【筋肉の豆知識】理学療法士が解説「人体で最もいらない筋肉って?」不要な筋肉の役割と活用法
長掌筋は何の役に立つのか?
さてそんな長掌筋は、一体何の役に立つのでしょうか?
実は長掌筋は、取り除いてもほぼ影響がないことから「移植腱」として用いられることが多いのです。リウマチの人の指の腱や、肩の再建で移植されるなど使われ方は様々ですが、この長掌筋腱を移植して損傷した腱や靭帯を補強することができるのです。中でも長掌筋腱の再建術で有名なのが、「トミー・ジョン手術」です。これは肘の靭帯断裂に対する手術で、野球の投手が受けることの多い手術です。
日本人選手では、桑田真澄選手、松坂大輔選手、ダルビッシュ有選手、大谷翔平選手なども受けている手術で、ほかにも数多くのメジャーリーガーが同様の手術を受けています。
それまでは肘を痛めてしまって引退する選手が多かった中、この手術のお陰で第一線に復帰することができるようになったことが、この手術の素晴らしいところです。
近年、少年野球や高校野球、メジャーリーグでも投球数の制限について喚起されるようになったのは、肩や肘の故障を防ぐためというのは周知のことかと思います。
私も野球で痛めた10代20代の患者さんの肩や肘のリハビリに今まで何度か携わらせてもらいました。リハビリである程度の改善は見込めますが、やはり何より故障しないことと予防が大切です。そのためには投球数の制限、正しい投球フォームの習得、全身のコンディショニングがとても重要だと思っています。
まとめ
人体で最もいらない筋肉、私が答えるとしたら「長掌筋」です。ただし、無くてもいい筋肉だからこそ、靭帯再建や腱の移植に有効に利用することのできる、かけがえのない筋肉ともいえます。
全身に600個存在する筋肉、その一つ一つが私達の身体を構成してくれている神秘と、トミー・ジョン手術のような医療技術の進歩、その背景にある医療従事者の臨床と研究への努力には、本当に頭が下がる思いです。
参考:
町田志樹「町田志樹の聴いて覚える起始停止」三輪書店,1019
坂井建雄「筋肉のしくみ・はたらきゆるっと事典」長岡書店,2018
町田志樹「PT・OTビジュアルテキスト専門基礎 解剖学」羊土社,2018
AUTHOR
堀川ゆき
理学療法士。ヨガ・ピラティス講師。抗加齢指導士。2006年に渡米し全米ヨガアライアンス200を取得。その後ヨガの枠をこえた健康や予防医療に関心を持ち、理学療法士資格を取得。スポーツ整形外科クリニックでの勤務を経て、現在大学病院にて慢性疼痛に対するリハビリに従事する。ポールスターピラティスマットコース修了。慶應義塾大学大学院医学部博士課程退学。公認心理師と保育士の資格も持つ二児の母。
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