「米国ではアジア人女性に勢いがある」ニューヨーク在住舞台演出家・河村早規がそう語るのはなぜ?
頑張っている人の姿は、力になる。元気がない時、やる気が出ない時、停滞を感じる時、わたしには必ず見るYouTubeチャンネルがあります。屈託のない笑顔と自信に満ちた声のトーン、そして分かりやすいプレゼンテーション力、そして時に見せる不安な気持ちまで全てに惹きつけられる河村早規さんのYouTubeチャンネルは、チャンネル登録数11万人以上にものぼる。3年前に舞台演出を学ぶためニューヨークの大学院に留学し、今年5月に主席で卒業。現在もニューヨークで舞台演出家・マルチメディアアーティストとして活動する彼女に3回に渡ってお話をお伺いしました。
不利は有利に変えることができる
— アメリカの大学院に入学して最初の内はどんなことに苦労しましたか?
早規さん: 英語で何て言えばいいかの前段階として、そもそもカルチャーが違いすぎてクライメイトとの共通言語がなくて喋れなかったのはとても苦労しました。
英語は昔から大好きだったので日本人の中では小さい頃から親しんでいる方だと自分でも認識はしていましたし、わたしの通っていたICU(国際基督教大学)は英語にも力をいれている学校で大学時代の授業にもついていけてました。でも、大学院のクラスで言っていることは分かるけれど、心では理解できませんでした。
それはやっぱりカルチャーの違いからだと思うんですよね。なので、クライメイトに観るべきものは何なのかとか、知るべきことは何なのかというのを聞くようにしてカルチャーを理解することに時間をかけました。
— 慣れるようになるまでにどれくらいかかりましたか?
早規さん: 実は、未だにすごく緊張するんです。特に初めて会う人や初めてのコミュニティーの中で喋る時には、事前に言うことをまとめてカンペみたいのを作って持っていっているくらいです。なので、今でも緊張するというのは前提にありつつ…1年くらいたった頃に、日本にいた時と同じくらい自分のパーソナリティーも英語で表現できるようになって、その環境が辛くなくなったかなという感覚はありますかね。
— 大学院生活で思い出に残っていることを教えて下さい。
早規さん: 卒業公演のスタンディングオーベーションの景色は忘れられません。
わたしの大学院は、ディレクター3人、脚本家3人、俳優が20人くらいいる仕組みなんですが、大学院に入学した瞬間に3年後の卒業公演でそれぞれのディレクターが全員をディレクト(演出)するというのが分かっていたんです。大学院の初日、「わたし、こんなに英語もできない、経験も誰よりも少ない状態で、この人たちをディレクトできるかな」という大きな不安がありました。ただ、早くみんなに追いつきたいという焦りがあったからこそ3年間誰よりも早いスピードで頑張ることができ、結果的にみんなと大きな信頼関係を培って作品作りをすることができました。
卒業公演の初日にわたしの作品が終わった瞬間、お客様がスタンディングオベーションで拍手してくれた時の感動はとても思い出に残っています。
— 今年5月に大学院を主席で卒業されたんですよね。おめでとうございます!
早規さん: ありがとうございます。そうなんです。わたしも、それが発表されるなんて知らなかったのでビックリしたんですが…わたし、不利な状況って有利な状況に変わると思っているんです。欠点があると落ち込んでしまうことが多いと思うんですが…例えばわたしの場合、インターナショナル(外国人)なのでアメリカでは働けないことは一見すると不利なことに思うんですが、だからこそ大学院での時間をすごい充実させるためにコミットに尽力したんですよね。大学院のことは誰よりも全部頑張ろうと思ってやっていたので、ある意味あまり驚かなかったし、周りもあまり驚いていなかったかもしれないですね。
アジア人で女性であることが武器になる時代
— 早規さんはこれまでにニューヨークの演劇界で活動する中で、差別を受けたことはありますか?
早規さん: 演者ではなく、わたしのような作品を作る側の人間の中に、People of color(※1)は部屋にわたし一人しかいないというのは感じます。マイクロアグレッション(※2)とまではいかないですし、仕事場ではみんなプロフェッショナルなので態度に出すよいうことはないですが、現実としての自分がマイノリティー(少数派)なんだと感じることはよくあります。
※1. People of color: 白人種と異なったスキンカラーを持った人種のことを指す言葉
※2. マイクロアグレッション: 相手を差別したり傷つけたりする意図はないのに、相手の心にちょっとした影をおとすような言動や行動をしてしまうこと
— 実際、そういった瞬間はどう感じますか?
早規さん: すごく残念だなと思いますし、変えていかないといけないなとも感じています。実際、周りも変えていかないといけないと努力してくれています。あとは、それがあるからこそ自分がもっと頑張らなくてはいけないなという気持ちにもなれますね。例えば、アジア人とか日本人の作品をやる時には、絶対にわたしがディレクターとして候補にあがるようになりたいなと思っています。
— ここ数年の社会的な動きから、アメリカは女性が力を持っている国というイメージがあるんですが、それは感じますか?
早規さん: はい。すごく感じます。実は日本にいた時に女性のロールモデルっていなかったんです。けど、アメリカに来て「この人みたいになりたい」と思える女性がいっぱいいて…例えば、わたしが今アシスタントしているブロードウェイのディレクターの方も、3人の子供がいて、ブロードウェイでのキャリアも20年間培ってきている人なんです。「女性だから」という理由で仕事をおろそかにしている感じが全くなくて、そういう女性がたくさんいますね。
— 女性は働きやすい国だと思いますか?
早規さん: そうですね。女性が働くことに対して、家族の理解がしっかりあるし、社会全体のシステムが整っています。もちろん男女の格差というのは、歴史的にはすごくあるしステレオタイプもあるので、未だに上の方には男性が多いという構造が続いてはいますけど、チャンスが渡される機会は最近は特に増えてきたんではないかなと思います。
— 早規さんがニューヨークに来た3年前と比べて、特に増えてきたと感じますか?
早規さん: はい。わたしが、3年間ニューヨークにいる間に、パンデミックもあったし、BLM(※3)もあったし、アジアンヘイトもあったので、やっぱりみんなが敏感になって、マイノリティーの声を聞こうという動きがどんどん増えてきました。だから今すごくpeople of colorの女性は、すごくいい意味で押されている存在だと思っています。
※3. BLM: Black Lives Matter(ブラック・ライブズ・マター)の略称。アフリカ系アメリカ人のコミュニティに端を発した、黒人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える、国際的な積極行動主義の運動
— いい流れが来ているんですね。作品を作る演出側は男性が多いイメージがありました。
早規さん: 演出家ってやはりプロダクションのリーダーなので、未だにパーセンテージ的にはやはり男性の方の方が多いと思います。今まで何が起こってきたかというと、男性のディレクターが男性のアシスタントを雇って、そのアシスタントがディレクターになった時に、また男性のアシスタントを雇ってという、そのループが途切れないんです。それがやっぱり問題だから、例えば女性の作品を作る時には女性を持ってこようとか、演出サイドでも変えていっているところです。今携わっている作品も女性開発者の話なんですが、脚本家が男性で、主人公の女性がビジネスの世界で女性だから経験したことを表現したり、キャラクターの人間性を出すことができていないという問題が起こっています。
ライター取材後記
女性の活躍や人種問題に対しての運動が著しく目立つようにはなりましたが、まだまだ問題は山積みです。それでも「people of colorの女性がいい意味で押されている存在」という力強いメッセージを伝えてくれたのはきっと多くの方にとって、励みとなったのではないでしょうか。自分の弱みを強みに変えることができることこそが、これからの時代必須スキルなのかもしれません。
プロフィール:舞台演出家・マルチメディアアーティスト・河村早規さん
現在NY在住、日本生まれ日本育ち。NYにて舞台演出家・俳優として活動。映像も勉強中でオーストラリア・Quarantine Film Festivalにて優勝。チャンネル登録者数11万人以上の大人気YouTubeチャンネルでは、NYでの生活や大学院の情報、英語学習について発信中。
公式HP: Saki Kawamura
YouTube: Saki Kawamura in NYC
AUTHOR
桑子麻衣子
1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。
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