発達障害当事者・姫野桂さんが語る、生きづらさの正体とコロナ禍で感じた「孤独と依存の関係」
発達障害当事者であり、「発達障害グレーゾーン」等の著者であるライター姫野桂さん。交友のある臨床心理士のライター石上が6月に発売された新刊「生きづらさにまみれて」から選んだトピックや、コロナ禍の孤独や依存から抜け出した体験について話を聞いた。
算数をあんなに頑張ってもできなかったのは、努力不足ではなかった
―――新刊『生きづらさにまみれて』(晶文社)のなかで、発達障害だと診断を受けたのは30歳を過ぎた頃だと書かれていましたが、そのタイミングで検査を受けたきっかけはありますか?
4日間眠れなくなり、どうにか眠りたいと心療内科に駆け込んだ際に、以前から気になっていた発達障害の検査を合わせてお願いしました。後日WAIS-IV知能検査(※)や心理検査を受けて、見事に得意・不得意に凸凹があったという感じです。以前より、ここまで計算ができないっておかしいんじゃないかと、算数のLD(学習障害)は疑っていました。
―――学生の頃から計算ができないのはおかしいと思っていましたか?
おかしいと思ったのが就活の採用試験で実施されるSPIで数学が全くできなかった時です。数学が得意な友達に教えてもらってその場では理解しても、その後に自分で解こうとすると全く分からなくて。小学3年生までは、算数のテストは100点でしたが、4年生、5年生と高学年になるにつれてテストの点数が60点と下がっていったのも、LDが原因だったのだと初めてわかりました。
―――発達障害の診断を受けた時はどのような気持ちでしたか?
最初はショックでしたが、すぐに「なるほど」と納得できました。算数をあんなに頑張ってもできなかったのは、努力不足ではなかったのだと。無自覚でいたのは、診断結果にADHD(注意欠如・多動症)の不注意特性が出ていたことです。ASD(自閉スペクトラム症)傾向よりADHD傾向が強い感じで、言われてみると確かにと思いました。
憧れの仕事に就くのではなく、「自分にできそうか」と客観的に考えてみた方がいい
―――検査を受けることで、自覚することも大切なことかもしれないですね。発達障害の診断を受けた際、もしくは自分が発達障害なのでは? と疑う症状がある場合、自分にあった仕事を見つけるには、どうしたらよいと思われますか?
色々な当事者を取材していて、「憧れの仕事」に就こうとする人が多いことに気付きました。でも、憧れの仕事は、苦手な分野だったりすることがあります。だから、「やってみたい仕事」を選ぶのではなく、まずは自分の能力を客観的に判断した方がいいと思いますね。私も一回事務職についたことがあるのですが、本当に向いていなかったので……。
―――自分にないものに憧れる人がいますし、そうすると憧れのものが不得意だったりしますよね。姫野さんにとって事務職は憧れの職業だったのですか?
当時の自分には「楽そうな仕事」に見えました。私は当時バンドの追っかけをしていたので、定時で上がればライブに行けるじゃないですか。そんな風に都合よく選んでしまっていましたね。でもやってみたら私には難しくてできないことばっかりで……すぐに辞めてしまいました。
―――姫野さんには、向いていなかったのですね。その後ライターの仕事で活躍されることになりますが、ライターの仕事を始めようと思ったきっかけはあったのでしょうか?
もともと小説家になりたくて、会社員をしながら公募ガイドを見て、応募者が少なそうな文学賞に小説を出していました。小説のひとつが最終選考まで残り、その出来事が「私は変な文章は書いていないんだ」と自信になりました。そこから小説家を目指そうと思ったのですが、知人のライターさんから小説家は賞を取らないと賞金を貰えないけれど、ライターなら文章を書けばお金をもらえるからライターの方が現実的なのでは? と言われて、小説家はいったん諦めることに。出版社が運営しているライター教室に半年間通い、そこからお仕事をもらいつつ、学生時代に出版社でアルバイトしていたので、「何かお仕事ないですか」と問い合わせをしたり、知り合いのライターさん経由で編集プロダクションを紹介してもらったりとだんだん仕事が増えていき独立できました。
過集中で原稿を書ける特性をポジティブに捉えている
―――楽しい仕事で、尚且つ小説家を目指すのではなく現実的なライターの道を選んだわけですね。新刊で「過集中で原稿を書ける特性をポジティブに捉えている」と書かれていましたね。これは発達障害の診断が下りた後に、特性を活かせていることに気付いたのでしょうか?
はい、診断をきっかけに気付きました。これぐらいのスピードで他の人も書いていると思っていたのですが、編集さんから「めちゃくちゃ原稿が早い」と言われますね。締め切りを過ぎたことはないです。
―――どれくらいのスピードで仕上げるのでしょうか?
テープ起こしが終わって、原稿を書くだけの時は、4000字の原稿だったら2時間半ほどで書き上げます。休憩は取らずに一気にやって原稿を担当編集さんに送って、そのままベッドに倒れる感じです。テープ起こしも過集中していることが多いですね。ラジオの未放送部分を記事にするというタイトなスケジュールの仕事をいただくこともあり、ラジオの音源が20時半に送られて来ます。そこから文字起こしを始めて0時位に終え、翌日の昼ぐらいから書き始めて15時には提出していますね。もともと納期は3日なので、「もうできたのですか?」「早い方がありがたいです」と言われることがあります。
―――他にも仕事に活きている発達障害ならではの特性はありますか?
ASDの特性で空気が読めないところがあって、インタビュー時に「これは聞いたら失礼かも」というような質問をしてしまうことがあります。でも、本当はみんなが知りたいけれど空気を読んで聞かないことを、私は躊躇わずに質問してしまうので、それが結果的に相手の本音を引き出したり、重要な会話のきっかけになることがあります。ちなみに、今のところ相手に怒られたり、機嫌を損ねたりしたことはないです。
―――聞きづらいけれど、聞いても大丈夫な範囲の質問を瞬時に判断しているのかもしれないですよね。ADHDの方は注意がそれやすい分、いろんな情報をキャッチすると思うので、ライターという職業に活かせるのではないかと思います。また、ADHDの特性でもある「こだわりの強さ」は、どのような場面で活きていると感じますか?
そうですね、文章表現を何度も推敲することなどは、苦になりません。特性もありますが、現在連載を持っている担当編集さんが書籍をやって来た方でファクトチェックや構成に厳しいので、さらに読みやすさを心がけるようになりましたね。例えば、パラグラフのなかで、文末が同じパターンになってしまう場合、文末の書き方を細かく分けるなど、細部まで読みやすくなるように気を付けています。
障害者手帳を取って悪かったことは一切ない
―――障害者手帳を取ることを悩む人がいると思います。何かアドバイスや取って良かったこと、悪かったことはありますか?
障害者手帳に関しては、取ってよかったことしか思い浮かびません。まず税金は、住民税が非課税になります。あとはバスが無料になるのですが、先延ばし癖で手続きをやっていないです。他には映画が1000円になったり、ディズニーランドは列に並ばなくてよかったり、水族館など都営の施設は半額になったと思います。手帳を取って後悔したことはないですね。あとは、手帳とは違いますがヘルプマーク。ADHDは脳疲労がすごいので電車で立っていられなくなる時があるのですが、ヘルプマークをつけていると結構席を譲ってくれます。
―――お仕事への影響はどうですか? 職場に知らせるかどうかで悩む方は多いと思います。
私の場合は、影響はなかったです。職業によっては、打ち明けづらい場合もあるかもしれませんね。ただ、まわりの理解を得られることで、働きやすくなる一面もあるかもしれません。
コロナ禍で人に気軽に会えないことが1番辛かった
―――コロナ禍で人に会えない寂しさを感じる人が多いかと思います。姫野さんがコロナ禍で特に辛かったことは何でしょうか?
去年の4月から5月頃、人に気軽に会えないことが1番辛くて。偶然だと思うのですが仕事を失って、家で仕事もやる事もなくなってしまって……。鬱気味になって、毎日お酒を飲んで記憶を失くしていたんですよね。依存症についての本を読んでいて知識があったので、記憶を無くすということは「問題飲酒」なのでやばいな、と気付きました。それで心療内科に行って、お酒の飲み過ぎを相談したら飲酒量低減薬を出してくれて、減酒を始めた感じですね。依存していた時は、「鏡月4リットル」をジャスミンティーで割って酔うためだけに飲んでいました。今は彼氏ができて、彼が焼酎マニアなので美味しいお酒を適度に楽しむようになりました。
―――元々知識があって、早めに医師に相談できたことが良かったのですね。飲酒量低減薬は、服用してみてどうでしたか?
私が処方された飲酒量低減薬は、お酒を飲むと気持ち悪くなる副作用のあるタイプの薬で、すぐにやめてしまって。そこからは自力で断酒しました。まずはノンアルコールビールから始めて、自力でやりました。辛かったですね。
―――何かに依存しやすい人は、別のものにも依存しやすい傾向があります。他にも何かありました?
若い時はバンドの追っかけに依存していました。それ以外は、タバコを吸っていた時期もありますが、吸うことは好きだけど匂いは嫌いだったので、すぐに辞められました。髪についた匂いを消すためにスプレーをするとか、匂い対策ですることの方が面倒くさいと気付いて、それだったらタバコを辞めたらいいじゃんと思って。今の彼が吸わない人なので、彼が吸わないなら私も吸わないでいようとやめました。
―――タバコは頭で理解してやめた感じなのですね。新刊に「孤独と依存はセット」と書いていたように、人に会えない孤独がアルコール依存につながったのかなと。摂食障害のことも書いていましたね。
依存は摂食障害もそうですね。コロナ禍で食べて吐いてと繰り返していたので、6キロくらい太りました。でも、履いていたパンツが入らなくなったことくらいで、あまり気にしてない感じですね。
―――姫野さんはすぐに相談できる相手がいることも大きいですね。
今は1ヶ月に1回まで減ったのですが、その時は2週間に1回の通院で、頻繁に病院へ行っていました。依存かも…と思ったら、誰かに相談したり病院に行くなど、ヘルプを求めることが大切だと思います。
※WAIS-IV知能検査とは、世界で広く使用されている成人用の知能検査。全体的な知的能力や記憶・処理に関する能力を測ることができるため、発達障害の診断やサポートに活用されている。
▶インタビュー続き:「我慢ばかりで、嫌という感情が麻痺していた」発達障害当事者・姫野桂さんが過去の自分に伝えたいこと
姫野 桂(ひめの けい)
フリーライター。1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ。卒業後は一般企業に就職。25歳のときライターに転身。著作に『私たちは生きづらさを抱えている』(イースト・プレス)『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)などがある。最新刊は『生きづらさにまみれて』(晶文社)。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
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