 

大森さん: この連続セミナーはフィットネストレーナーやインストラクターの方々で、現状に課題があると感じているが、何をしたらいいかわからないと思っている人に来てもらいたくて企画しました。ですので、初めてフェミニズムやジェンダーについて触れる人のために、1回目は社会の構造を知り「多様性」を理解するという、人権の基本を知ることができる内容となっています。2回目でLGBTQフレンドリーなジムがなぜ必要か、LGBTQフレンドリーな環境とはどのような場のことかについて具体的に考えました。これから開催される3回目は、障害者とフィットネス環境について「障害があるから利用できない」などと決めつけず、障害者の参加を阻むバリアを取り除くための方法について学んでいきます。そして最後の4回目には、「理想」とされている身体がなぜこんなにも多くの人の身体に影響を与えているのか、社会と身体の関係性をフィットネス環境での具体例を通して考えていける内容となっています。「フェミニズムとは」「LGBTQとは」「フィットネスとの関りは」といった基本的な話もしますので、ご自身が初心者だと思われている方でも安心して参加いただける内容です。アーカイブ配信もしていますので、これからでもご参加いただけます。 

写真提供: Body Maintenance Studio Ninaru
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– どういった経緯でこのセミナーは開催することになったのですか?

大森さん: 以前、末原さんからニュージーランドの大学での取り組みや北米のジムの話を聞き、「フィットネスの脱植民地化」という言葉に初めて出会いました。それまで、そんな言葉を聞いたことはなかったので「私が言いたかったのは、これだ!」と。今日本で行われている運動環境やフィットネスのあり方というのは、「ありのままのその人」を良しとせず、既存の女らしさ・男らしさを目指すための運動指導が基本になっているように感じています。だから、今安心してフィットネス環境に参加できていない人を含む、みんなのためのフィットネス環境が作れたらいいなと思ってセミナーの開催を決めました。このセミナーでは、「当たり前」と思い込んできたフィットネスのあり方を、ゼロから捉え直す取り組みをしています。

– セミナーを通して、どんなメッセージを伝えていきたいですか? 

大森さん: やはり「誰もが運動環境に安心して参加できる社会を目指す」ということが第一でしょうか。先にも塩安さんがおっしゃっていたように、やはり運動することが、気持ちを前向きにするという効果はあると思うので、運動が好き・嫌いということは別にして、運動したいと思った時に誰でもできるという環境作りが重要です。日本のフィットネス人口が10年以上3%だと言うことを知っていましたか?業界の人たちは「フィットネス人口を増やしたい」と言いながらも、既存のやり方を見直したり、現在排除されている人がいるのではと考えることをほとんどしてきていないと思います。現在のやり方を見直すことは、嫌な思いや居心地の悪さを我慢してジムに通っていると言う人も含めた全ての人に、安全な運動環境に参加することの選択肢が公平に与えられる、という重要な意味を持つのではないでしょうか。

末原さん: 「脱植民地化」は、聞きなれない言葉ですよね。「unlearn(学び直す)」と言い替えた方が方が分かりやすいかもしれません。このセミナーはまさに、学び直しの機会です。今まで自分が良いと思っていたことを1度全部ないものにして、もう一度置き換えることは葛藤も大きいですし、しんどい作業です。けれど、その体験を通して、「これだ」というものに出会えることがあると思います。

– 3%という数は意外です。健康志向な人が増えているというイメージがありフィットネス業界も盛り上がっているものだとばかり思っていました。けれど、今日のお話を伺って、みんながアクセスできるフィットネス環境が、実は整っていないというのは、その数字にかなり影響しているのかもしれませんね。

塩安さん: やっぱり「男らしさ」「女らしさ」というのが商売になっているんですよね。「こうすればこんなに男/女らしくなれる」「あなたは価値のある人間になれる」というように。そういうビジネスモデルなので、そこからこぼれ落ちるというか、合わない人たちは軒並み行けないし、そこで嫌な思いをするというのは目に見えているわけです。

そもそも、社会が「こういう人を評価します」というのがあって、だからフィットネスでも「この既存の価値観でやっていきます」という構造があると思いますが、「評価」を作っている社会に疑問を持つ必要があるのではないでしょうか。例えば、色白だったり痩せていることが評価され、そうではないことが下に見られるような社会。あるいは、典型的とされる女らしさ・男らしさを評価し、そうではないことで排除されるような社会。そのような社会の価値観に便乗し、加担し、強化することでお金を儲けるビジネスモデルには、そもそも限界があり、利用者も幸せにはなれないのではないでしょうか。フィットネスやジム、ヨガなど運動指導に携わっている人たちが、自分たちがやっていることに自覚的にならない限りは、3%という数字も、疎外される人たちの状況もずっと変わらないと思います。

大森さん: この連続セミナーの目的は、セミナーを受けたトレーナーやインストラクターが、みんなにとっての安心安全な運動環境とはどのような環境かを考えられるのはもちろん、トレーナー自身にとっての安全な運動環境とはなにかを発見できたり、現在フィットネス環境にハードルを感じずに運動している人たちが、積極的にみんなにとっての安全な場作りに参加できるようになることです。 今の健康志向は「社会が理想とする身体に近づける」という認識が大きいように感じます。しかし、本来フィットネスとは、運動をするということだけではなくて、自分の身体に意識を向けることで、自分を労ったり快適な生き方を見つけるということも含まれると思います。

私がNinaruの活動を通して伝えたいのは、身体を社会の理想に近づけるのではなく、多様な身体が当たり前の社会になることです。フィットネスがみんなのものになることで、もっと生きやすい社会になるよう活動を続けていきたいです。

【Body Maintenance Studio Ninaru】

〒543-0045 大阪府天王寺区寺田町2丁目5-1石村ビル4階

公式Web サイト: Body Maintenance Studio Ninaru

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AUTHOR

桑子麻衣子

桑子麻衣子

1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。



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