視覚と運動の話|理学療法士がヨギに知ってほしい体のこと
理学療法士として活躍する得原藍さんが、ヨギに知ってほしい「体にまつわる知識」を伝える連載。第七回目となる今回は「視覚と運動の関係性の話」。
視覚は、状況を捉えるための感覚の一つ
その場で足踏みをしてみましょう。床面が安定していて、風もなく、気になる障害物もなければ、その場での足踏みは容易でしょう。では、目を閉じるとどうですか。環境による問題がなくても、急に難しくなると思います。人によっては、長い時間目を閉じて立っていることも難しいでしょう。なぜでしょうか。
人は常に、外の環境に対して自分の身体をどう置くか、という戦略を立て、実行しています。地面が柔らかい泥であればそれに合わせて、揺れる飛行機の中であればその中でバランスを取り、もしも何かぶつかってくるものがあればその衝撃に耐えるように身体をコントロールしています。視覚は、そんな環境の「状況」を捉えるための大切な感覚です。
人間の眼で捉えられる世界は、両目を開けて直立した場合、左右に約120度、上下にそれぞれ60度から70度と言われています。さらにその中で、眼球の運動を留めて焦点を絞ったり、動く物体に対して眼球を運動させたり、眼球そのものを動かす外眼筋と、ピントと明るさを調節する内眼筋の細かいコントロールで『いま自分が置かれている状況』を精緻に把握しています。(外眼筋は、内直筋、外直筋、上直筋 、下直筋 、上斜筋、下斜筋の総称。内眼筋は、毛様体筋、虹彩筋(瞳孔括約筋と瞳孔散大筋)の総称。)
視覚と密接に連携する前庭覚とは?
内眼筋はほぼ不随意にコントロールされているのであまり意識に上ることはありませんが、外眼筋は、ヨギのみなさんも、動作の最中で視野や視点を動かしたりする際に意識して動かしていることがあるかもしれません。子どもの頃『寄り目』の練習をしたりして外眼筋の運動学習を経験したこともあるでしょう。
実はこの外眼筋のコントロールは、冒頭述べたような『姿勢の静的・動的バランスを取る』ための必須の能力なのですが、この働きと切っても切れない関係にある感覚が身体にはあります。それが、前庭覚と体性感覚です。
この連載の次回のテーマとしてお話する前庭覚は、特に視覚と密接に連携しています。今回はひとつ、その連携について体験できる簡単な実験をご紹介して締め括ろうと思います。(普段からめまいやふらつきなどの症状がある方は実施しないでください。気分が悪くなる可能性があります。)
座面を回転させることのできる椅子に座ってください。そして、安全を確保しつつ、どなたかにあなたが座っている椅子を回してもらってください。20秒に10回転くらいの速さで回します。10回転したら止めてもらい、眼球を観察してもらいましょう。
すると、椅子はすでに止まっていて視野は安定しているのに、眼球が揺れていることがわかります。頭部の角度を変えて、例えば首を傾げたまま同じ実験を行うと、この眼球の揺れの角度も変わります。そのとき、外から観察した眼球だけでなく、自分自信の視界としても、まるで世界が回転しているようにぐるぐると回っているようにみえるのではないでしょうか。
わたしたちが日々、外部の環境を知るために活用している視覚も、この実験のように、身体の動きに大きな影響を受けています。実験では、もうすでに身体は止まっているのに眼球は運動を続け、主観的には世界は回り続けていました。これは、脳がまだ運動が続いていると判断して眼球を動かし続けている、ということに他なりません。つまり、実際の運動と眼球運動にズレが生まれていることになります。不思議ですね。
次回はこの不思議の回答となる『前庭覚』を掘り下げてみたいと思います。
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