身体から見つめる私たちのクリエイティビティ|サンダークリフさやかさんインタビュー|後編
<日常に埋もれた感覚を掬い上げる>をキーワードに、さまざまな領域で活動される方へのインタビュー企画。大人になると、いつのまにか「当たり前」として意識の水面下に沈んだ感覚たちを、一旦立ち止まり、ゆっくりと手のひらで掬い上げる試みです。第2回目は、ダンスアーティストであり教育者のサンダークリフさやかさんにお話を伺いました。企業や大学、小学校から幼稚園、保育園などで様々なクリエイティブプログラムやワークショップを実践し、ヨガ指導者の経験も持つさやかさん。クリエイティビティと身体の関係について探っていく後編です。
クリエイティビティと身体性
ーー前回はクリエイティブとは何か、そしてアート教育についてお話を伺いました。ダンスアーティスト、そしてヨガの指導者の経験から、クリエイティビティと身体の関係についてどのように考えていますか?
前回お話した「Learning by doing / being」も、身体なしでは語れないですよね。だから座って考えてないでやること、身体の中で見つけていくというのが、クリエイティビティのキーになるような気がしています。それがたまたまアートかもしれないし、ヨガや本を読むこと、あるいはお料理かもしれない。なんだったら歯磨きでもいい。
たとえばヨガだったら、いい先生に出会うと、綺麗にポーズをすることではなく、動きの中身を楽しんでいけるようになりますよね。「あぁなるほどね。こことここをこう使うから、この感覚になるんだ」というのが、やってみて初めてわかってくる。そこに自由が出てきたり、「今度はこういうふうにやってみたい」という気持ち、すなわちクリエイティビティが出てきたり。身体性は、色んなものをつないでくれると私は信じています。
それに子どもを見ていると一目瞭然で、「うーん…」って考えてないで「うぉー!」ってやりながら考えているし。笑 だから私も何か良いアイディアが出てこないかなと思って、歩きに行ったり踊ったりもします。身体で考えるということが一番好きです。
ーーいいですね、身体で考えるのが一番好き。
感覚的に自分の体感で考えているときはいろいろ上手くいくし、迷いがない。でも頭で考え始めると、だいたい失敗する(笑)。英語だと「gut feeling」という言葉があるけど、gutとは内臓のことです。「あなたの内臓はなんて言ってるんだい?」みたいなニュアンスで「What’s your gut feeling?」とも言いますが、私はこの言葉が好きです。
大人向けのオンラインクラスの中で、小さい頃の原風景を描いてみる時には、細胞の記憶という話をよくします。実際に「intercellular memory」という単語もありますね。私たちは脳みそで考えて、ここに情報が全てあると思い込んでいるけれど、この中だけに人の全部が入ってるとは思えなくて。骨も血も細胞もそういうもの全部を使って本当は考えてるはずなんです。
オンラインにおける身体性
ーーオンラインクラスでは、実際に会うことも、お互いに触れることもできないですよね。それでも身体性の共有はあり得るのでしょうか?
ここ2年ぐらいオンラインのクラスでいろいろなリサーチをやってきて、お互いのことを画面上でも感覚することができるというのが手応えとしてあります。私が教えている大学では、身体表現の授業を1年間オンラインで開催しなければならない年がありましたが、普段の教室以上に熱くやりました。笑 成果発表として学生たちが自宅で披露した作品も見事でした。
ーー身体表現とは、具体的にどのような内容ですか?
Laban Movement Analysis (ラバン身体表現理論)を元にした、動きの分析法を学ぶ内容です。私はこの専門家ではありませんが、ロンドンのダンスの大学で通年学んでいました。それによると、赤ちゃんが生まれたときから1歳〜1歳半ぐらいまでの間で歩き出すまでにできる、身体の中の6つのパターンがあります。その6つのパターンで身体のつながりを見るという学問です。それを学ぶことで、自分の身体やその使い方を再教育したり、あるいは人の動きが観察できるようにもなります。それはつまり、人とのコミュニケーションの道具にもなるということです。
ーー私もこの授業をさやかさんから受けた時、たとえば”胸を張っている人は堂々と見える”というのを、オードリーの春日さんを例にされていたのを思い出しました。笑 人に見せたいキャラクターを、身体を使って表現できると。逆に内面が、身体つきや踊り方にも自ずと表現されるということも。
それこそbeingですよね。beingを体現しているのが背骨だと思います。身体つきも、使い方もその人のあり方の表現だと思いませんか?ダンスでなくとも、普通に生きてるだけでその人の身体は表現で、実はみんな表現しながら歩いている。それは何時間も言葉を交わすよりも、すごくパワフルなものの見方です。
「わかる」と「わからない」
ーー表現は誰にとっても身近なはずなのに、アートとなると途端に「わからない」という声もあります。アートの持つわからなさについて、どのように考えますか?
たとえば大学生たちを見ていると、わからないことにものすごい恐怖心を持っていると感じます。それに、すでにある答えや形を探しているように見える時もあります。でも私は、わからないことって面白いと思うんです。私だって42年生きてるのに、わからないことの方が多い。それを昔なら、恥ずかしく感じたと思います。でも今は、この情報社会の中で全部がわかるなんて嘘だし、不可能だと思うんです。
先ほどの身体性の話に戻りますが、私にとって「わかる」と言っていいときは、身体でわかったときです。知識でしかわからないことは、「わかりません」と笑っていようと決めました。何と言われようと「わかりません」と。笑 何かわかったふりをして生きるほど、苦しいことはないですから。
それに、わかりたいと思うかどうかは、結局はその人にヒットするかどうかですよね?だからもう少し、本人の興味があるかどうかで測れるような社会になったらいいなとも思います。中高生と話していても、すごく進路に悩んでいるし、小学校1年生から受験のために塾に通っている子もいます。それは将来の安定を目指してということかもしれませんが。
ーー将来の安定ですか。
大人はよく子どもに「将来何になりたいの?」と聞きますよね。でもその時に「何かにならないといけないの?」と答えた男の子がいました。私はそれを聞いて、そういえば何て愚かな質問だろうと気がついて。それは、なんでその子のままでいけないのか?という問いでもあるわけですから。
それに、なぜ将来の夢が全て「職業」なの?とも思いました。たしかに私もずっと肩書きが欲しかったけれど、今は私が私であることによって提供できるもので貢献して、社会に入れればいいと思っています。
私の周りには主婦にパッションを感じている人もたくさんいて、専業主婦という貢献の仕方もありますよね。おうちにコミットするのはすごい仕事だし、それは家族に対して最高の貢献であり、子どもたちが安心して暮らせるということでもあると思います。
ーー働くことにはたくさんのバリエーションがありますよね。
私は運転が好きで、道路工事のときにいる交通整理の人たちを見るのが大好きなんです。あの人たちには、大きく分けて2パターンいるんです。1つ目は、ハイハイってつまらなさそうにやっている人。2つ目は、腕を大きく振り回していきいきとやっている人。
同じお給料と仕事を渡されているのに、2つ目の人はもうその動作で踊っているんですよね。そういう人を見た時に、最高にクリエイティブに生きてるなと思うんです。
ーー同じことでも、自分がその中に価値を置いていたり、愛でるような気持ちがあるかどうかということでしょうか。
アートが「わからない」と言われる話でも、結局は何かに価値を自分で見出す力があるかどうかだと思います。たとえばリンゴを見ても「これはリンゴだな」としか思わないのか「リンゴの中に宇宙があるな」と思うのか。それだけでも人生が全く変わってきますよね。
前編でもお話した私の祖父は、最期はがんでおうちで看取りました。亡くなる直前、寝たきりで現実との境がわからなくなる中でも、まるで聴衆がいるかのように講演会を始めたんです。祖父はその時、母に「この体験を苦しいものにしたくないんだ」と言っていました。
だから、もしかしたら講演会をイメージすることで痛みを乗り越えようとしたのかもしれないし、死んでいくという一つの体験も、面白がって亡くなったのかもしれない。その姿を見て、私もそういうふうにありたいと思いました。今のコロナだって、何か一つの体験を渡されたときに「これどうやろうかな?」とやってみることがクリエイティビティだと思います。
ーー今後の活動について教えてください。
最近では、海外の児童劇のアーティストたちとのワークショップから生まれた、対面型の新しいプログラムができました。すでにいくつかの幼稚園でもこれを採用していただき、2023年からは全国の幼稚園、保育園で展開をしていきたいと思っています。
あとは、アート教育を老若男女問わず、もっと日本に広げることが私の大きなミッションです。生活の中に当たり前にアートがある暮らし、アートをツールにして暮らすことができるということを知ってもらえるようになりたいです。
プロフィール:サンダークリフさやか
Creative Kids Academy/ Body Synergy Japan主宰、ダンスアーティスト
玉川大学芸術学部、幼稚部、東京家政大学 非常勤講師
イギリスのLaban Center Londonに留学し、学士号(BA Hons)、修士号(MA in Choreography)を取得。2001年より自身のダンスカンパニーSynapseの振付家、ダンサーとして活動。国内外で培ったダンスアーティストとしての経験を活かし、企業や大学、都内各地の保育園・幼稚園・小学校などで様々なクリエイティブプログラムやワークショップを実践。ロンドンで活躍する松本武士と共同でCreative Kids Academyを設立し、アートとグローバル教育を掛け合わせたプログラムを展開している。
Website:Creative Kids Academy
Instagram:Creative Kids Academy
AUTHOR
大河内千晶
1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。
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