それ、ホントに筋力不足?【格闘技ドクターが解説】パフォーマンスが変わる「呼吸の使い方」とは

 それ、ホントに筋力不足?【格闘技ドクターが解説】パフォーマンスが変わる「呼吸の使い方」とは
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キーマッスル、腹横筋

では、なぜこのようになるのでしょうか?ここで登場するのが「腹横筋(ふくおうきん)」です。私たちのお腹にある腹筋群の最下層には「腹横筋」という筋肉が存在します。いわゆるシックスパックで有名な腹直筋をとり外し、側面にある外腹斜筋、内腹斜筋も外すと、まるでコルセットのように腹部周囲を取り巻く筋群が出てきます。これが腹横筋です。

腹横筋
腹筋群
/イラストAC

腹横筋は「呼吸」および「腰椎の安定化」に寄与していると言われています。「腰椎の安定化」とはあまり聞きなれない言葉かも知れませんが、腹横筋が収縮すると、お腹が引っ込み、腰椎周囲の圧力が高まります。つまり「息をはいて、お腹を引っ込める」と天然のコルセットがギュッと収縮して体幹が安定するというわけです。

海外のある理学療法士が、被験者の全身に筋電図を装着して、大きな筋力を発揮する実験を行ったところ、上肢や下肢が大きな筋力を発揮する直前に、腹横筋が先行して収縮することがわかりました。この研究結果から、私たち人間は全身で大きな筋力を発揮する際、先んじて腹横筋を収縮させて腰椎周囲の圧を高め、安定化させてからそれを行うことが示唆されたのです。ボールを投げる時、バーベルを上げる時、ジャンプする時、相手を投げる時…どれも大きな筋力を発揮する場面ですが、腹横筋が収縮して腰を守ってくれているのです。そして腰椎周囲の圧が高まって安定化するということは、上半身と下半身が運動的にリンクするということになります。「下半身で生み出された力を上半身に伝える」あるいは「上半身の動きで下半身をリードする」といった場面において、(1)無駄なロスなく効率的に、さらに(2)腰を損傷から守りながら 施行できる、というわけですね。

呼吸とパフォーマンスと腰痛予防

次に、息をすってお腹を膨らませて撮影したレントゲン(A)と、息をはいてお腹を引っ込めて撮影したレントゲン(B)をご紹介します。

レントゲン
左から:息をすってお腹を膨らませて撮影したレントゲン(A)と、息をはいてお腹を引っ込めて撮影したレントゲン(B)
写真:『格闘技医学 第2版』(秀和シムテム)より

これは側面から撮影したものですが、Bの方は腹部にある内臓が背中側(腰椎側)に縦長に寄っていることがわかると思います。例えば「脚を上げる動き」をするとき、腹部の前側に内臓があると、物理的に邪魔になって脚が上がりにくくなるわけですか、脚を上げる時に「息をはきながらお腹を引っ込める」と「内臓が運動を邪魔しにくい状態」がつくれるというわけです。画像はあくまで、静止した状態で私が被験者となって撮影したものですので、実際の動きの中でどうなるか、を証明するには不十分ではありますが、「呼吸」「腹横筋の収縮」「パフォーマンス」が関連していると考えると、向上や改善の可能性も拡大するように思います。

実際、臨床の現場やスポーツの現場において、筋力が十分に発揮できない実践者で、呼吸が上手く機能していない場合、私は「お腹を引っ込めながら息をはく練習」を伝えるようにしています。これができるようになったら、次にスポーツの動きと組み合わせます。お腹を引っ込めながら息をはきつつ、パンチを打つ、キックを蹴る、ボールを投げる、決めのポーズを行うなど、呼吸と筋力発揮のタイミングを合わせていくのです。

また同様に、腰を痛めやすいスポーツ実践者にも、腹横筋の収縮も指導するようにしています。基礎疾患や他腰痛の原因疾患が全くない場合で、スポーツの動きで腰を痛めるのは、主に「腰の一部に極端に負荷が集中する」ことが原因の場合が多いのですが、これに付随して、腹横筋の収縮が弱く、スポーツ動作時における天然のコルセットが機能していない場合があるからです。

あるスポーツ医学の研究では、腰痛のある選手と、腰痛知らずの選手、2つの群にわけて実験を行ったところ、腰痛のある群では腰椎周囲の多裂筋群(たれつきんぐん)の萎縮や収縮力低下が見られた、との報告がありました。多裂筋群は、腹横筋の拮抗筋群、すなわち「対となる筋群」なのですが、腹横筋の収縮が弱くなり、多裂筋群の収縮力も落ちていった可能性が考えられる、との報告でした。腰痛を抱えがちな実践者の方々は、まずは医療機関での原因究明が第一義ですが、その結果スポーツ動作が問題である場合は、腹横筋の収縮力を上げる目的で「腹横筋を収縮させる呼吸」にトライしてみてはいかがでしょうか?また普段からの予防においても、「呼吸や発声で腰を守る」というのはコストもかからず、いつでもどこでも(小言を浴びている時も、クレームを聞き流す時も!?)できるトレーニングなのです。息をはいている間は、生理的に心拍数も下降しますから、心臓への負荷も減り、気持ちも落ち着きやすくなるので、一石数鳥かも知れませんね。

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取材/北林あい

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二重作拓也

二重作拓也

挌闘技ドクター/スポーツドクター リハビリテーション科医師  格闘技医学会代表 スポーツ安全指導推進機構代表 「ほぼ日の學校」講師。 1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。 8歳より空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南支部大会優勝、県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。 専門誌『Fight&Life』では12年以上連載を継続、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。 またスポーツの現場の安全性向上のため、ドクター、各医療従事者、弁護士、指導者、教育者らと連携し、スポーツ指導に必要な医学知識を発信。競技や職種のジャンルを超えた情報共有が進んでいる。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Words Of Prince Deluxe Edition(英語版)』など著作多数。



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