「だわ」「かしら」小学生のハーマイオニーが「女ことば」を使うのはナゼ?

 「だわ」「かしら」小学生のハーマイオニーが「女ことば」を使うのはナゼ?
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エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。

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翻訳小説や洋画の吹き替えなどで、女性キャラクターが「女ことば」を使うことは珍しくない。なぜ、翻訳小説や洋画の女性キャラクターのセリフは、現実で使われる以上に「女らしい」のだろうか?

今回は、『翻訳をジェンダーする』(古川弘子著/ちくまプリー新書)を参考に、翻訳小説でなぜ「女らしい」言葉が使われるのか、およびその弊害について考えていく。

小学生女児らしくない話し方をするハーマイオニー(ハリーポッター)

翻訳小説の中にいる女性は、現実世界に存在する女性と比べて、過度に「女らしい」話し方をしている。それは、少女も同様だ。

ハリーポッターのメインキャラクターである少女(初登場は11歳)ハーマイオニーのセリフを確認してみると、現実の小学生とは異なった話し方をしているのがわかる。

例えば、原文ではOh are you doing magic? Let’s see it, then.というセリフが、日本語の小説では、「あら、魔法をかけるの? それじゃ、見せてもらうわ」と翻訳されている。

現実の小学生で「あら」「だわ」という話し方をしている女児は稀だが、翻訳小説においては、違和感なく読める読者も少なくないだろう。翻訳小説の中の少女、女性は、大抵現実以上に「女らしい」話し方をしていることが常識化しているため、違和感を覚えない読者も多いのだ。

現実の女性の会話と、翻訳小説の女性の会話の「女らしさ」の乖離

2010年代の調査によると、「とても女らしい文末詞」(わね、わよ、だわ、かしら、等)と「まあまあ女らしい文末詞」(の、でしょ、等)を使用した割合は、翻訳小説の女性キャラのセリフでは約42%〜46%程度見られた。

一方、現実の女性の場合、18歳〜23歳で14%、27歳〜34歳で24%の使用率だった。実に、倍以上の割合で、翻訳小説内では「女ことば」が使われていることがわかる。

また、「とても男らしい文末詞」(ぞ、ぜ、行けよ、などの命令形、すげえ、知らねえ、等)と「まあまあ男らしい文末詞」(だ、だよ、なんだ、なんだよね、等)の使用率に関しては、翻訳小説の女性キャラでは、約2%以下しか使われていなかった一方、実際の女性の会話では、約14%〜29%使われていた。

つまり、現実の女性は、日常生活の中で友達と話をする時、「男らしい文末詞」を使うにもかかわらず、翻訳小説内の女性キャラは、「男らしい文末詞」をほとんど使っていないことになる。

以上のことから、翻訳小説内のキャラクターは、現実以上に「女らしく」話していることがわかる。

「女ことば」が使われ始めたのは明治

ところでなぜ、日本に「女ことば」が生まれたのだろうか? 「女ことば」が発明されたのは、明治時代のことだ。

明治時代、当時の日本では、中央集権化と工業化を進め、国力を高めるため、男女の役割分担強化が進められていた。男性は外で働き、女性は家事や育児・介護などの再生産無償労働を行うことが求められたのだ。「恋愛」「家族愛」という言葉が日本で使われるようになったのも明治時代であることも、注目すべきだろう。

女性は「女らしく」あるべきで、「愛」ゆえに家族の世話を無償で行うのが「女の幸せ」だというイデオロギーが国力強化のために流布されたのだ。

女子の義務教育は、「女らしく」話し、振る舞い、国力強化のために働く男性を支え、子供を産み、育てるために行われた。良妻賢母こそが理想とされたのもこの頃だ。

女性は「女らしい、女ことば」を使うべきであるというイデオロギーが広まり、女性もこのイデオロギーを内面化した結果、「女ことば」は現実に広まり、また翻訳小説でも使われることになった。

なぜ現実以上の「女らしい」言葉遣いで翻訳するのか

現在、翻訳小説の女性キャラは、現実以上に「女ことば」を多用している。

この背景については、「理想的だとされる女らしい言葉づかいをすることこそが、こなれた日本語訳である」とみなされてきたことが関係しているという。また、男性翻訳者は、女性翻訳者以上に、「女らしい文末詞」を使うことも調査から明らかになっている。

男女の言葉遣いについて、「違いがない方がよい」「(言葉が変わっていくのは)時代の流れでありやむをえない」「違いがある方がよい」の中から一つを選ぶアンケート調査では、男性の方が女性よりも、また、年齢が上がれば上がるほど「違いがある方がよい」を選ぶ人が増えるという。

高齢の男性の中には、「男女で話し方が変わる方がいい」、つまり、女性は女らしく、女ことばを使うべきだと考えている人が一定程度(60代男性では52%)存在している。そういった考えを持つ人が翻訳をしたり、読者層だったりした場合、現実よりも「女ことば」を使う女性キャラクターが増えるのは必然だろう。

「女ことば」の常用は女性キャラクターの個性や、キャラ同士の関係性を消す

問題は、翻訳小説の場合、原文の時点の女性キャラクターは、「女ことば」を話すようなキャラなのか、ということだ。

翻訳小説の女性キャラクターの大半に「女ことば」を当てはめることで、それぞれの実際のキャラクター、話し方を消してしまっている可能性がある。

古川は、「翻訳の中で女性が使う女ことばを減らし、登場人物に合わせた言葉づかいにすることで、個性を尊重できるのではないか」と提案している。

現実にいる女性も、Aさんと話をする時は「女らしい文末詞」を使っているけれど、Bさんと話をする時は「男らしい文末詞」を使う、など話し方が相手はシチュエーションによって変わることがある。翻訳小説内で女性キャラの文末詞を誰と話す時でも同じにしてしまうのは、キャラクターの個性を消し、キャラ同士の関係性を描ききれないことにも繋がる恐れがあるだろう。

さいごに。女性キャラを「女」という役割に押し込めない書き手の増加を望む

翻訳小説だけではなく、アニメなどでも「女ことば」は現実以上に使われる。実写ドラマでもその傾向はある。

一方、「カルテット」「怪物」などで知られる脚本家の坂元裕二はインタビュー記事にて、若い世代の会話においては現実では男女で話し方に差がないため、脚本でも意識して性差を感じさせないセリフを書くようにしている、と発言している。

女性を単に「女性」という役割に押し込めず、個性を書こうとする場合、自ずと「女ことば」一辺倒にはならないはずだ。実態のない「女」ではなく、一人ひとりの個性を描けるクリエイターが今後増えていけば、フィクション内での「女ことば」の使用割合も、少しずつ現実に近づいていくのかもしれない。

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AUTHOR

原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



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