【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南

 【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南
Illusttation by リリー・ボンさん on illust AC

脳機能の発達の偏りにより障害が生まれる”発達障がい”。学校や家庭など様々な場所で居心地の悪さを感じている子どもたちにヨガはどんな可能性があるのでしょうか?今回は、ヨガを通して子どもの発達教育専門講師として活動をされている元小学校特別支援学級担任の田中直子さんにお話を伺いしました。

広告

「ヨガ×発達障がいの子どもたちの支援」の誕生

—— 直子さんがヨガを発達障がいの子どもたちの支援に取り入れたきっかけを教えて下さい。

直子さん: ヨガとの出会いは小学校の特別支援学級の担任をしていた頃です。もともとヨガは趣味で自分のためにはじめたんですが、ヨガのポーズって動物の名前や植物の名前がついているので「子どもとやっても楽しいな」と思ったのがヨガを発達障がいの子どもたちの支援に取り入れたのが最初です。

色々な障がいを持つお子さんの支援にあたる中で、体育は特に決まった教育課程通りにはいかないことが多かったです。そこにヨガを取り入れてみることで、自分のヨガマットがあるだけで”自分の場所”っていうのが分かるようになるなと思いましたし、体育館の中にカラフルなヨガマットを広げるのも気分を良くしてくれましたね。

そこから拍車がかかり、ヨガの指導者養成講座をたくさん受けました。ヨガの指導者養成講座は対象別でたくさんありますが、キッズヨガの講座は全部で3つ受けました。

—— 3つも!何か違いがあったんですか?

直子さん: 総じて内容は同じなんですが、講師の先生がどの分野を専攻しているかによって学べることは異なります。中でも教育分野出身の方の講座では、発達のことや心理学的なことも多く学べたりして、学校教育の中に活かせることがたくさんありました。

ヨガというくくりにはなりますが、身体的なアプローチが子どもたちの発達を後押ししてくれることに活かせるなと思ったんですよね。

—— 教員を辞めたのはどうしてですか?

直子さん: 19年間教員生活をしていたんですが、授業にはやっぱり限界があるんですよね、体のことや心のことを伝えるのには。例えば小学校の授業で「呼吸が〜」なんて話すのは、保健体育の域を出ているので…(笑)けれど色々な講座を受けていく中で、そこをもっと深く伝えていけたら、小さい頃からの子どもの発達に違いがあるのではないかなと思ったんです。

実際にお子さんの変化などもありましたし、こういったことを専門にされている方もいなかったので、言語や数量感覚の習得、あるいは情緒の安定にも心身の発達を後押しすることに力を入れたいと思い、辞めることにしました。

ヨガが子どもの発達に与える影響

—— これまでに受け持った発達障がいのお子さんにはどんな子がいましたか?

直子さん: 本当に色々なお子さんがいたんですが、発達障がいといわれるお子さんは見た目では分からないという子もたくさんいます。だけど人との関わり合いやコミュニケーションなどに生きづらさを感じていて、中には”キレる”というお子さんもいました。何かあればすぐに大きな声を出したり、手足を出したり、ハサミを持って人を威嚇するなど。

教員時代に出会った小学校3年生のお子さんだったんですが、その子に出会った時に「すごく構ってほしい」「自分に注目してほしい」と訴えているのではないかと思ったんです。周りが「怖い子だ」「悪い子だ」と言えば言うほど、その子は乱暴になりました。けれど、根っこの部分ではすごく寂しさを抱えているのではないかと感じたんです。独占欲がとても強かったと言い換えられるかもしれません。「自分だけの」と独占したいから、それを邪魔する人や物を遠ざけるためにキレていたように思えます。

わたしは、その子と毎朝2人っきりの時間を作ることにしました。

—— 2人の時間ではどんなことをしたんですか?

直子さん: 手と手を重ねたり、「スーハースーハー」と深呼吸しました。ただ一緒にいるだけではなくて、その子自身が自分の体に安心感を持つことが大事だなと思ったので、慣れてきたら自分で自分の胸に手をあてて、「心臓が動いているね」「息をスーハースーハーするだけでお腹が膨らんだりするね」など言ったりして続けていたんですが、それがその子にとてもヒットしたんです。

—— どんな変化が見られましたか?

直子さん: 朝も時間通りに登校できなかったんですけれども、「先生との二人っきりの時間は朝だけしかないよ」と伝えたら、遅刻せずに登校できるようになりました。また、深呼吸をしている時に「どんな気持ちする?」と聞いてみたら「落ち着く」と返してくれるようになったりしました。

—— 自分が落ち着いてるのが分かるのはすごいですね。

直子さん: はい。またこちらからそうしなさいと言ったわけではないのに、自然と目を瞑るようになったんです。目を瞑って自分の体のどこかに手をあてるって、危険とかストレスを抱えている子にはできないと思います。その子自身が居心地良くなったことや安心感を体はちゃんと感じられるようになったんだなと思いました。

そこから「イライラしている時は心臓が早くなるね。そんな時はどんな時?」なんてソーシャルスキルトレーニング的なものを含めながらやっていましたね。

—— その後、どう変化していきましたか?

直子さん: ある日授業中に何か嫌なことを思い出したのか、とてもイライラしだしたんです。わたしはしばらく様子を見ようと思い、見て見ぬ振りをしていました。

すると「静かにする部屋に行っていいですか?」と自分から伝えてきました。隣の部屋にバランスボールをおいていたので、そちらの部屋に行ってバランスボールの上でゴローンと仰向けになって、スーハースーハーと自分で深呼吸をしてたんです。1−2分くらい深呼吸して、何もなかったようにスッキリして戻ってきました。

—— 自分で自分をコントロールできるようにまでなったんですね。

直子さん: 顔つきもだんだんと、とても穏やかになっていきました。当時9歳のまだ小さなお子さんだったので、もちろん波はありました。けれど、そんな小さな子どもでも、自分の呼吸や体に触れることで変化することができたんですね。

その子の場合は、安心感を作ってあげることがとても大切だとわたしは思い、呼吸というパワーツールを使いました。周りの環境から安心感を作っていくこともできるんですが、自分自身で安心感を作っていくことがヨガで学んだ呼吸や体からのアプローチによってできるということを伝えて行きたかったんです。

—— 学校という場所ではどうしても「〇〇しなさい」「〇〇してはいけない」と言葉だけで指示されることが多い印象ですが、まだ小さい子どもであればそれだけだと納得できないことも多いような気がします。

直子さん: 発達障がいを持つ子どもたちの中には、授業中でも歩き回る子どもや、順番を守らないで喋り続ける子どももいます。それを「発達障がいだから」と言うのでは何も改善はしません。

「どうして授業中に子どもたちが自由に歩き回るのか?」「ずっと喋り続けてしまうのか?」というのを把握するのに、子どもの体に何が起きているかを見てあげるのが大切だと思っています。そうした行動は体だけではなく結局は脳の反応なんですが、脳を変えるというのは難しいじゃないですか。けれど脳から神経がつながっているので体からアプローチをしていくことが、子どもたちの発達を支援することにつながっていくと思っています。

ポーズの練習ではコミュニケーションで補助しながら自分の体に何が起きているのかを知る

—— 現在は年齢層や特性がさらに異なるお子さんたちを支援されていると思いますが、呼吸以外にどんなアプローチをすることが多いですか?

直子さん: まずは、心拍を感じてもらいます。体を文字通り動かさなくても、心拍を感じることで、体って動いているんだなということを感じられます。また、息をしなければ焦って心臓の音が早くなってしまう、また息をすれば呼吸もゆっくりになって心臓の音もゆっくりになるというのを感じてもらったりしながら、「自分でコントロールできる」というのを実感してもらいます。

—— ポーズをとることはありますか?

直子さん: そこまで重視はしていませんが、簡単なポーズをとることもあります。立位のポーズなどはあまりとりませんが、最初のうちはヨガマットの上でゴローンとなって橋のポーズなどをとることが多いです。

—— 床との接地面が多いと安心感がありますよね。他にポーズをとる時にポイントとなることはありますか?

直子さん: ポーズをとる時は、キープを長めにしています。発達障がいのお子さんは、体力不足、「頑張りきれない」という気力不足の子も多いので、すぐヘタれてしまうんです。そこで「できない」となったら、「どこが辛いの?」「今一番使ったと思う筋肉はどこ?」と、自分の体に意識を持っていってもらうように言葉のやりとりは多めです。

—— ポーズの練習に先生とのコミュニケーションが加わると、体とのつながりが深くなりますね。

直子さん: はい。「太ももが痛い」など、ちゃんと問いかけにも答えてくれます。そうして、自分の体に何が起きているかを、意識化と言語化ができるようになってくると、次は「そうならないようにどうしようか」の段階にいきます。

ですので、ポーズがキープできるようになったり、違うポーズにチャレンジできるようになります。ゆっくりですが必ず変化していきます。

発達障がいの子どもたちにとってヨガをする場所はサードプレイス

—— 自分の意思ではなく親御さんに連れてこられて来たというお子さんも多いのではないですか?

直子さん: そうですね。親御さんに連れてこられた子がほとんどです。けれど実際に来てみると、イメージしていたヨガとは違ったという子が多いようです。来る度に学校であったことやお家であったことをポツリポツリと話してくれます。

—— 安心できる場所なんですね。

直子さん: ヨガプラスアルファーな場所…「サードプレイス」なのかなと感じています。家族でもなく学校の先生や友達でもなく、話しても直接的には関係ないけれども、ちゃんと聞いてくれる、話しても大丈夫だなって思ってもらえる場所なのかなと思っています。

—— そういう場所は必要ですよね。

直子さん: はい。長く通ってくれる子はもう慣れているので、わたしのところに来たらすぐに「パソコンでゲームをしよう!」と言う子もいます(笑)

——パソコンゲームですか?

直子さん: はい。けれど、それはそれでいいと思っています。わたしにパソコンゲームを教えることが、その子にとっての喜びにはなるので。ただし、レッスンは45分と限られているので、きちんと時間を区切るようにはしています。「何分までゲームをするか決めて」と。

——リードしてあげないとゲームをして終わりそうな気もしますが…?

直子さん: 「あなたがそれをやりたいならやりましょう。けれど、お母さんには何をしたかを報告するのでそれは考えてね」と言うと、決めてくれます。

——選択肢を与えて導いているんですね。

直子さん: はい。そうすると「30分ゲームをして、15分ヨガをする」と自分で決めてくれます。長く通ってくれている子は切り替えも早くてゲームが終わったら集中してヨガをしてくれるようになります。決まったポーズを練習することが多いので、ポーズも覚えていて、15分でポーズの練習をスムーズにして、最後は「スッキリした」と帰っていきます。

「発達障がい」という言葉の急増が意味するもの

—— 「発達障がい」という言葉をよく耳にするようになりましたが、最近できた言葉なのでしょうか?

直子さん: そうですね。昔から発達障がいの特性を持つ人はいたと思いますが、昔はあまり聞かなかった言葉ですね。結局判断がつかないんですよね。例えば、「自閉症」だったり、「脳性麻痺」といったようにすぐに分かるわけではなく、発達障がいの中には見た目には分からないけれど、集団生活の中に入ったり、社会に出るとコミュニケーションに難しさを感じたり、居心地が悪さを感じてる人が目立つようになってきました。それに「発達障がい」と名前をつけることで、本人や周りが「そうだったのか」と納得できるようになったのだと思います。

—— 発達障がいが目立つようになったのはどうしてでしょうか?

直子さん: とても便利になりすぎているというのは一つあるのではないかと思います。みんなが一律にできることを監視できる世の中になっていて、ちょっとそこから外れていたり、吐出していることが目立ってしまっているんだと思います。「まぁ、いっか」と流せなくなっているのかもしれません。

—— 「発達障がい」と分かった方が、本人や家族としては気持ちが楽になることがあるということですか?

直子さん: 「何でなんだろう?」と悩んでいたことに原因があることが分かったら、気持ちが楽になるという方はすごく多いと思います。

親御さんもそうだと思います。「育て方に何か問題があったのでは?」「しつけがなっていない」などと悩んだりする方もいますが、でもそうではなくて脳の特性としてなにがしかの凸凹があることが原因だったんだと納得できたら楽になれる方も多いと思います。

お母さんはお母さんでいてほしい

——最近はネットや本でたくさんの情報を得ることができ、自分でどうにかしようとする親御さんも多い気がします。

直子さん: 発達障がいの有無に関わらず、自分の子育てに不安を抱えている方が多くいます。「これで合っているのか」とまずは検索するようですね。それは、日本は周りと同じでなくてはいけないという風潮が強いからだと思います。

——周りと比べて同じでないと不安に感じる人は多いですよね。

直子さん: 大人であっても、子どもであっても、他人と比べる人はやはり多いと思います。昔のように、ご近所さんとの付き合いなども希薄になっていますし、相談できる人が周りにいないこともあるかもしれません。

——ネットや本で情報を得る際に気をつけた方が良いことはありますか?

直子さん: 私自身も気をつけていることですが、「これが良い」と知識を得たことが、その子にとっていいかは別ということです。引き出しはたくさんあって、”試す”というのは大事になってくるんですけれど、どうしても近い関係だと「良いと思ってやっているのに、なんでやらないの?」となりがちなんですよね。

—— 近い関係は衝突してしまいますよね。

直子さん: はい。また、発達障がいの軽さ・重さにもよりますが、お子さんの中には指示待ちの子がやはり多いです。「お母さんが決めたからやっている」というように。

——  そうなると押し付けになってしまいやすいかもしれませんね。

直子さん: 最初の入り口はそうだったとしても、やはり子ども自身がやりたいかどうかが一番大切なので、「試してみて合っていなかったら別のことを試してみればいいや〜」と思えるくらいがいいです。「コレだ!」と思ったことに全集中してしまいがちで、肝心の子どもがどんな顔をしてそれをやっているかを見れなくなることも少なくないのではないでしょうか。

ご自身の経験や子育ての経験から指導者になる方もいるんですが、それは自分の子どもを育てるのとは別だと思っています。なので、お母さんがご自身のお子さんのためにと思うのであれば、何か色々な方法をとるよりは「お母さんと一緒にいることで安心できるんだ」と子どもに思ってもらうことが一番なんじゃないかと思います。

——  親のエゴになっていないかということですね。

直子さん:  発達障がいの有無に関わらず、子ども一人ひとりにも性格があることを理解して、周りと同じでないとダメと感じる大人や社会の見方の方が問題なのではと思うことがよくあります。お母さんはお母さんであってほしい、よく言いますよね「お母さんが笑顔だと子どもは安心する」と。だから、お母さんの心身がよりよい状態であること、それをサポートする資源の充実もとても重要だと思います。

ライター取材後記

わたし自身6歳の娘を持つ親であり、またヨガを練習し指導する身でもあります。子どもに「こうなってほしい」といった親のエゴを押し付け「これをしろ」「あれをするな」と言いがちな自分に大反省。結局それは、私自身が子育てに不安を抱えたり、周りと比べてしまっているからかもしれません。発達障がいの有無に関わらず発達には個人差がありますし、大人になっても周りを見回してみても、誰一人同じ人はいません。子どものことであっても、自分のことであっても、一人ひとりの特性や今抱えているものをしっかりと見て何が起こっているかを理解し向き合っていけたら、個性を育てる世の中になっていくのではないかと思いました。

取材協力: 子どもの発達教育専門講師 田中直子さん

写真提供: 田中直子
写真提供: 田中直子

小学校特別支援学級教諭19年間従事後、「生涯、障がいのある子どもたちに関わっていきたい」と2015年独立。学校教育終了後、家族も一緒に楽しみ、身体を動かしながら息抜きできる場を創りたいと思い、障がい者ヨガサークル(ハンディキャップヨガ北海道)を立ち上げる。たった一人の参加者から始まり、現在まで、のべ1000人が参加。

2017年から、幼児から高校生対象に自閉症、ダウン症、ADHD、脳性麻痺や不登校・行き渋りなど様々なニーズのある子の個別指導開始。個々の特性に応じ視覚機能トレーニングやヨガ、身体遊びを組み合わせた指導は、「落ち着きない子が集中できるようになった」「運動苦手な子が身体を動かすことを楽しめるようになった」などと喜ばれ、継続率が高い。

専門学校講師、精神病院や就労支援事業所、児童デイサービスなどでヨガ指導。保健所の乳幼児健診では、年間約500人の発達相談を行っている。

2021年4月、ウェルビィキッズヨガ™指導者養成講座を立ち上げ、第3期まで開催。発達障害の子の母や小学校教師、幼稚園教諭、保育士、児童デイ職員などが受講。

2022年6月からは、発達障がいの子の目力・手力・体幹力を鍛えたいお母さんのためのビジョンアイ発達凸凹スクールとして、お母さんが家でできることを学べる4カ月講座開始。

発達が気になる子どもに関わる大人へのサポートを充実させ、発達理解や子どもの観方を知ることで、できた!とあふれ出る子どもの笑顔を引き出せるという信念のもと、指導者育成とコミュニティー創設に情熱を注いでいる。

公式HP: mana hana

広告

AUTHOR

桑子麻衣子

桑子麻衣子

1986年横浜生まれの物書き。2013年よりシンガポール在住。日本、シンガポールで教育業界営業職、人材紹介コンサルタント、ヨガインストラクター、アーユルヴェーダアドバイザーをする傍、自主運営でwebマガジンを立ち上げたのち物書きとして独立。趣味は、森林浴。



RELATED関連記事

Galleryこの記事の画像/動画一覧

写真提供: 田中直子
【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南
【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南
【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南
【子どものために大人ができること】発達障がいの子どもたちにヨガが与える影響とは?専門家が指南