「おうちにかえろう。病院」に見る「自分らしく、温かい死」の迎え方
”自分らしく生きる”を支えるための病院として、2021年に開院した「おうちにかえろう。病院」。この特徴的な名称を持つ病院が、目指しているものとは何だろうか。病院を運営するTEAM BLUE代表・安井佑氏に話を伺った。
人間は、誰しもいつかは死を迎える。死はいずれ必ず訪れるもの。
だが、死に方はどうだろう。死に方は人それぞれ。
自然死の人もいれば、事故などで突然亡くなる人、長い闘病生活の果ての人もいる。たとえば、自分が重度の病気にかかってしまい、「非・健康寿命」になってしまったらどう過ごしたいのか。死を迎えなければならないのなら、どこで過ごし、どんな死に方をしたいのか。考えてみたことはあるだろうか。
可能な限り、自分らしく生き、自分らしく死にたいと思うのは贅沢なのだろうか。
自宅で死にたいのに病院で死ぬ人が多い現実
2021年に発表された日本財団の調査によると、日本人の約6割が人生の最期を迎えたい場所として自宅を望んでいる。しかし、実際の死亡場所は病院が約8割を占めている。
自宅で死にたいのに、病院で亡くなる人が多いのが社会の現状である。
自宅へ帰りたい人のための病院
この社会的ニーズに応えるべく、医療環境において新しい試みを行なっているのが、東京都板橋区にあるTEAM BLUE(医療法人社団 焔)。
2013年に在宅診療所「やまと診療所」(東京都板橋区)を開設し、2020年には、訪問看護サービス「おうちでよかった。訪看」を、2021年には在宅医療を視野に入れた病院「おうちにかえろう。病院」を開設した。
在宅医療とは入院医療や外来医療に次ぐ第3の医療と言われ、自宅などで治療を行うこと。最期の日を自宅で迎えたい人の1つの選択肢として注目を集めている。
「『おうちにかえろう。病院』という名前には、患者さんが、おうちへ帰ろう、おうちへ帰りたい、と自然に、自発的に思ってもらえるような病院という意味が込められています」(医療法人社団 焔理事長・安井佑氏)
「おうちにかえろう。病院」では、自宅に帰った後の生活を見据えた治療とリハビリを中心に行う。
「病気」ではなく「生活」を中心に治療プランを組み立てていく。これが、「おうちにかえろう。病院」のコンセプトである。
「治療」が主役になってしまうと、いわゆる「病院での生活」になってしまい、自宅での暮らし、つまりは自分らしい生活とはかけ離れたものになってしまうからだ。
当たり前の暮らしへ戻るためのリハビリ
「おうちにかえろう。病院」における実際の入院生活も、自宅へ帰ることを前提にしたものだ。
患者によって異なるが、その一例をあげよう。
・衣服や寝巻きはなるべく自宅から持参したものを使用する(病衣を着ると「病人」の意識になってしまうため)
・食事の支度や内服はなるべく自分で行う。家に帰った後に自分で食事をして、正しく薬を飲むリハビリのため。
・病院に隣接するスーパーマーケットがあり、買い物や調理の練習を行う。
・自宅の環境に近い入浴設備(機械浴や手すりの位置が変えられるバスタブなど)で入浴する。
人それぞれの支援を患者に寄り添って考える
その人が、入院する前にどんな暮らしをしていたか、どんな病と闘っているか。それは人それぞれであり、その人によって戻るべき暮らしの姿は違うため、患者によって異なるきめ細やかな支援が必要になる。
「おうちにかえろう。病院」では、看護師や助手、薬剤師も医者も含めて、毎日カンファレンスを行い、その患者にとってベストな支援は何なのかを常に話し合っているという。医療行為と比べ、コミュニケーションに対して圧倒的に時間をかけている。
「その人がこれまで生きてきたヒストリーを聞かせていただきます。変わってしまった身体能力、家族の関係性など。いろいろなことを鑑みて、どのような暮らしだったのか、どのような暮らしに戻りたいのか。それを一緒に考える意思決定支援を行います」(安井氏)
自宅へ戻ってどんな暮らしをするのか。意思決定をするのはあくまでも本人や家族。しかし、病気という普段とは違う心身になってしまうと、その当たり前だった暮らしが考えられなくなることがあるという。
そのため、病院全体で「意思決定支援」を行なっていくこと、十分に対話を重ねていくことが大切だと安井氏は語る。
自宅へ帰るためのリハビリ
自宅へ帰って、どのような暮らしを送りたいのか。意思決定ができたら、次は「環境調整」が必要であるという。環境調整とは、主にリハビリを意味し、自宅へ帰るために必要なことを考え、実際に練習していく。
「病院での診察に加えて、意思決定支援、環境調整の3つができてはじめて、私たちが目指したい、その人らしさを支える医療になります。在宅医療の立場からすれば、もともとそこにあった暮らしに自分らしさがあると考えます。その自分らしさを支援したいです」(安井氏)
おうちに帰れた80歳のおじいちゃん
もともと自宅で暮らしていた、ある80代の男性が、肺炎になって入院し、その後、「おうちにかえろう。病院」へ転院した。
認知機能の低下で自宅へ帰るのは難しいと診断されたが、娘さんの「家で暮らしてほしい」という希望による転院だった。男性は、自分でトイレも行けないとのことだったが、「おうちにかえろう。病院」へ来て、自分の服を着たら、「自分でトイレに行きたい」と言った。
介助が必要だったけれど自分で行けた。病院食は食べられないということだったけど、娘さんが買ってきたいなり寿司は食べられた。
そのきっかけもあって気分が良くなり、リハビリもして、半月後には手すりにつかまって歩けるようになった。それを見た娘さんが「あ、もう家に帰れます」と言って、その後に退院できた。
「もともとギリギリの生活をしていた人が肺炎になって入院してしまうと、食事ができないから鼻から管を入れてしまうし、家にお年寄りしかいなければ、入院しかないということになってしまいます。でも、80歳のおじいちゃんのように、環境調整によってそれを変えられる場合がある。私たちは地域で最後まで自分らしく暮らしていくための通訳の役割を持つ病院でありたいのです」(安井氏)
必要なのは、人の温かい心と社会的なサポート
多くの人は健康寿命の先には「非・健康寿命」があるもの。人生の最期には、人の世話にならないといけない時間がある。非健康寿命であったとしても、自分らしく幸せに生きたいものだ。
非健康寿命をどう暮らすかは自分自身や家族の意思。そして、ひとそれぞれ、意思を決めて行動するために、支援を必要とする人々がいる。その時、家族の支えは大きなものとなる。
TEAM BLUEは「温かく生き抜くこと。温かい死を迎えること。」を実現したいという。
「人生の残り時間が限られていても、自分らしく生きてほしい。その姿を見た子どもや孫が、他人を想うことを経験できると考えるからです。また、死んでいく患者自身が自分らしさを発揮しているところを見ると、周囲の人も温かさを感じることができます。この温かさが広がっていくと、人の死をきっかけに人の寛容性が生まれるのではないかと思います」(安井氏)
多様性が認められるようになった現代社会であるからこそ、人の死もその人らしくありたいもの。そのためには、自分の意志や周囲の温かい心、社会的なサポートが必要である。
「おうちにかえろう。病院」は、多死社会である現代の医療現場における1つのケーススタディであると感じた。
AUTHOR
ヨガジャーナルオンライン編集部
ストレスフルな現代人に「ヨガ的な解決」を提案するライフスタイル&ニュースメディア。"心地よい"自己や他者、社会とつながることをヨガの本質と捉え、自分らしさを見つけるための心身メンテナンスなどウェルビーイングを実現するための情報を発信。
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