「"助け合い"というより、"学び合い"の場」長野へ移住した前村夫妻が考えるコミュニティとは

 「"助け合い"というより、"学び合い"の場」長野へ移住した前村夫妻が考えるコミュニティとは
Photo by Chiaki Okochi

<日常に埋もれた感覚を掬い上げる>をキーワードに、さまざまな領域で活動される方へのインタビュー企画。大人になると、いつのまにか「当たり前」として意識の水面下に沈んだ感覚たちを、一旦立ち止まり、ゆっくりと手のひらで掬い上げる試みです。第5回目は、長野県御代田町に移住された前村達也さん・詩織さんを訪ねた後編です。

広告

インタビュー前編では、御代田町への移住のきっかけとなるヨーロッパでの*サバティカル(使途に制限がない長期休暇のこと)のお話などを伺いました。前村さんファミリーは、5世帯共同で土地を購入し、共有エリアには手づくりのサウナや子どもたちの遊び場、大きなダイニングテーブルなど集える場所を設けているそうです。後編では、家族を超えたコミュニティ、そして御代田とのつながりについてお伺いします。

ーーヨーロッパで”コミュニティのあり方”を見たこともあり、移住後の不安はなかったとおっしゃっていましたね。具体的に、それはどのようなものだったのでしょうか?

詩織さん:ヨーロッパには地域ごとに幅広いコミュニティがあり、みんなで助け合いながら仲良く暮らしているように見えました。

達也さん:わたしはフランスで週に1度開かれるコミュニティの会合にも参加をしていました。そこでコミュニティとは、世界中どこの村も変わらないんだなと感じました。

日本では”村社会”と聞くと、なんだかめんどくさそうなイメージがありますよね。ですが、”村社会”はいわゆる”コミュニティ”と同意義なんではないかな、と。なので、コミュニティとは、そもそも簡単なものではなくて、大変なのが前提にあるのではないでしょうか。むしろ、簡単なコミュニティなどないんだと思います、きっと。

それに、自分だけではできないことがたくさんあるからこそ助け合う。でもそれはむしろ、自分にとって”助け合い”というより、”学び合い”という感覚です。

コミュニティとは、”学び合い”

ーー”助け合い”というより、”学び合い”とはどういうことでしょうか?

達也さん:彼らはマイナスを補うためでなく、自分がプラスになるためにコミュニティに参加していました。だからわたしたちも、そういう意識で今はここに住んでいます。

詩織さん:フランスでの経験は、わたしにとってもマインドセットが変わるきっかけとなりました。わたしはその当時、日本でNPOの広報をしていました。けれどもフランスに来て「自分がコミュニティに提供できるものはあるのだろうか?」と思った時に、「何もないな」と感じてしまって。今思えば、そんなこともないのでしょうけど…。

達也さん:東京で消費していた生活から、向こうに飛び込んだ時に、自分たちが提供できることがなかなか見つからず。自分たちは、「なんでこんなに消費してきたんだろう?」と、まざまざと感じさせられました。

詩織さん:これまではずっとお客さんであり消費者で、何もつくっていなかったんだと感じました。だからつくる側や、与える側に回りたかった。子育てや教育にしても、すべてお金と引き換えに得ていましたから。

ですが、サバティカルの経験から、帰国後に少しずつ行動の変化がありました。たとえば、長女がバレエを習いたいと言った時、はじめはバレエ教室を何ヵ所か見に行ったんです。でも「そういえば昔、母の手伝いで子どもにバレエを教えていたな」と思い出して。

そこから娘の保育園の友達に声をかけて、毎週教えるようになりました。そういうちょっとずつの行動の変化があって、以前から好きだったピラティスの資格を取ることにもチャレンジしました。

Photo by Chiaki Okochi
前村さんのお家には、光がたくさん差し込みます
(Photo by Chiaki Okochi)

ーー帰国後すぐに移住先も探し始めたと言っていましたね。計画は順調に進みましたか?

詩織さん:じつは、土地を見つけた後の方が牛歩で…足踏みしてまた牛歩で。家族みんなで待ち望んでいたのに、土地を見つけてから実際に御代田に移住するまでに3年以上かかりました。

達也さん:まだリモートワークではない暮らし方だったこともあり、お互いの仕事や、状況の折り合いをつけることに難航して。いま結果だけを見ると「いい暮らししてるな」と感じますが、あの時は大変すぎて「もうやめたい」って思っていました(笑)。ですが、準備期間ができたことにより、急なチェンジでなく、グラデーションで変えられたことは、家族にとってもよかったのだと思います。

詩織さん:週末の度にここに来て、まだ森だったこの土地を耕すところから、少しずつ準備をして。逆にすぐ移住できていたら、うちの家族だけでなく、周りの家族との関係性も少しちがっていたのかもしれません。

足踏みしている間にコロナがあり、リモートワークや移住への風向きも変わり、ぐっと背中を押してくれたように思います。

ーー移住後は、御代田のコミュニティにも参加されていますか?

達也さん:たとえば、山仕事をするコミュニティに参加しています。ここでは、林業の経験がある60代の方から、薪割りの技術などを教わっています。この辺りは薪ストーブを使う家が多く、薪は必需品です。こうしたコミュニティのみんなの仕事によって、厳しい冬を乗り越えています。

Photo by Chiaki Okochi
お庭には、いたるところに薪がいっぱい
(Photo by Chiaki Okochi)

達也さん:また、家族に食べて欲しくてつくり始めたパンも、今では地元のマルシェで売ることがあります。こういうことをしていると、お互いのパンを見せ合う仲ができたり(笑)。今年から始めた田んぼは、もうすぐ稲刈りをしてお米をみんなで分けることができそうです。

詩織さん:じつはこの田んぼは、夫がランニングの途中に声をかけた地元の方から、貸してもらえることになりました(笑)。こうやって地道に、地元の方とのつながりもつくっているように思います。

ーー詩織さんは、ピラティスのインストラクターとしても、地元の方との交流がありますよね?

詩織さん:古民家スタジオでの対面クラスのほか、オンラインでもレッスンを行っています。移住をしても、自然発生的に人との出会いがつくられるわけではありません。ですが、ピラティスを通して「わたし、これできます!」と言って、いろいろなコミュニティに入っていくことができる。それは大きいところかもしれません。

それにわたし自身は、ピラティスを始めて体もメンタルも強くなりました。ピラティスはいつもニュートラルから始まるので、そこをよく意識するようになります。ですから、すごく振れ幅があったとしても、心身ともに軸ができたなと感じます。

ピラティスは子どもでも、100歳になってもできて、そして人とつながることができる。それはわたしにとって、とてもパワフルなツールを手に入れた!という感じです。

Photo by Shiori Maemura
古民家にて詩織さんのピラティスのレッスン
(Photo by Shiori Maemura)

人間の都合だけで世界は回っていない

詩織さん:それから、移住してきて感じたのは、東京は本当に”大人な街”だなということです。大人の都合でつくった街、動いている街と言うんでしょうか。たとえば、電車の時間に間に合うように子どもを急かしたり、周りの迷惑にならないように子どもを歩かせたり…これって全部大人の都合ですよね?

御代田にいると、”人間の都合だけで世界は回っていない”ということを感じます。浅間山の噴煙を見て、いつ噴火するのかと思ったり、天気が変わりやすかったり。人間がコントロールできないものがたくさんあるということを、毎日感じながら生活できる。ここがわたしは、すごくいいなと思っています。

わたしは第三子を妊娠中に移住してきましたが、子育てにもそれがすごく影響していると感じます。東京にいると、人間がすべてコントロールできるかのように錯覚してしまう時があります。けれども、じつはコントロールできないものの最たるものが子どもだと思いませんか?

ここではとても自然体で暮らせるし、子育てもできているような気がします。そしてまた、これは子どもたちも同じなのではないかと思います。

Photo by Chiaki Okochi
前村さんのお家の薪ストーブ
(Photo by Chiaki Okochi)

初めてのことに向き合うプロフェッショナル

ーー達也さんは「ミヨタデザイン部」を立ち上げられ、地元のコミュニティ活動にも取り組まれていますよね?

達也さん:ミヨタデザイン部の最初の発想は「もしも町役場にデザイン部署があったなら…」というものです。わたしは東京で、デザインミュージアムのプログラムディレクターをしていたこともあり、”デザインで人をつなげる”ことを目指していきたいと考えていました。

また先のサバティカルのとき、オランダやフィンランドで、町の教育委員会やシティホールも周りました。するとたいてい、デザイン部署のようなものが町役場の中にあることがわかりました。そしてそこが、町全体のブランディングや観光に関することを担っていたんです。

そういうものが、御代田にもあったらいいなと思いました。それにヨーロッパで見て、日本でもできるだろうと思ったのは、デザイナーをはじめとするクリエイターが御代田に多く住んでいたからです。

現在はクリエイターによるワークショップや、SNSで御代田での活動を紹介しています。それに加えて、まさに今「CORNER SHOP MIYOTA」をつくっているところです。

ーー「CORNER SHOP MIYOTA」について教えてください。

達也さん:CORNER SHOP MIYOTAは、御代田で誰もが集えるコミュニティの複合交流拠点になったらいいなと思っています。1階がカフェ&バーとギャラリーショップ、2階がゲストルームとラウンジとなる予定です。

御代田の駅前にあり、もとは時計宝飾店だった築50年の建物を自分たちでリノベーションしてつくっています。日々細々と作業をしてると、地元の方が声をかけてくれることも多く、そこで大工さんを紹介してもらったり、新たな出会いがあったり。

ここでは他にも、お金を介したコミュニケーションではなく、教えてもらった分何かを手伝ったり、物々交換したりということもよくあります。そういうものは、より人を親密にさせるような気もします。それにだからこそ、自分も何か交換できるものを持てるように頑張りたいという、いいモチベーションにもなっています。

中には「自分ができることや、やりたいことがが見つからない」と感じている人もいるかもしれません。でもその一方で、プロフェッショナルにはなれないけど、いろんなことがそこそこできるというのも”ひとつの個性”、”ひとつの得意なこと”なのではないでしょうか。

ひとつのことを突き詰めていくことはできなくても、”素人でいることのプロフェッショナル”言わば”初めてのことに向き合うプロフェッショナル”というのは、学ぶ姿勢としては大事だなと思っています。たくさんの人に支えられながらできていくCORNER SHOP MIYOTAは、来年2月にオープン予定です。ぜひ遊びに来てくださいね!

CORNER SHOP MIYOTA
CORNER SHOP MIYOTA

CORNER SHOP MIYOTAは、来年2月のオープンに向けて、ただいまクラウドファンディングを行っています。御代田だからこそのクリエーターたちによるリターンアイテムも充実しているので、ぜひ見て、そしてご支援いただけたら嬉しいです。

お話を伺ったのは…

前村達也さん

デザイン・ディレクター/プロジェクト・プランナー。1999年に渡英後、ロンドンのデザインスクール、スペイン・バルセロナのデザインスタジオを経て、2006年オランダのDesign Academy Eindhoven を卒業。2011年よりプログラムディレクターとして21_21 DESIGN SIGHTの数々の展覧会を企画 。2022年に独立しデザイン事業を企画するSCALE ONE Inc.を設立。21年より多摩美術大学非常勤講師。

Instagram@cornershopmiyota

前村詩織さん

ピラティスインストラクター。日本で十数名しか保有していないオーストラリアのピラティス国家資格を取得し、ASICS Sports Complex TOKYO BAYなどでクラスを受け持つ。2020年長野に拠点を移し、フリーのインストラクターとして働きながら一男二女の子育て中。

Instagram@shiorilates

広告

AUTHOR

大河内千晶

大河内千晶

1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

Photo by Chiaki Okochi
Photo by Chiaki Okochi
Photo by Shiori Maemura
Photo by Chiaki Okochi
CORNER SHOP MIYOTA