彼氏ができたらヨガへの興味が薄れた。これって依存先が変わっただけ?

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彼氏ができたらヨガへの興味が薄れた。これって依存先が変わっただけ?

yasushi
yasushi
2018-04-08

ニューヨーク在住のヨガ講師yasushi先生が、編集部に寄せられたヨガ的お悩みにアドバイス。今回は「恋人ができてからというもの、それまで日課にしていたヨガや瞑想への興味が薄れた気がする…」と動揺するヨギからのお悩みに答えます。

恋をしていると眼に映るものすべてが輝き、自身が生きているという実感が湧いて、人生そのものに積極的になれる……。恋愛(とその感情)は人間に与えられた恩恵ですね。ワクワクする気持ちがスパイスの様に働くのか生活やその中の優先順位にも変化をもたらすようですね。この質問を受けた時はピンとこなかったものの、常に変わりゆく人生の中ではよくあることなのだと頷きました。
それまで日課にしていたヨガや瞑想に興味がなくなったとはいえ、その根本的な意味や大切さまでには直接的な影響を及ぼしてはいないのでは? 心の冷静さはそのままでも、明らかに新しいエネルギーが宿っているのでしょう。人生における自分以外の登場人物や事象で、自分を取り囲む環境が変化することもあります。自分で培った習慣すらも影響を受けるのでしょう。人生とは一時的な継続が変化し続けることの繰り返しなのかもしれません。
ヨガとは自己探求の哲学という表現ができます。私たちは不思議な縁と自由意思でその道に辿り着いた「ヨガの生徒」です。一方、自己の探求は私たちが位置付ける「ヨガ」でしかなし得ないのでしょうか。
ヨガでいう所の「自己の探求」もしくは「真我との一体化」とは―心と共に芸術に携わることや偉大なるものに仕えること、理知を刺激すべく学門的に何かを探求すること、体躯の限界に挑むスポーツ等への没頭や、人の為に深くかかわること―なども似た方向にあると感じます。それぞれにバクティヨガ、ニャーナヨガ、カルマヨガの要素があると思いませんか?環境の変化でヨガへの道(サーダナ)にも変化があるのかもしれません。自分自身が本能的な感覚や機能としての体や不安定な心のなすがままになり、自分の外へと引っ張り続けられなければ、実生活もヨガへの道になるでしょう。恋をしながらその道に帰ってくることも可能でしょう。色々な経験で輝きを増し続ける「自己(真我)」を対象とすれば、やがて自分に相応しいサーダナを見つけることでしょう。サーダナを選ぶ権利もまた、人間に与えられた恩恵なのです。あなたは自分の変化に気付いていますね。何故それを選び、または選ばないのか、を折に触れて熟考するのは意味あることです。心配することなかれ! 少々の環境や景色の変化があってもやがては自己への散歩(サーダナ)を続けることでしょう。時には鼻歌を歌いスキップしながら。これでいいのだ!

yoga Journal日本版Vol.33掲載

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