【弁護士が解説】「LGBT理解増進法」をどう考える?広がる「偏見」から、多様な性の尊重を考える

 【弁護士が解説】「LGBT理解増進法」をどう考える?広がる「偏見」から、多様な性の尊重を考える
AdobeStock

今年6月、LGBT理解増進法が公布・施行されました。法律ができたものの、当事者を中心に懸念の声が上がっています。またSNS等では「自分は女性だと言い張る男性器のついた人が女湯に入ってくるようになる」など、偏見の拡散も見られました。法律の問題点や生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致していないトランスジェンダー女性への誤った認識について、LGBTの人権問題に詳しい三輪記子弁護士に話を伺いました。

広告

LGBTという言葉の浸透率は80.1%(※)と認知度自体は高まっているものの、LGBT法連合会が公開している「困難リスト」から、様々な偏見や差別、制度が不十分であることによって障壁があることがわかります。

※電通「LGBTQ+調査2020」より
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0408-010364.html

今年5月には広島県にてG7が開催されましたが、日本はG7で唯一同性婚や婚姻に準じた権利を認める制度を国レベルで導入していないことも話題になりました。

当事者を中心にLGBTへの「差別解消」が求められていたものの、最終的には2023年6月23日に「LGBT理解増進法(性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律)」が公布・施行されました。

同法は、性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資することを目的としていて、性的指向及びジェンダーアイデンティティを理由とする「不当な差別はあってはならない」としています。

国や地方公共団体は理解増進に関する施策を策定・実施する努力義務が課されています。事業主は普及啓発や就業環境の整備、相談の機会の確保等を行うことによって当該労働者の理解の増進に努めること、学校も教育又は啓発、教育環境の整備、相談の機会の確保等、理解増進に努めると記されています。

また措置の実施等にあたって、性的指向又はジェンダーアイデンティティにかかわらず、「全ての国民が安心して生活することができるよう留意」することも示されています。なお、理念法であり、罰則はありません。

法律ができたものの、当事者を中心に「かえって偏見や差別を助長するのではないか」と不安視する声も上がっています。また議論が進められる中で、SNS上ではトランスジェンダー女性を危険視するような言説が拡散されてしまいました。

第一東京弁護士会でLGBT研究部会に所属する、弁護士の三輪記子さんに同法の課題や、トランスジェンダー女性への誤った認識についてお伺いしました。

差別的言動・アウティング・就労・制度……LGBTQ+当事者が直面する課題

——まず、LGBT当事者が直面している困難について教えていただけますか。

学校や職場でのからかい・侮辱、アウティング(セクシュアリティを本人の許可なく他人に暴露すること)、就職活動時にLGBT当事者であることがわかると不採用になるかもしれないという不安を抱えながら活動しているなど就労に関すること、様々な制度・サービスにおいて異性カップルのみが想定されていることなどがあります。

各自治体でパートナーシップ条例が制定されていますが、同性婚とパートナーシップ制度は異なるものです。法的な効果があるわけではないので、自動的に相続ができるわけでもないですし、配偶者控除が利用できないなど、制度面の課題は残されたままです。

あくまで自治体ごとに行っている制度なので、別の市区町村に引っ越したら改めて宣誓する必要がありますし、まだパートナーシップ制度のない自治体もあるので、引っ越し先も限られてしまいます。同性婚が進まないため、パートナーシップ制度はあったほうが良いものではあるものの、法律婚を代替できるものではないのですよね。

——様々な障壁がある中で、LGBT理解増進法ができたことによる効果はどうお考えでしょうか。

企業に対する努力義務が定められ、一部の企業に対する効果は期待できるものの、現実は大企業を中心に独自で対策を進めていることも珍しくありません。たとえば同性カップルも異性カップルと同じように福利厚生を利用できたり、SOGI(※)ハラ防止や相談体制を整えていたりと、世の中の方が進んでいるように思います。

※Sexual Orientation & Gender Identityの略。日本語訳にすると性的指向と性自認。

議論の過程で「差別は許されない」が「不当な差別はあってはならない」に変更になったことや、追加された「全ての国民が安心して生活することができるよう留意」といった文言のデメリットの方が大きいと感じています。

マジョリティ
AdobeStock

マジョリティはSOGIによる差別を心配せずに生きている

——それらには当事者やSNSでも批判の声が上がっていました。まず「不当な差別はあってはならない」という文言の問題点から教えていただけますか。

「してもいい差別がある」というメッセージになるおそれがあります。差別自体が不当なものですが、「不当な差別」とすることで、「これは正当な差別だ」という主張がなされることを懸念しています。「正当な差別」などはないという強いメッセージが必要なのではないかと思います。

——「全ての国民が安心して生活することができるよう留意」という部分は、当事者を中心に多数派への配慮が前提となることへの懸念が示されていました。一方で「みんなが安心できる」ということ自体は、一見すると誰かを排除しているわけではないので、何が問題なのかわかりにくいと思います。

今回、法律がつくられた背景には、LGBTの人たちはマイノリティであるがゆえに安心して生活できていないという前提があります。マジョリティはマイノリティが感じている不安を全く感じずに生きている現状があって、LGBTの人が感じている不安を解消しようという話だったのに、前提が変わってしまいますよね。

たとえばマジョリティは就職活動時にシスジェンダー(生まれたときに割り当てられた性別と性自認が一致している人)であることを理由に差別されることはないでしょうし、異性愛者であることを勝手に暴露されることを心配する必要がないと思います。性的指向や性自認に関して、そういった心配をせずに生きているんです。にもかかわらず「全ての国民の安心できるように」という話になると、マイノリティが直面している困難が基準でなくなってしまいますよね。

また、法案が作られていく過程で、当事者の方々が懸念点について声を上げていたにもかかわらず、その声は反映されませんでした。その成立のプロセスにも問題があったと思います。

トランスジェンダー女性の多くはトイレやお風呂の話をしていない

——SNSなどで「LGBT理解増進法によって、『自分は女性だ』と言い張る男性が女子トイレやお風呂に入ってくる」といった情報や、トランスジェンダー女性を性加害者のように扱う言説などの偏見が拡散されました。

そもそも当事者の多くはお風呂やトイレの話ではなく、日常の差別的な言動やアウティングなど、もっと広い意味での差別解消を求めていましたが、特にSNSではお風呂とトイレの話ばかりされていたように見えました。

まず「女性だと言い張れば、男性でも女湯に入れる」というのは誤っています。厚生労働省の「衛生等管理要領」では、「男女を区別」と書かれていますし、現状、身体上の性別で区別されています。今回、法律ができたことによって運用が変わるものでもありません。

——トイレについては性別適合手術を受けていなくても、自認する性別のトイレを使用している人はずっといますよね。私の周りにもいましたし、たとえばトイレで隣で化粧直しをしている人がトランスジェンダー女性だと気づいていないときもあると思っています。

そうですね、トランスジェンダーは身近にいても実はわかりにくく、性別適合手術をしていなくても名前の変更をしていて、言われなければ気づかないような人もたくさんいます。

急に性別移行できるのではなく、徐々に移行していく中で色々と調整が必要になるのが実態です。トランスジェンダー当事者から話を聞くと、トラブルになるのを恐れていますし、周囲から注目されるということ自体が自認する性別と異なる性別と見られていることを実感するように感じてつらいとおっしゃる方もいます。通報されることは避けたいのは当然ですし、「周りから見たら、自分は女に見えないだろう」と思う人は、女性用トイレではなく多目的用トイレを使用しているという話を聞くこともあります。多くのトランスジェンダーは気を遣って生きています。

トランスジェンダー
AdobeStock

※後編に続きます

【プロフィール】
三輪記子(みわ・ふさこ)

第一東京弁護士会所属。
東京大学法学部、立命館大学法科大学院卒業。
2010年に弁護士登録し、2021年3月には「三輪記子の法律事務所」を開設。
著書に『これだけは知っておきたい男女トラブル解消法』(海竜社)。

■YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/@MiwaFusako_B
 

広告

AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

マジョリティ
トランスジェンダー