オーガニック農法で花を栽培するフラワーファーム「吉垣花園」が届けたい思いとは

 オーガニック農法で花を栽培するフラワーファーム「吉垣花園」が届けたい思いとは

日々の生活に彩りを添えることはもちろんのこと、卒業式や入学式、プロポーズや結婚式、誕生日や送別のシーンなど、わたしたち日本人にとってお花はとても身近な存在ではないでしょうか。そんなお花の栽培方法に、オーガニック農法という選択肢があるのをご存知ですか?今回は、川崎市麻生区にあるオーガニックフラワーファーム 吉垣花園さんにお話を伺いました。

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数年前に海外の文献で「オーガニックフラワー」なるものがあると知りました。野菜や果物のオーガニック栽培というのはよく耳にしますが、よくよく考えてみれば(よくよく考えなくても)お花の栽培にもオーガニック農法があっても決して不思議な話ではありません。

今回お話を伺った『オーガニックフラワーファーム 吉垣花園』の創業は昭和5年。三代に渡ってわたしたち日本人の生活に彩りを添えてくれている花農家さんです。先代から受け継いだ伝統を守りつつ、2015年にオーガニック農法へと転換しました。

お話を伺っていく中で印象的だったのが、「一つの側面から見たらものすごく良いものに見えるかもしれないけれど、オーガニック農法だけがいいとは思っていません」という言葉。その真意は?

お花がお花を育てるオーガニックフラワー

——吉垣花園さんは、オーガニックフラワーを栽培されているということですが、オーガニックフラワーの定義についてお話ししていただけますか?

吉垣花園: オーガニックフラワーという認証制度があるわけではなく、吉垣花園のやり方になりますが、農薬は不使用で化学肥料も使っていません。その代わりに植物性堆肥を使っています。もちろん除草剤も使わないです。ビニール栽培もしていなくて、露地栽培だけでやっています。

——植物性堆肥とは何ですか?

吉垣花園: 収穫したお花を出荷する前に、お花の下の方についている葉っぱ、雑草、細い枝をチップにして、全部それを堆肥にするんです。堆肥にしたものを畑に戻してお花を作るので、無駄のない形ができています。

——そんなことができるんですね!

吉垣花園: そうなんです。お花の力でお花が作られているってすごく面白いですよね。夏場なんかは、その辺りをほじくり返すと、とても大きなカブトムシの幼虫などがゴロゴロ出てきますよ。その子たちが(チップなどを)食べることも手伝いとなり、土がどんどん良い土に変化していくんですよね。

——循環して、お花でお花を育てているんですね。

吉垣花園: そうですね。自然の力を借りて作っています。そうして出来た草花堆肥を土に戻すことによって、土の中の微生物は増えるので、土壌の病気などが出にくいような気がします。

——土壌の病気とは?

吉垣花園: 例えば、同じ場所で同じものを作りすぎると病気が出たりします。もしそこに強力な土壌消毒剤を使い続けるとだんだん抵抗性がついていって、悪さをする菌だけが畑で生きていくようになるんです。偏ったバランスの微生物になっていくんです。いろんな菌が混在していた方がいいんですね。実際にうちの畑にどれくらいの菌がいますよっていうのが目で見えるわけではないのですが、今お花を作っていて、困るような病気はほとんど出なくなりました。以前は消毒をしないとアブラムシが増えて仕方なかった植物も、今ではむしろアブラムシがつきにくいだとか、なんか逆になっているんですよね。農薬をつかわないことによって、必要以上に虫が寄り付かなくなっている花が多くあります。

——それはすごい意外です。失礼な風に聞こえてしまうかもしれないんですけど、オーガニックだと虫がたくさんつくのかなというイメージが何となくありました。

吉垣花園: 虫はもちろん生きるために花の蜜を吸いに来ます。アオムシももちろん花にくっついていたりもします。以前に比べて必要以上に虫に食い荒らされなくなったのは、自分達も驚く大きな変化でした。化学肥料と農薬に頼らないことで本来の密度のある花が育つようになったのですね。

——一般的な農法(農薬や化学肥料、除草剤を使った農法)で育てたお花と比べて、お花自体の違いはあるんですか?例えば、枯れづらいとか。

吉垣花園: 化学肥料を使わないことによって成長がゆっくりで、花や葉っぱ、軸も小ぶりになることが多いですね。その分、ステムっていう花の軸の部分がしっかりとしていることが多いです。お花を振ってもダラーンと曲がらない、花が下向きに下がらない。ただ横に揺れるだけで。花瓶に生けた時に、水が腐りにくいとお客様から感動の声をいただいております。

——確かに、お花によっては花瓶に生けるだけで、お水が濁ったりしますよね。オーガニックフラワーは成長がゆっくりとのことですが、その分手間はかかるんでしょうか。

吉垣花園: そうですね。なかでも除草作業は膨大なエネルギーがかかりますね。里山全体を除草剤なしで管理しているものですから。夏は、1週間後には草刈りをしたところからもう、草が生えてきます。(笑)

——夏の草刈りは、すごい辛そうです...。その手間をかける価値ってどんなことだと思いますか?

吉垣花園: 除草機をかけたり、草刈りをしたりっていうのを繰り返しやるのも手間にはなるんですけど、草が生えては刈って、それが堆肥として自然に分解されてまた土になるので、そういった繰り返しをした方が木も植物もいい状態になると思ってそうしています。時間はかかるけれどしっかりした里山と作物になっているような気がしています。

試行錯誤したオーガニックフラワーへの転換

——一般的にわたしたちが購入するような、オーガニック栽培と書かれていないようなお花や植物って、農薬や化学肥料を使っているものが多いのでしょうか?

吉垣花園: そこはなんとも言えないですね。例えば、お正月飾りの松とかはほとんど農薬をかけなくても虫被害は少ないと思います。

——オーガニック農法に切り替えたのが2015年とのことですが、差し支えなければ理由を教えて頂いてもいいですか?

吉垣花園: 東日本大震災は大きなキッカケになりました。分からないものだから余計怖くなったんですけど、その時期に環境問題の本を結構読んだんですよ。そうやって勉強していくうちに、自分のやっていることと、興味を持っていることの間にちぐはぐな矛盾を感じたんです。子どももいるし、このまま続けていたらもしかしたら「あとを継ぎたい」と申し出る子が出るかもしれない。その時に自然にも人にも良い農法としてバトンを渡したいという思いが強かったです。

——オーガニック農法への切り替えはスムーズでしたか?

吉垣花園: 当時はお花をオーガニック農法で栽培している人は知らなかったので、野菜の農家さんにお話を聞かせてもらったり、実際に畑を手伝わせてもらったりして、参考にさせていただきました。でも...知識ばっかりを取り入れて、やってみたら全く上手くいかなくて、こんなに上手くいかないものなのかと思いました。

——簡単ではなかったんですね。

吉垣花園: オーガニック農法に切り替える前までは、年間10万本くらいの草花の出荷量がありました。それがほぼ0に近いくらいになってしまいました。本当に笑えないくらい...あとは、 花市場に卸しているのですが、農法に切り替えた当初クレームが出ました。お花の鮮度が悪いというか、穴が空いていたりとか、「中から虫ができてた」と言われて返品になったりとか。お客さんと花市場の信用関係にもなるので、花市場としてもクレームを出すような生産者は困るわけですよね。なので、最初のうちは周りに自分がオーガニックフラワーを生産しているということを言えなくなってしまった時期もあって、特にお花屋さんや市場に対してはその取組について公に言えないなっていうことがあり、辛い時期でした。

——本当に涙ぐましい努力を継続して今の形に整えていったんですね。

吉垣花園: 3〜4年くらいやり続けて少しずつ土壌も変わり始めてきました。作るお花の種類も無農薬では難しそうなものは諦めたり、毎年新しいお花に少しずつチャレンジをして「このお花は自分の農園に合っていそうだな」というのを試行錯誤しながら増やしていきました。

ようやく結果が出せるようになってきて、少しずつ「そういうお花を買いたい」っていうお花屋さんも出てきてくれるようになりました。大きな企業さんも取り扱ってくれるようになり、応援してくださる方の存在に支えられて、なんとか厳しかった転換期を越えることができました。今は結構な数を花市場にも出荷していますが、ほぼ全くと言っていいくらいクレームはありません。花市場では、一般的なお花(農薬や化学肥料を使っているお花)と比べて審査しているので、普通のお花と遜色ない状態でオーガニックフラワーを流通できるようになったっていうことだと思っています。無我夢中でしたが、家族や沢山の方々の支えで、気が付けばここまで辿り着いていました。

花農家の暮らしを体験するDayファーム

——今は花市場に卸す以外に、どういった形でお花を届けていらっしゃいますか?

吉垣花園: 個々で取引させていただいてるお花屋さん、あとはWebショップでお花のブーケやスワッグを販売しています。

——Webショップでの購入だと「オーガニックフラワーだから」という理由で購入される方が多いんでしょうか?

吉垣花園: そうですね。「オーガニックのお花を楽しみにしています」とコメントをくれて購入してくれる方がいますね。あとは『Dayファーム』というイベントを月毎に開催しています。その場で自分が選んで摘み取ったお花をお家に持って帰る体験は、特に皆さん大変喜ばれています。

——HPでイベントについては拝見しました。すごく楽しそうですよね。イベントの発端は何だったんですか?

吉垣花園: 最初は、我が子3人が子育て期で今よりも小さかったので、うちの子どもたちと地域の子どもたちを迎えて里山を遊び場として解放するという形でスタートしました。そこから、『夕やけ山合唱団』という名前で、自然と歌を歌うようになりました。地域のイベントだったり、敬老会へ出向いたりしました。コンセプトとしては、山でみんなの元気を集めて、集めただけではなくて、それを地域の中に循環させるということでした。集う仲間との共通ツールが歌だったのです。

——すごい素敵ですね!!お話を聞いているだけでなんだか心がほっこりします。それが、今のような『Dayファーム』という形になったのはどうしてですか?

吉垣花園: 地域の人はもちろん、全国からでも、世界中からでも、必要な方が訪れることができるように整えたいと思うようになりました。同時に、ここだから出来ることの本質をしっかりと立て直す時期となり、人と自然がまた仲良くなれるきっかけの場としてリニューアルをしました。

——具体的にはどんなことを体験できるんですか?

吉垣花園: 基本的には特別なことをしないんです。季節を受け取りながら、自然とともに暮らすということをその日の参加者さんと共同暮らしのように楽しみます。季節のお花がバトンを繋ぐように咲く里山がフィールドなことを最大限活かして、旬のお花摘みと、摘みたて野菜の野外ランチと、フリータイムやシェアタイムを持つことが多いです。Dayファームは自然体験に留まらず、人の想いや発見を言葉でシェアする時間も大切にしています。自然の中でリラックスした自分の素朴な気持ちを確認することと、それをシェアすることは良し悪しではなく、他の誰かの影響力となることがあるからです。そうやって、ひとりひとりが自分にかえることは、自分が元気を取り戻すのは勿論だけれど、知らぬ間に誰かの活力となっていることさえあったりします。意図せずとも繋がって共に成長する姿は、私達もまるで森のようだといつも思っています。

——お花のお仕事を体験するというよりは、農家さんの生活を体験するということなんですね。

吉垣花園: 花農園はお花を生産してそのお花を必要場所に届けるというのが仕事ですけれど、そのお花だけでは届かないものがあると思うのです。お花を取り囲むもの、例えば虫たちが花粉を運ぶ風景だとか、開花期だけはない花の蕾の時の可愛らしさだったり、ひまわりが咲き終わったあとの飾りになるような枯れ姿だったり、ここで暮らす私達には当たり前の風景でも、そういうところって、お花の販売だけではどうしても届けきれないのです。

——確かにお花だけでは語り尽くせない美しさや感動ってあると思います。

吉垣花園: お花だけを切り取ればお花についている虫って単なる悪者になり兼ねないんですよね。だけど、Dayファームを開催するようになって、参加者さんたちが、ごく自然に「そりゃあ時には虫もついてくるよね」って気づきを話してくれることも出てきたりするようになりました。もちろんわたしたちも、それに自信を持っているということではなくて、気をつけなくてはいけないことを前提としています。そのうえで、自然の営みを広角に見れる私達のレンズをみんなで育て合うこと。そういうやり方で、オーガニックフラワーっていうものをお届けする花園である役割を担当させていただけていることに、感謝をしています。

——幸せが連鎖しているような感じですね。

吉垣花園: わたしたちは、「影響し合う」ということをすごく大切にしています。人と人だったり、人と自然だったり、この地球にあるものすべてだと思うんですけれど、互いに影響し合って、新たなものや感情が生まれると考えています。吉垣花園では、その組み合わせが無限なので、やれることは本当に無限だなって思います。

必要としてくれる人たちにお花を届けたい

——日本人にとって、お花はとても身近な存在だと思いますが、一方でその中には農薬や化学薬品を使って栽培されているお花もあると思うんです。そういった環境負荷についてどう考えられますか?

吉垣花園: 花業界全体をみれば、オーガニック農法だけが最善の農法だとは思っていません。様々な農法があって、世の中成り立っていると思っていて、それで経済も回っていると現段階ではそのように思っています。

——もう少し詳しくお話を聞かせてください。

吉垣花園: わたしたちはこの農法がやりたいからやっているのであって、花業界全体を考えたら、この農法だけでは需要には応えられないと思います。例えば冬の間に、冬には咲かないバラがほしいっていう花嫁さんもいるだろうし、イベントなんかは特にそうです。幼稚園の卒園式は式の日程も決まっているじゃないですか。そういう時、先生たちに「チューリップのお花のブーケを30束ほしい」といった、お花の品種と日にちが決まっていることに対応するのは、オーガニック農法は不得意なんですよね。

——確かに、お祝い事には必ず美しいお花が彩りを添えてくれていますもんね。

吉垣花園: 今は、露地栽培100%でハウス栽培をしていないので、その年の天候によって開花時期はかなりばらつきがあります。オーガニックフラワーや露地栽培だけが全てだとしたらお花が使われなくなってしまって、お花が式典からなくなってしまうでしょう。それはとても残念なことです。

——オーガニック農法を広げたいという気持ちはありますか?

吉垣花園: 色々なことを知って、こちらの面から見たらすごい素晴らしいように見えても、また違う角度から見たらそれで成り立っている家族もいて、一片からだけを見て正解・不正解を決められないと思います。大事なのは「選択ができること」。わたしたちはこれからも「オーガニックフラワー」という立場でやり続けるということは決めていて、オーガニックフワラーを求めている人に届けることができたら、それが一番幸せなことです。

ライター取材後記

環境問題について深く勉強していくと「これがいい、あれが悪い」と善悪をつけてしまいがちです。もちろん、色々な意見があって当然。けれど偏った見方というのは、バランスを崩し、自分自身を苦しめることにもなりかねません。モノは何も悪くありません。オーガニック食品ばかりを選んで買い物をしてお金がなくなるのはオーガニック食品が悪いのではなく、自分自身がそういった「選択」をしたから。ファストフードばかりを食べて病気になるのは、自分自身がそういった「選択」をしたから。大切なのは、自分にとって何がベストな選択なのかを見極めることではないでしょうか。お花にしても、食べ物にしても、色々な選択肢があることは、現代社会のメリットです。そして、選択する権利はわたしたち一人ひとりにあります。

取材協力: 吉垣花園

神奈川県川崎市麻生区の里山にある花農家。子供達に安心して伝える事の出来る農法で花作りを目指していています。

吉垣花園 公式HP 

吉垣花園 インスタグラム

吉垣花園 イベント インスタグラム

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AUTHOR

桑子麻衣子

桑子麻衣子

1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。



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