【臨床心理士に聞く】ネット上の誹謗中傷対策「被害に遭ったときの心のケア」と周囲にできること

 【臨床心理士に聞く】ネット上の誹謗中傷対策「被害に遭ったときの心のケア」と周囲にできること
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絶えず起きているネット上の誹謗中傷やオンラインハラスメント。なぜ人は攻撃するのか、もし被害に遭ったときにどう心をケアすればいいのか、周囲には何ができるのかについて、臨床心理士・公認心理師の吉田美智子さんに話を伺いました。

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止まないインターネット上での誹謗中傷やオンラインハラスメント。総務省がネット上の誹謗中傷対策を強化したり(※1)、侮辱罪の厳罰化が検討されていたり(※2)という動きが見られるものの、誹謗中傷や悪質な嫌がらせは依然としてネット上で散見されます。

【参照】
※1:「ネット中傷対策強化 相談窓口と捜査を直結、官民連携も」(日本経済新聞)

※2:「ネット上の中傷対策、侮辱罪に懲役刑導入 法制審総会で諮問へ」(毎日新聞)

また「それくらいで傷つくならSNSをやめたほうがよい」など、誹謗中傷やオンラインハラスメントに遭った人をさらに傷つけたり、孤立させたりする言動も見られます。

ネット上での攻撃をする心理や「もし被害に遭った際にどう心をケアしたらいいのか」「周囲に誹謗中傷やオンラインハラスメントに遭った人がいたとき、どう接したらいいのか」について臨床心理士・公認心理師の吉田美智子さんに話を伺いました。

「怒り」そのものは悪いものではない

——ここ数年、ネット上での誹謗中傷・オンラインハラスメントが問題視されることが多いですが、なぜネット上での攻撃が激化しているのでしょうか。

一つは新型コロナウイルス感染症の流行によって、ストレスを抱えている人が増えていることが考えられます。しかし、別の要因として私が気になっているのは、世の中のトレンドとして「怒り」という感情に対し、「良くないこと」「コントロールすべきこと」というタブー視する価値観が支持を集めていることです。

確かに時や場所を選ばずに怒りを発散していたら人間関係や生活に支障が出るため、コントロールすること自体は間違いではありません。ですが、一時的に怒りをコントロールできても、怒りを消すことまでは難しいものです。

タブー視されることで処理するきっかけを失い、怒りの居場所がなくなり、陰で匿名で無関係な人に対し、強く当たることのできるSNSが怒りの居場所として機能してしまっている側面があると分析しています。同様にエッセンシャルワーカーへの理不尽な八つ当たりでしたり、通り魔的な暴力行為でしたり、本来の怒りとは関係のない人に不適切な形で怒りが向けられる現象も起きています。

「怒り」という感情そのものは悪いものではなく、自分を守る機能の一つでもあります。ですので、適切な場所で適切な方法で信頼関係のある相手との間で「これは嫌」「こうしてほしい」など、相手を攻撃しない形で自分の本当の感情を伝えられる「アサーション」のスキルを身につける方が、怒りを我慢するよりも有効ではないかと考えます。

——SNS上では「自分と意見が違う人」や「間違いと感じる発言や行為」を見つけたら、徹底的に攻撃する人が一定数います。一部の人たちのなかで「攻撃してもいいと思う対象」を見つけると暴走してしまう心理があるように感じるのですが、SNS上で他者を執拗に攻撃してしまうのは、どういった心理なのでしょうか。

怒りの放出が難しくなっているなかで、「正しさ」や「正義」を掲げて言葉をぶつけられる状況は「良いことをしながら怒りを発散できるチャンス」となっています。“間違った行為”をした相手だから「正しさ」をぶつけてもよい。そういった認識が度を越した攻撃に繋がっているのではないでしょうか。

誹謗中傷
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——SNS上では伝言ゲームのように嘘が拡散されていくことも少なくないですが、どのような原因があると考えられますか?また逆に自分が嘘を拡散してしまわないよう、どう気を付ければよいでしょうか。

元となる投稿(刺激)から個人的に人や出来事をイメージして反応する現象があり、これを「投影」と呼びます。例えばある投稿をきっかけに身近な、もしくは過去の誰かがイメージされ、投稿者ではなくその人についての感想やコメントが呟かれるというような流れです。投影自体は自然に起きますし、必ずしも悪い結果を生むとは限りません。しかし、批判的な投稿をする際には「それは本当に目の前の人が言っている内容か」は確認したほうがいいでしょう。

投影が攻撃に繋がってしまうのも、怒りをぶつけない形で相手に本音を伝えられておらず、日頃から不満を溜めているからです。ゆえに本来の怒りの対象と、視界に入ったものの共通項を見つけ、怒りが爆発してしまいます。

——文章を正しく読まない人や曲解をしてくる人と議論を交わすのは難しいでしょうか。

相手の文章をきちんと読む人もいますが、SNSというツールの性質上、さっと読んですぐにコメントする人もいます。こちらの言いたい内容を正しく理解する意欲が、相手にどれだけあるのかも不明ですし、「的外れな意見を言ってはいけない」というルールも存在しないため、難しいと思います。

——「ただ怒りを発散したい人」から攻撃された場合は、どのように対処するのが最善でしょうか。

言いがかりをつけてくる人は当たり屋のようなものですので、基本的にはブロックしたり離れたりすることを勧めています。SNS上で他者を攻撃して楽しんでいる人や、投影によって攻撃行動に至っている人が「攻撃したくなっている自分」に気が付き、改善することはあまり期待できません。

——自分の怒りに向き合った結果、他者からの傷つく言動が原因でしたら相手に「やめてほしい」と伝える解決方法があると思いますが、嫉妬やコンプレックスなど自分の内面から生じるものが原因であった場合、どう向き合えばよろしいでしょうか。

簡単に言うと「自己肯定感を育む」ことです。自分を育てるイメージで、自分を否定せず認める必要があります。「心の狭い自分でも頑張っているし良しとしよう」というように、ダメな部分がある自分でも、OKできる心が育めていれば良いですが、できていなければ自分を責めて苦しんだり、相手に怒りの矛先が向いたりしてしまいます。

具体的には自分をねぎらう習慣を意識してみてください。大成功した日でなくても、「頑張った自分」をねぎらえるかがポイントです。自己責任の失敗をしてしまい穴に入りたい日でも、以前と同じ失敗をしてしまっても、「自分なりに最善の選択をした結果こうなった」「悪意があってやったわけではない」と捉え、自分に「頑張ったね」「お疲れさま」と言えるか。そういう声かけが自分にできるようになると、毎回自分を否定しなくなります。

小さく自分にご褒美を与えるのも方法です。マッサージをする、お風呂にゆっくり入る、運動する、好きな音楽を聴くなど、自分が心地良く感じられるような「自分メンテナンス」の方法をいくつか持つことをオススメします。

ただこれらは簡単なようで難しい部分もあります。自己否定の強い方でしたら、カウンセリングを通じて時間をかけて行っていくものです。心が元気な方でしたら実践してみた結果、できる方もいますが、基本的には一朝一夕でできるようになるものではないので、すぐにできなくても落ち込まないでください。

「これくらいの悩みで」と思わないで

——誹謗中傷やオンラインハラスメントの被害に遭って傷ついているとき、どう心をケアすればよろしいでしょうか。

SNSに限らず、不当に攻撃されたり、理不尽な体験をしたりすると心に傷がつきます。怪我に例えると、包丁で指を切ってしまったら血が出ますし、痛いですしショックですよね。患部を消毒し、傷口を塞ぐように手当をしても暫くは痛みを感じますが、次第に傷は塞がり、痛みも和らぎ、癒えていきます。心も同じで最中にいるときに痛いのは当然でして、徐々に回復のプロセスを経ます。

ただし、注意が必要な場合もあり、以下のケースでは医療機関や専門機関への相談が望ましいです。

①心の痛みが強くて眠れない、食事がとれない、涙が止まらない、呼吸が苦しい、というような自然回復をイメージできない場合

②最初のうちスムーズに回復していたと思っていたものの、1か月以上経ってからも、ふとしたときに急に思い出し動悸がする、呼吸が乱れる、涙が流れる、などの強い反応が生じるとき

③元々大きなストレスや不適応・心の病などがある場合、SNSでの被害に遭ったことで、“健康な人”よりもその衝撃が大きく、深く体験されたり、コンディションが更に悪化してしまったりすることも。このような場合は、SNSでの被害体験のケアを入り口に、もともとのつらさなどにもケアをしていく必要が出てくる場合も。

なお、医療機関では薬を処方し、不眠や不安を和らげるといった治療をし、専門の相談機関ではカウンセリングなどを通じてショックを和らげ、健康な自分を取り戻していくイメージです。

——医療機関はやはり精神科や心療内科に行くのが望ましいのでしょうか。

精神科や心療内科へ行くハードルや、見つかってもすぐに予約を取れない場合もあるので、一先ずかかりつけの内科へ行き、睡眠や食欲など体の不調だけ相談するのも一つの方法です。

——相談相手は国家資格である公認心理師や、厳格な資格である臨床心理士の資格のある人を選んだほうがいいのでしょうか。

傷つき体験があったとき、第一の選択は身近にいる信頼できる人でかまわないと私は思っています。身近な人に温かく接してもらったり、話を聞いてもらったりするだけで十分なときもありますよね。「プロが対応しないと危ない」と思う状態の方もいらっしゃるのですが、それを自分で判断したり、資格のない周囲の方が見極めたりするのは難しいことです。

相談先として身近な未資格者から資格のある専門家まで多数の選択肢がありますが、費用の問題や相談先を調べる労力、カウンセリングへ行くこと自体のハードルもあるため、必ずしも公認心理師や臨床心理士のところへ辿り着けないのはやむを得なく、そのことについて相談者が責められることではないと考えています。

——私自身がカウンセリングに行き始めたときは、臨床心理士の中から相談先を選びましたが、一人目は合わなくて変えました。厳格な資格を持っているからといって、必ずしも「この人で大丈夫」と言えないのは難しいですよね。

そうですね。内科や歯医者なども相性が合わないことがあるように、カウンセリングは特に心の問題ですし、相性が合わないことはあると思います。ですので、合わないなと思ったら、あまり難しく考えず、替えてもらえればいいと思います。

——依然として「カウンセリングへ行くこと」の心理的なハードルの高さを感じます。 

ものすごくつらい思いをしているにもかかわらず、「世の中にはもっと苦しんでいる人がいるから、自分くらいの悩みで相談に行ってはいけない」と思っている方もいらっしゃいますが、もっと気軽にカウンセリングに来ていただきたいです。身近な人に話してもスッキリしなかったり、逆に身近な人だからこそ話せないことがあったりしたら、プロに相談してみてください。

今の大人の多くは、カウンセリングへのハードルを高く感じている方が多いと思うのですが、スクールカウンセラーに相談した経験のある世代が大人になってきています。「ちょっとしたことでスクールカウンセラーに話しに行ったな」「話して聴いてもらったらスッキリして行かなくなったな」そんな経験がある人が大人になり、社会的にカウンセリングのハードルに変化が生じることに期待しています。

カウンセリング
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「相手がどうしたいか」を尊重する

——誹謗中傷やオンラインハラスメントで傷ついた人が近くにいるときの、周囲の望ましい対応を教えていただけますか。

被害に遭った直後はイメージとして傷ついて流血しているようなイメージです。ですので、周囲はその人が不当な体験をしてショック・痛みを感じていることを理解し、「ここでは攻撃されることはない」と安心・安全を取り戻せるように関わるようにしてください。

具体的な声かけとしては「いつでも話を聴くからね」「話を聴いてほしかったら声をかけてね」「私はあなたの味方だよ」といったものがあります。それと同時に相手が「どうして欲しいか」を大切にしてください。人によってすぐに話を聴いてほしい人も、放っておいてほしい人もおり、「してほしいこと」は人によって異なることを覚えておいてほしいです。

——身近な人であればあるほど「何とかしてあげたい」という気持ちも出てきてしまうと思うのですが、接し方で気を付けたほうがいいことはありますか。

「~すればよかったのに」「~すれば楽になるよ」などのアドバイスは控えましょう。「あなたにも悪いところがあったのでは(「だから次は改善して頑張ればよい」という激励のつもりでも)」は傷口に塩を塗り込む行為なので控えてください。

話を聴く際には、とにかく聴くことに徹しましょう。私が逆の立場だったらしてほしいことと、目の前にいる相手がしてほしいことは違います。あくまで相手の意思を尊重し、相手がどうしてほしいかを優先してください。

心の傷
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【プロフィール】
吉田美智子(よしだ・みちこ)

臨床心理士・公認心理師。外資企業勤務後、心理臨床の道を志す。臨床心理士の資格取得後は、東京都・神奈川県・埼玉県スクールカウンセラー、教育センター相談員などを経て、2016年はこにわサロン東京を開室。主な技法はユング心理学に基づいたカウンセリング、箱庭療法、絵画療法、夢分析。所属学会:日本臨床心理士会/箱庭療法学会

はこにわサロン東京HP:https://hakoniwasalon.com/

――――――

※筆者(インタビュー聞き手)は「攻撃をする側が行為を止めるべき」という考えですが、ネットが私たちの生活に欠かせないツールとなっている以上、傷つく経験をした際のケアの方法も知っておく必要があること、人が傷つく姿を見ても攻撃を止めない人たちがいる以上、被害に遭った人を孤立させないことも重要と考えているため、「自衛が最善の手段」とは考えていませんが、誹謗中傷やオンラインハラスメントをされた側のケアについてもお伺いしました。

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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