「体は変わっていっても心は年々しなやかになっていく」作家川内有緒さんが語る内面の自由とは

 「体は変わっていっても心は年々しなやかになっていく」作家川内有緒さんが語る内面の自由とは
Naoki Kanuka(2iD)
磯沙緒里
磯沙緒里
2024-02-06

心と体が大きく変化する”更年期”。年齢とともに生じる変化の波に乗りながら生き生きと歩みを進める女性たちにお話しいただくインタビュー企画「OVER50-降っても晴れても機嫌よく」。第8弾、作家の川内有緒さんへのインタビュー後編です。

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物を買う生活にうんざりし、小屋をつくった

ーー『自由の丘に小屋をつくる』を拝読し、ものづくり未経験で小屋を作る決断をされたことに驚きました。なぜ買うのではなく作ろうと思われたのでしょう?

川内さん:娘が生まれた後に様々な物が必要になって、たくさんの物を買わないといけなかったんです。あまりに買い物をしていたら、買う生活にうんざりしたっていうのはあると思います。買ってもすぐにいらなくなって、消費社会の権化のような生活をしていた時に、「机を作ってみよう」って思い立ったんです。ただ、工具も使ったことがないくらいだったので誰かに習わないとできないよなと思って。検索してみたら「DIY学校」っていう文字が目に飛び込んできたんです。それですぐに無料体験に行ったら1回目から教えてもらえて。ここにいれば作れるんだなと思えて、通い続けました。2年くらい通ったと思います。

ーー未経験でも机を作ることなら習いながらなんとかできそうですが、小屋となると大変そうです。

川内さん:確かに机から小屋だと飛躍がすごいですよね。いつも飛躍しちゃうタイプなんですよ。ちょっとずつやることも得意なんですけど、思いついたら飛躍しちゃうんですよね。

ーー小屋について旦那さまに相談した際の記述で、小屋作りについてあっさり理解されていたことにも驚きました。

川内さん:はい、一瞬で理解したと思います。コーヒーを飲んでいるたった15分くらいの時間で、「いいじゃんそれやろうよ」って言ったのをよく覚えています。あとは、彼にとっては私のプロジェクトだっていう認識なんですよね。手伝ってくれるし、家族全員で参加するけど、このプロジェクトをやっているのはあくまでも私なんですよね。そして、私たちは個人でやることには口を出さないので、「あ、やるんだね、わかった。いいじゃん。」って感じだったと思います。これまではむしろ彼の方が大きな行動を取ってきたこともありますし。

ーー小屋作りがすんなり決まる夫婦の関係、おもしろいです。

川内さん:小屋を作るくらいのことは、大したことではないんだと思います。

できることがひとつひとつ増えていくことで自信がついた

ーー長期間に渡って挑まれた小屋作りですが、小屋づくりを通して川内さんはどんなものを得たと思いますか?

川内さん:多くのものを得たと思います。まずは、大人になって自分が全くやったことのないことをやることそのものに良い効能がありました。大人だし色々できる気になっていたのですが、「こんなにも自分はなにもできなかったんだ」と思い知りました。一回底辺まで転がり落ちてみる喜びってあります。もちろん、転がり落ちて落ち込むこともあるんですけど、それもいいと思うんですよね。40代後半になってこんなにも自分ができないことをやって、手伝ってくれる人はみんなすごくて私が一番なにもできなくて、ヘロヘロになるって、気持ちいいくらいです。人生には色々な時期があって、あまり自信がない時にはこういうことをやらないほうがいいのかもしれないけれど、自信をつけるためにやる人もいると思うんですよね。私は、できることがひとつひとつ増えていくことで自信がついたんです。ただ、「こんなにへっぽこな自分でも生きていけるのかも」っていう変な自信もついちゃったんですけどね。

Photo by Ario Kawauchi
Photo by Ario Kawauchi

あとは、家族全員で半強制的に小屋に行くので、娘にとっては小屋に行くことが人生の一部として組み込まれていることもよかったことですね。いつまで付いてきてくれるのかなと思いますが、今のところは嫌がることもなく付いてきてくれるので、小屋で一緒に過ごせています。

そして、寝るところがあるくらいでそんなに快適ではないけど、快適じゃないからこそやることがあって。色々メンテナンスしたり、草を刈ったり、壊れているところを直したり、新たに何かを作ったり。忙しく動いてへとへとになるんですけど、「今回もよくがんばったな、体を動かしてよかったな」って思えることもいいんですよね。前は精も根も尽き果てるような疲れ方をしていたんですけど、今はいい疲れ方をしています。

ーー今でも作業が終わったらみんなで温泉に行くんですか?

川内さん:そう、温泉に行って、来ている人がいたらみんなで焚き火したり、お喋りしたり、温かいお酒を飲んだりして、「じゃあおやすみ、また明日ね」って寝るんです。

Photo by Ario Kawauchi
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ーー良い時間ですね。著書の中で、DIYの学校に通われている時間を、「週に三時間、子育てとも仕事ともまったく関係のない時間を持つ。それは母と妻と物書きという役割の間をせわしなく行き来する自分という楽器を、本来の音に向かってチューニングするようだった。」と書かれていたことで、工房での時間は川内さんにとって必要な時間だったのだと感じました。今は自分をチューニングするためにどんなことをされていますか?

川内さん:娘が生まれてしばらくは、映画を観に行くのも飲みに行くこともしにくくて、本当に出掛けにくかったんですよね。でも今はもうちょっと気楽に、お友達と飲みに行ったりとか、出張のついでに飲んだりとかできているので、今は息抜きする時間がなくはないんですよね。

ーー出張もたくさんされているんですよね。仕事も息抜きのひとつみたいになっていますか?

川内さん:仕事も息抜きみたいになっていますね。この2年間は、新幹線のグリーン車に置かれている『ひととき』っていう雑誌に書く仕事があって、毎月1回はどこかに旅をしてそれについて書いていたんです。西日本の様々な場所に行きました。その仕事の他にも出張が絡む仕事をしていたので、多い時には月に4回くらい出張していたんです。だから、仕事で遠くに行くことが息抜きにもなっていますね。

かつては自分を自分で縛っていた

ーー今、そのように上手に息抜きされている姿からは想像がつかないのですが、著書の中で、「自分自身を縛ってきたのはわたし自身だ。」とおっしゃっていました。自分自身をどのように縛ってきたと思いますか?

川内さん:「こうあるべき」とか、「ちゃんとしたほうがいいんじゃないか」って考えると、自分が自分を縛ってしまうことになるんですよね。親になってそうやって自分を縛っていたんです。親になるやり方ってみんなわからないじゃないですか。子供が生まれた瞬間に親になるけど、実際に良い親ってどんな親なのかはわからない。だから、自分が子供の頃にしてもらったことを思い出して子供にしてあげる人もいれば、育児書を参考にする人もいる。よく「子育てに正解はない」っていうけど、その通りだと思うんです。親も違えば、子供も違うしね。でも最初はよくわからないから、なんとなく「こうしたほうがいいんだろう」と思うことに当てはめようとして、自分を苦しめていました。

私、本当に不器用だし、適当なんですよ。それがコンプレックスになっていて、娘をちゃんと育ててあげられていないんじゃないかって心の中でずっと思っていました。5歳くらいになるまでは、自分の子育ては適当すぎないか気になっていたんです。適当すぎるせいで失敗しちゃうんですよね。失敗するたびに、「もっとちゃんとしておけばよかった」って思っていました。でも、子供にとっていいお母さん、お父さんっていうのは、みんな違うんですよね。子供にとっては、親がちゃんとしていることだけが本当に重要なことではないのかなと思えて、楽になった気がします。

ーー川内さんは自由を内側に見出して、書くことでご自身を解放させていく姿が魅力的ですが、この先に書いていきたいテーマなどお話しできる範囲で伺うことはできますか?

川内さん:いつも3つくらいテーマがあって、自分の中でどれを書こうか決めるまでは時間がかかっちゃうのですが、既に取り掛かってはいます。ひとつは、中南米に取材に行くアイディアがあります。そして、母が福島の人なのもあって福島にはずっと通っていて、帰還困難区域があった12市町村に住む人たちの物語を取材しています。あの地域はもちろん震災の傷跡は大きいのだけど、新しい人がどんどん移住して来て、すごい勢いで街が変わりつつあるんです。新しいものがどんどんできていますしね。新しく移り住んできた人と、元々住んでいた人と、帰ってきた人とで作る新しい街っていうのはどういう街になるのか、関心があります。そこに住むみなさんに自分のことを書いてもらってひとつの本にできないかというプロジェクトを始めていて、しばらくの間は取り組んでいくと思います。

川内

自由な気持ちでいられるものを自分の中に持っておく

ーー楽しみにしています。川内さんは書くことに加え、小屋づくりを通してどんどん自由になっていったように感じました。今、自分自身を自由ではないと感じる方に、どんな言葉をかけたいですか?

川内さん:物理的に自由でいるって難しいですよね。時間がないとか、お金がないとか、多くの人が不自由を感じながら生きていると思います。でも、ここだけは自由になるっていう領域を持っていればそれが支えになると思うんですよね。誰かに依存していたり誰かと紐づいていたりするものではなくて、自分だけである程度完結するなにか。それをやっていれば自分が自由な気持ちでいられるものを持っておくんです。それを大事にして、そのために自分のエネルギーを使うことを意図的にやっていかないと、自由ってどんどん侵食されてしまうんですよね。だから、自分の大事なものとして、それをちゃんと守ってあげられて、それがあると思えたらある程度自由でいられると思います。それは例えばヨガでもいいですよね。自分の体だけでできるしね。

ーー年齢を重ねることへ恐れを感じる人も多いですが、内面に自由を持っていられたら恐れは軽減されそうです。川内さんは年齢を重ねることについてどう捉えていますか?

川内さん:年齢を重ねることが怖くないかっていったら全く怖くないわけではないんですよね。自分が変わっていってしまうじゃないですか。体も変わるし、似合う服も減っていくし、そういうことにはうんざりしちゃう。でも、心は年々しなやかになっている気がするんですよね。これまで自分を縛ってきたものがひとつひとつ解かれて、いい自分になれてきているんじゃないかという実感を持っています。努力で補えることもあるけれど。見た目は必ず変わっていきます。でも、中身は若くいることもできるし、楽しくおもしろく生きることもできるから、私はそうありたいと思っています。

 

自由の丘に、小屋をつくる

Profile|川内有緒さん

ノンフィクション作家。1972年東京都生まれ。映画監督を目指して日本大学芸術学部へ進学したものの、あっさりとその道を断念。行き当たりばったりに渡米したあと、中南米のカルチャーに魅せられ、米国ジョージタウン大学大学院で中南米地域研究学修士号を取得。米国企業、日本のシンクタンク、仏のユネスコ本部などに勤務し、国際協力分野で12年間働く。2010年以降は東京を拠点に評伝、旅行記、エッセイなどの執筆を行う。『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』(幻冬舎)で新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』(集英社)で開高健ノンフィクション賞、『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)でYahoo!ニュース│本屋大賞 ノンフィクション本大賞を受賞。その他の著書に『パリでメシを食う。』『パリの国連で夢を食う。』(以上幻冬舎文庫)、『晴れたら空に骨まいて』(講談社文庫)、『バウルを探して〈完全版〉』(三輪舎)など。ドキュメンタリー映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』共同監督も務める。

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磯沙緒里

磯沙緒里

ヨガインストラクター。幼少期よりバレエやマラソンに親しみ、体を使うことに関心を寄せる。学生時代にヨガに出合い、会社員生活のかたわら、国内外でさまざまなヨガを学び、本格的にその世界へと導かれてインストラクターに。現在は、スタイルに捉われずにヨガを楽しんでもらえるよう、様々なシチュエーチョンやオンラインでのレッスンも行う。雑誌やウェブなどのヨガコンテンツ監修のほか、大規模ヨガイベントプロデュースも手がける。



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