体が硬くても足を高く上げられる?可能性にアクセスする【パフォーマンス医学】とは
人間の可能性について医学の立場から発信する二重作拓也ドクター。新たに提唱する「パフォーマンス医学」は、ジャンルや属性を問わず誰もが変化できる医学的背景を提示しています。読んだらきっとこう思うはず、「身体って、人間って、面白い!」。
「運動が苦手なんです」
「私、スポーツの才能が無くて」
「身体がとても硬くて自由に動かせない」
スポーツドクターをやっていると、そのような声をよく耳にします。
運動会の徒競走やリレーで遅かった、クラスの中でサッカーや野球が下手だった、体育の授業のドッジボールで当てられてばかりだった、そのような子供の頃の記憶から「運動が苦手」といった自己規定をしてしまっているケースも多いのです。
私は、今でこそスポーツやパフォーマンスにしっかりと関わっていますが、もともとはかなりの運動音痴でした。野球の守備やサッカーでは「ボールよ、僕のところに来ないでくれ」と心の中でかなり本気で祈っていましたし、バスケットボールではボールが来たら、すぐ上手な友達にボールをパスしていました。とにかく「僕のせいでチームが負けたら困る」というプレッシャーが大きかったので、私は長らく「運動には向いていない」と勝手に自己規定したまま過ごしていました。
ですが、適性のあるジャンルに出逢い、また人間の身体の構造や運動の面白さを知る過程で「そのような自己規定はもったいないかもしれない」と考えるようになりました。なぜなら運動は人間の活動のあらゆる場面にあるからです。今、こうして文章を「読む」のも、何かを「書く」のも、言語を使って「話す」のも、スマホで「タップやスクロール」するのも運動なしには成立しません。誰もが運動という「もっとも人間らしい能力」を手にしているのに、「たまたま適性に合致したジャンルやスポーツの種目、あるいは身体表現に出逢わなかっただけ」ということはないでしょうか?本当は機会の問題に過ぎないのに能力の問題に書き換えてしまっている、あるいは、いつの間にか運動に対する苦手意識が心を支配し、自分で自分の可能性を制限してしまっていることはないでしょうか?
もし今まで以上に、人間の身体についての正しい知識が共有され、運動の原理原則が広く理解され、身体を通じて変化を実感できるようになったら、私たちの可能性は拡大するかもしれないー『パフォーマンス医学』の根底にあるのはそのような希望です。
私はこれまで、格闘技実践者としての経験と、ドクターとしての知見、そして選手や指導者たちとの直接的交流から、強さの医学的根拠としての『格闘技医学』を提唱してきました。ハイリスクの中で人間相手に戦う格闘技選手たちが、脳機能や解剖学などをメカニズムを理解することで、効率よい動きを体得し、技やインパクトをより高め、不要なダメージから選手生命を自ら守る…そんな医学です。そして格闘技医学での試行錯誤で掴んだ核の部分はそのままに、アスリート、ダンサーや俳優などの表現者はもちろん、身体をつかう全ての人に向けてブラッシュアップされたのがこの『パフォーマンス医学』です。
今回は、その中から「足を上げる」という動きについて、源流からアプローチした体の使い方を共有したいと思います。
どこまで足を上げられる?
「足をなるべく高く上げてください」と言われて、皆さんはどのぐらいまで高く足を上げることができますか?
バレリーナやダンサー、体操選手、サッカーやテコンドー経験者ならともかく、たいていの人は「そんなに高くはあげられません」と答えるでしょう。そもそも日常生活において、足を高く上げる機会はそんなにないですよね。
では、「足が高く上がらない理由について問う」と、多くの皆さんはきっとこのように答えるでしょう。「体が硬いから」、この回答が正解かどうかはいったん横におきまして。今回は「体の柔軟性はそのままに、体の使い方を変えてみる」というテーマにトライしてみたいと思います。
「柔軟性」と聞くと、その個体が元から備えている素質のようなもの、あるいは涙目になりながらストレッチに励まないと得られない努力の結晶のようなもの、そのようなイメージをもつ方は少なくないでしょう。たしかに関節可動域は大切な要素ではありますが、「足を上げる」という動きについていうと、最優先項目ではありません。ここでは「身体のつかい方」という視点からアプローチを試みてみます。
「身体のつかい方」を変えるだけで足はそれまでよりも高く上がる!
「足を高く上げる」ためのポイントはいくつかありますが、まず初回においてお伝えしたいのは次の2点です。
・筋肉の「引き伸ばされると縮もうとする」性質を使う
・なるべく遠くを通してみる
一つずつ詳しくみてみましょう。
① 筋肉の「引き伸ばされると縮もうとする性質」を使う
右足を高く上げたいとき、その前に「左足を大きく前に踏み込む」という動きを入れてみます。この時、左の膝関節および股関節は屈曲(くっきょく)、足関節は背屈(はいくつ)という動きになります。左足を大きく前方に踏み込むとき、「左足に体重が乗った感覚」を脳に記憶させるように前に出てみましょう。この動きを入れてやってみると、そのまま右足を上げようとするよりも、足がラクに、高く上がると思います。(転ばないように気をつけて)
では、なぜ、「踏み込んでから足を上げる」だけで、それをやらないときよりも足が高く上がるのでしょうか?
その理由は、筋肉のメカニズムにあります。目的である「足を上げる」動きの前に組み込んだ「踏み込む」という動き。前に大きく踏み込むと、骨盤は重力方向に落ちます。その骨盤が最下点に達し、その点で「落ちる」から「上がる」に切り替わる瞬間は「今から右足を上げるために必要な筋肉群が引き伸ばされている」状態です。筋肉には「縮みかけた筋肉がさらに縮むよりも、伸ばされた筋肉が縮むときの方が大きな力が出る」という性質があります。筋肉は外見上、ひとつの塊のようにとらえられがちですが、実はナノメートル(10億分の1メートル)単位の超微細繊維の集合体です。あまりに繊細で必要以上に引き伸ばされると簡単に断裂してしまうんですね。ですから、筋や神経には「引き伸ばされると強く縮もうとする」防御機構が備わっています。たとえば「ずっと右を向いて30秒止まってキープする」と、なんともいえない不快な感覚があると思います。これも伸ばされた筋肉が「このままでは危険、すぐに縮みたい」とうサインを中枢に送るからなんですね。
先ほど、足を上げる前に行った「踏み込む」という動きにおいて、「今から足を上げるのに主につかわれる筋群」が引き伸ばされます。「今から足を上げるのに主につかわれる筋群が引き伸ばされる」という運動が直前に入ることによって、「足を上げる」というよりも、「足が上がる」に近づきます。身体全体が重力方向に沈み込む動きのあとですから、重力によって生じた力の床からの反作用を使いやすくなる、という利点もありますね。足を上げる、という動きに限らず、何かの動きを行うときには、「その直前にどんな動きを入れたか」で結果が大きく変わります。ぜひいろんなパターンに応用してみてください。
② なるべく遠くを通してみる
足を上げるときに、「A:足先が最短距離を通る軌道」よりも、「B:なるべく遠くを通すように、足による半径が長くなる軌道」で上げると、より高く上がります。
その理由は、関節です。
関節というのは、ある骨の関節面と別の骨の関節面が靭帯などでつながっている構造をしていることが多いです。関節面と関節面のスペースが狭いと、足を上げるときにガツンとぶつかりやすくなってしまいます。そうなると可動域が狭まり、体の動きはスムーズさを欠いてしまいます。そこで、
1)まず関節面と関節面の間のスペースを拡げる方向に身体を動かし、2)そのベクトルをキープしながら目的の動きを行うと、早い段階でぶつかるのを防ぐことができます。
この場合、「なるべく遠くを通す」運動イメージで足を上げると、関節面での引っかかりが起きにくくなるため、足が高く上がりやすくなるというわけです。「急がば回れ」という格言は、私たちの身体の動きにも当てはまるケースがあって、ちょっと遠回りのようにも思えますが、「最短距離を直線で」よりも「なるべく遠くを通して円の動きで」のほうが、結果的に足がラクに上がる、ということがあります。
スポーツやダンス、舞踊の動きや技でも、「最短距離を求めるとかえって動きが悪くなる」という場合があります。その無理は、関節に力学的負担としてのしかかりますので、「この動きを行うとき、関節面と関節面の間はどうなっているだろう?」「関節にやさしい動きはどんなものだろう?」といった視点からフォームや技術を見直してみるのも、パフォーマンスの飛躍につながるかも知れません。
まとめ
いかがでしたか?「足を高く上げる」=「柔軟性」と完全にイコールではなく、柔軟性はたくさんある要素のひとつであることが実感できたのではないでしょうか。身体の構造や運動の法則を正しく知ると、「自分には無理だ」と思っていたことも、意外に簡単にクリアできることがあります。逆にいえば、「身体の都合」を知らないまま10年、20年やってもずっと気づけない、あるいはダメージが蓄積してしまう、という場合もあるでしょう。せっかくやるなら、安全にワクワクしながら向上していきたいですよね。
これから『パフォーマンス医学』では、人間理解をキーワードに、より快適に心と身体と付き合うための医学知識を共有していきます。次回は「前屈で床に手がつく?」をご紹介予定です。どうぞお楽しみに!
AUTHOR
二重作拓也
挌闘技ドクター/スポーツドクター リハビリテーション科医師 格闘技医学会代表 スポーツ安全指導推進機構代表 「ほぼ日の學校」講師。 1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。 8歳より空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南支部大会優勝、県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。 専門誌『Fight&Life』では12年以上連載を継続、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。 またスポーツの現場の安全性向上のため、ドクター、各医療従事者、弁護士、指導者、教育者らと連携し、スポーツ指導に必要な医学知識を発信。競技や職種のジャンルを超えた情報共有が進んでいる。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Words Of Prince Deluxe Edition(英語版)』など著作多数。
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