「許してくれるはずだと思い込む」DV加害者たちと、逃げられない被害者心理とは|専門家に聞く

 「許してくれるはずだと思い込む」DV加害者たちと、逃げられない被害者心理とは|専門家に聞く
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DVをなくすことでジェンダー平等を目指す一般社団法人「アウェア」。アウェアでは、DV加害者プログラムだけでなく、被害女性向けのプログラムも行っています。後編では、それぞれのプログラムの内容や、プログラムの効果、「なぜ被害者は逃げられないのか」被害者心理について、代表の山口のり子さんにお話を伺いました。

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他人の発言から、自分の過去の言動への気づきが生まれる

——アウェアの加害者プログラムについて教えていただけますか。

アウェアで行っているのは治療やカウンセリングではなく「教育プログラム」です。私はカリフォルニア州でDV加害者のプログラムについて学ぶ機会があって、日本にも必要だと思い、2002年に始めました。

ある程度は経済的に安定していないと通い続けられないため、参加者の多くは働く男性で、30代と40代がメインで、小さい子どもがいる父親が多いです。今までで一番若くて18歳、一番年長者では79歳がいました。

1年以上かけて52回以上通うプログラムとなっていますが、52回で卒業というわけではありません。アウェアはパートナーから「行かなくていい」と言われない限りは卒業にはならないんです。

——どんなことを行うのでしょうか?また、参加者にどんな変化が見られますか?

基本的にはグループディスカッションを行って、DVを「自分の問題」として向き合います。一人で自分のDVの問題に気づいたり、学び落としはできないので、グループや教材が学びの助けになります。お互いに自分の体験や考えを正直に話して聞き合うのですが、「こんなことを言えた僕じゃありませんが」「あなたの気持ちもわかるけれど」などと気を遣いながらも、時には厳しい批判やアドバイスもします。

グループに入ってきたばかりで、自分がDVをした自覚がない人でも、仲間の話を聞いて適切なアドバイスをする様子が見られることも。自分のことはわからなくても、他人のことはわかるのですよね。他人の言動を自分に置き換えて思い返すと、自分の過去の言動への気づきが生まれます。

「俺はこいつらとは違う」「俺は軽いことしかしていない」という考えの人は気づかないですが、他人の話を同じことをしてしまった仲間だと思って、自分ごととして聞ける人は学び落としが進みます。

52回通ったうえで、「でも彼女だって」と言い続ける人もいますし、最初の面談で、とんでもない態度をとっていた人が、案外素直に学んで変わっていくこともあります。中には学んでいるように見えて、自分ごととして向き合わずに変わらない人もいます。

「真の謝罪」とは

——加害者プログラムを受ける人は、どんなきっかけでアウェアに通うのでしょうか。

彼らが通う動機は「彼女を取り戻したい」。多くの場合は、本気で離婚する気がないのに「離婚だ」と脅した経験があります。その背景として、女性に経済力がないために「どうせ離婚なんかできない。彼女は一人で生きていけない」と高を括っていたり、彼女は自分から離れていかないし、自分を受け入れてくれるはずだと思い込んだりしている。でも本当に女性が出ていくと、慌ててアウェアに連絡してくるのです。

——離婚する気がないのに「離婚するぞ」と、なぜ相手を試すような行動をするのでしょうか?

加害者たちは「嫉妬するのは愛している証拠」「束縛に応えてくれないのは、彼女の愛が足りない」と言いますが、罪悪感を植え付けてコントロールしようとするという行動は、愛ではなく支配です。

加害者は多かれ少なかれ、ジェンダー規範を学習しているケースが多いですが、アウェアに通っていたある男性は「僕はセックスまでさせてくれる“お母さん”を妻に求めていたことに気がつきました」と話していました。

DVとは相手に対する依存でもあります。パートナーの女性にしてきたようなことを、友人や会社の人にはしないのですから、しても良い相手だと、許してくれるはずだと思い込んで、相手を選んでDVしているのです。

——本当にパートナーが出ていってしまうと、加害者はどうするのでしょうか?

多くの場合は謝罪しますが、なんとかこの場を切り抜けようとするための謝罪は、反省という名のDVです。本当の謝罪とは、相手に与えた影響を含めて、自分のしたことを理解することです。一つ一つの行為について「なぜこのとき自分はこうしたのか」「どういう考えがあってどういうふうにやったのか」を自分で語れるようにならないと理解したことにはなりません。アウェアのプログラムでは、振り返りながら考え、説明責任を果たせるよう訓練をします。

真の謝罪について理解ができないと、加害者たちは「謝ったのに彼女は許してくれない」「まだ過去のことを言ってくる。これだけ自分は反省しているのに」と言います。そういう言葉が出てくるうちは、変わっていないということです。それに本当の謝罪をしたうえでも、許すか許さないかは、被害者が決めることです。

DV加害者
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女性にもジェンダー規範の学び落としが必要

——アウェアでは被害者向けのプログラムも行っているのですよね。

加害者向けにプログラムを提供することと同時に、被害者に力をつけてもらうプログラムも必要だと思いました。前提として、彼がDVをしてくることについて、被害者には全く責任がありません。加害者を変える責任もありませんし、DVは社会が生み出している問題なので、社会が加害者更生を担うべきです。

ただ、DVをされていること自体、被害者は気づかないので、自分を責めて苦しんでいる人もいますし、被害者も自分たちが学んできたジェンダー規範に気づき自分を変えないと、対等・平等の関係を作ることが難しい。たとえ彼が学んで変わったとしても、彼女が望むような関係ができないんです。

だから女性たちにも、誤ったジェンダー規範の学び落としをしてもらいます。「NO」はハッキリと言っていいですし、家事・育児・介護などのケア役割を一人で背負う必要はない。働いても相手と同じくらい稼げないのは、自分の能力がないからではなく、性別役割分業を前提とした社会構造の問題です。

被害者向けプログラムの目的は、自分で決めて行動を起こし、自分らしく生きる力をつけること。もう少し詳しく言うと、DVを跳ね返したり、見抜いたりする力をつけ、DVされても影響を受けないことです。

——「別れる」という選択をとる人は多くないのでしょうか?

「男女間における暴力に関する調査(令和2年度調査)」を見ると、配偶者から何らかの被害を受けても、女性で別れたのは約16%で、「別れたい(別れよう)と思ったが、別れなかった」が約44%で多くを占めています。別れなかった理由としては、子どもや経済的理由が多く、子どもの理由の中では、子どもをひとり親にしたくないというものが最も多いです。もちろん女性が経済的自立をしやすいように、母子家庭の支援の強化は必要です。ただ、別れない人が望んでいることは「彼が変わること」です。でも簡単には変わりません。

それに彼が変わっても、急にまったくDVをしなくなるわけではありません。彼と一緒にいる選択をするならば、彼のDVを見抜く力が必要です。たとえば彼が「女なんだから/母親なんだから○○して」といったジェンダー規範で彼女を縛ろうとしてきたとき、「今のはDVだよ。ちょっと外に出て頭を冷やして、帰ってきてから、何をしたかちゃんと説明して謝って」と言える力をつける。

DVのことをきちんと学ぶと、社会には女性差別の構造があることや、DVは社会的構造の問題であることがわかります。そうすると「私が悪いのではない」と気づいて、自分を責めなくなるんです。

1~2年プログラムを続けると「彼のDVがすぐに見抜けるようになった」「自分のことを考えずに、彼のことばかりを考えていた。それが異常な状態だとやっと気づいた」「DVを理由に別居していて、子どもにお父さんは長期出張だと説明していたものの、本当の理由を子どもに話し、小さいなりにわかってくれた」といった言葉が出てくるようになってきます。

——周囲は「なぜ離れないのだろう」と思ってしまいがちですが、逃げられない被害者心理について教えていただけますか。

被害者は自分のせいだと思い込まされているので、逃げたり離れたりする以前に、「私が支えてあげなきゃ」と思っていたり、支えたり面倒を見たりすることで、自分の存在意義を見出しているような被害者も少なくありません。

多くの場合、DVは加害者も被害者自身も、周囲も被害者を責めるので、被害者は理不尽な目に遭ったうえに、「自分のせいだ、怒らせた私が悪い、私が変わらなくちゃ」と思い込まされるのです。

繰り返しになりますが、被害者自身がDVに遭っていると気づくのは難しいことです。なので「なぜ離れないの?」とは言ってはいけません。それは二次加害になってしまいます。

 

【プロフィール】

山口のり子(やまぐち・のりこ)
1950年生まれ。27歳で第二波フェミニズムに出遭い女性差別のない社会作りがライフワークに。2002年にアウェアでDV加害者プログラムを、2003年に「デートDV」という言葉を作り若者向けデートDV防止プログラムを始める。2023年に東京から長野県に移住。トレーラーハウスに住みウッドデッキでヨガを週3回する。暮らしぶりをYouTube(Simple life in trailer house)で発信中。著書『愛を言い訳にする人たち DV加害男性700人の告白』(梨の木舎)他

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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