【弁護士に聞く】「トランスジェンダーへの偏見」から考える、女性の恐怖心の背景にある課題
2023年6月にLGBT理解増進法が施行されました。前編ではLGBTの人権問題に詳しい三輪記子弁護士に、生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致していないトランスジェンダー女性への偏見や誤解についてお伺いし、多くの当事者はSNS上で議論されているようにトイレやお風呂のことではなく、もっと広い意味での差別解消を求めていること、トラブルになるのは避けたいので、気を遣って生活している方が多いというお話がありました。後編では具体的にどういった言動が当事者を傷つけてしまうのか、またトランスジェンダー女性への恐怖心はなぜ煽られるのか、構造的な問題についてお伺いしています。
「トランスジェンダー女性」と「悪事を企む女装した男性」は異なる存在
——トイレについては、性別適合手術をしていなくても自認する性のものを使用している方も少なくないと思いますが、それに対して「トランスジェンダーであることを明かしてほしい」といった意見もありました。この問題点について教えていただけますか。
カミングアウトを強要しているようなものですし、「安全性を証明してほしい」という要求自体が、トランスジェンダーを危険な人のように扱っていて差別的だと思います。
性犯罪をする人の中にトランスジェンダーがいるかもしれませんが、それはトランスジェンダーが危険という話ではありません。シスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致している人)で性犯罪をする人がいても、「シスジェンダーは危険だ」という話にならないのと同じです。
——トランスジェンダー女性と「犯罪目的の女装した男性」は異なる存在ですが、混同して捉えている人もいるように感じます。
おっしゃるとおり、犯罪目的で女装して侵入した男性とトランスジェンダー女性は全く異なる存在です。犯罪目的で女装した男性がいることはLGBT理解増進法とは関係ないですし、盗撮目的で建物に入れば建造物侵入罪、盗撮すれば2023年7月に施行された「性的姿態等撮影罪」に該当します。つまり、そもそもこういった行為はすでに個別に犯罪として検挙可能となっています。
仮に「LGBTの権利保護が明文化されるので、『自分は女性だ』と言い張って女装して侵入しよう」と思う人がいるなら、それは悪用する人の問題であって、トランスジェンダー女性の問題ではないですよね。
恐怖心の背景にあるのは女性の声を無視してきた社会
——ご説明していただいた前提を踏まえたうえで、現状、たとえば盗撮に使えるような小型カメラが低価格で気軽に手に入れることが可能であるなど、“悪用”を不安に感じる人がいることもわかります。もちろんそれはトランスジェンダー女性の問題ではないですし、盗撮しやすい状況というのはトランスジェンダー女性にとっても不安なことですよね。この不安感を解消するためにはどのようなことが必要でしょうか。
多くの女性は「男性」が怖いのですよね。電車内痴漢や路上でぶつかってくる男性、家庭内だってDVがあるように安心できる場所とは限りません。女性としてただ「普通」に生きているだけで怖い思いをしてきた人が少なくない。統計を見ても、女性が性暴力被害に遭いやすいのは明らかです。
男性への恐怖心に対して、社会は応えてきませんでした。女性の権利が守られていないなかで、トランスジェンダー女性の権利保護への反発が起きているのではないでしょうか。でも本来はシスジェンダー女性もトランスジェンダー女性も社会はどちらも守るべきです。
にもかかわらず、長年、女性の安心安全や権利はをないがしろにされ続けてきました。性暴力被害者の声にきちんと耳を傾けるようになったのも、ここ数年の話ですよね。今でも十分に守られているとはいえないため、「怖い」と思う気持ちはわかりますし、その声も受け止めなければならないと思います。ただ恐怖心の対象は「加害をする男性」であって、トランスジェンダー女性ではないことは強調しておきたいことです。
——性自認・ジェンダーアイデンティティについても「自称すればいい」という主張がありますが、誤解があるように感じます。
そうですね、「言えば変えられる」というのは誤った認識ですし、そのように主張する人は残念ながら議論をミスリードしているように感じています。ここで議論されている「性自認」とは主張さえすればよいようなものではなくて、本人の意思によっては変えられないようなものなのです。本人の意思や宣言次第で変わるようなものの話をしているわけではないということです。
——トランスジェンダーの人に「性別適合手術をすればいい」と言う人がいますが、手術をしない・できないことにも様々な事情があるのですよね。
まず手術を望むかという段階で、「嫌で嫌でたまらないのでどうにかして手術したい」という人もいれば、「絶対に手術をしたいわけではないけれども、(その性器は)不要だなとは思っている」という人、「手術をしたくない」人もいて、人によって違いがあります。
その上で、手術をしたいと思っても、金銭的な問題や体調の問題など、様々な事情があって「手術は無理」という人もいます。手術できる条件が整っていたとしても、手術するかしないかは本人が決めること。人の身体のことに他人が口出ししていいわけないですよね。トランスジェンダーの話になるととたんに他人の身体について口出ししてもよいように誤解する人も見受けられますが、どんなジェンダーであれ、他人の身体に好き勝手なことを言ったり「手術してないから○○」などと決めつけたりしてはいけないと思います。
当事者でなくとも差別をなくすためにできること
——誤った情報で恐怖心を抱かないためにどんなことが必要でしょうか。
まず特定の属性で決めつけることは避けるべきです。たとえば「男性が怖い」という人がいても、男性全員が性暴力をするわけではありません。なので「怖い」と思う気持ちはわかりますが、「男性は全員性犯罪者だ」と主張したら、そもそもそんな事実はないですし極論ということは分かりやすいと思います。トランスジェンダーの問題となるとこういった極論をあたかも事実であるかのように捉える人がいますが、まずは恐怖心を煽るような情報ではなくて、「それは『事実』なのか」とかそもそも恐怖心に煽られていないかなと自省してみるのが良いと思います。
生まれた地域や家庭環境について、差別的な言動が行われるのと同じ構造です。「カテゴリーによって人を決めつける話には乗ってはいけない」ということは覚えておいていただきたいです。そのような考え方を直接当事者に主張できるのか?と考えてみてほしいです。割合は少なくても確実に存在しているトランスジェンダーの多くはひっそりと生活していますが、中には世の中で発信している方もいらっしゃいますよね。そういう方の話を聞いてみるというのも良いと思います。
また、イメージや漠然とした恐怖心で語るのではなく、世の中の実態を知ることも大事なことです。お風呂でいえば男性器がついている人はまず女湯に入れないですし、女子トイレで犯罪を企むのは多くの場合はシスジェンダー男性です。シスジェンダーの男性の盗撮が怖いなら、それを防ぐために対策をとるべきであって、トランスジェンダー女性が悪いという話にはなりませんよね。
「トランスジェンダーは見えにくい」ということも知っていただきたいです。調査によってばらつきはありますが、日本のLGBT人口は10%前後で、そこからさらにトランスジェンダーに絞るともっと少ないですよね。トランスジェンダーの多くは、トランスジェンダーだと認識されたいわけではないので、言われなければわからない人も少なくありません。本当は身近にいるかもしれないけれども、気づいてない。そして、気づいていなければわからないのですよね。私たちは「全てのことが見えている」わけではないんですよね。私たちは知らないことに囲まれているということを常に認識しておくのが良いと思います。
——おっしゃるとおり、私たちの周りにも明かしていない方もいると思うので、事実とは離れた議論をすることによって、知らないうちに身近な人を傷つけているおそれもありますよね。SNSを見ていても、もし身近にいたらそんなことは言わないだろうって思うこともあります。
「トランスジェンダー」を想像上の対象のように怖がったり攻撃したりしているように見えます。でも架空の存在ではなくて、実際に存在する人たちです。そうやって実在しない存在のように扱う人がたくさんいたら怖いので、ますますトランスジェンダーだと気づかれないように生きていこうと思ってしまいますよね。
だから当事者でなくとも、自分がおかしいと思うことは傍観しないことが重要です。傍観していると自分の周囲の人……今身近にいる人だけでなく、未来の身近な人も生きにくくなってしまいます。誰かの生きづらさに自分が加担したくないのだったら、「差別にNo」と声をあげてほしいです。
このテーマは私のYouTubeチャンネルで、トランスジェンダーのことに詳しい立石結夏弁護士と対談しているので、もっと知りたい人は見ていただけたらと思います。
【プロフィール】
三輪記子(みわ・ふさこ)
第一東京弁護士会所属。
東京大学法学部、立命館大学法科大学院卒業。
2010年に弁護士登録し、2021年3月には「三輪記子の法律事務所」を開設。
著書に『これだけは知っておきたい男女トラブル解消法』(海竜社)。
■YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@MiwaFusako_B
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く