更年期・ジェンダー……人生の中盤戦で知っておきたい「性」の話『50歳からの性教育』【レビュー】

 『50歳からの性教育』(河出新書)
『50歳からの性教育』(河出新書)

数年前から「性教育」が注目される機会は増えていますが、基本的には子どもに向けたもの。とはいえ、今の大人たちも性教育を十分に受けられた人の方が少ないと思います。『50歳からの性教育』(河出新書)では、更年期・セックス・パートナーシップ・性的指向と性自認・性暴力について、それぞれの専門家が50歳以降の人生で大切になってくることを綴っています。「50歳から」とありますが、もっと若い世代が読んでも気づきや発見がありました。

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50歳から性を学ぶことの意味

「性教育」と聞くと、生殖や性感染症に関すること、加えて「子どもが学ぶもの」というイメージを持っている人は少なくないと思います。実際には、性教育で取り扱う内容はもっと広く、かつ今の大人が十分に性教育を受けられたかというと、自信を持って「はい!」と言える人は少ないのではないでしょうか。

『50歳からの性教育』(河出新書)で取り扱っているテーマは、更年期・セックス・パートナーシップ・性的指向と性自認・性暴力・ジェンダーと幅広い。本書は性教育研究者の村瀬幸浩先生を校長とし、それぞれのテーマの専門家が講師として章ごとに展開しています。

そもそもなぜ「性」を学ぶ必要があるのでしょうか。村瀬先生は現在までに出せているひとつの結論として<人と人がかかわって生きていくうえで、性について知ることは不可欠である>と記しています。

<性は一人ひとりの生き方の根幹に備わっているものです。私たちは誰もが人とのかかわりのなかで生きていきますから、相手の根幹、つまり相手の性を知り、尊重しないことには関係を築けないのです>

<道には必ず、何かしらの石があるものです。それが見えていれば、避けて通ることができます。それなのに性について学ぶ機会がないと、石の存在自体を認識できません。それにぶつかって自分が傷つく、自信がなくなる、相手との関係がうまくいかない……。私はこれが残念でならないのです>

私は今30代ですが、きちんと性教育を学び始めたのは20代の終わり頃。本書で書かれている内容は、10年前にはほとんど知らなかったり、考えたこともなかったりして、失敗・傷つきの経験をしてきました。

「もっと早く性教育に出会いたかった」と思うものの、「遅かった」とは感じなかったですし、30歳からでも、物の見方や考え方、人との付き合い方を変えることができて、それまで言語化できていなかったモヤモヤしたものが、薄まっていくような感覚がありました。本書のタイトルには「50歳からの」とありますが、50歳より若い人が読んでも学べることが多々あります。

「更年期」について

本書の中で、初めて知ったことが一番多かったのは更年期についてです。本書にも、更年期とは閉経の前後5年間の計10年間を指すこと、日本人女性の閉経の平均年齢が50歳と書かれているように、まだ自分ごととしてとらえていなかった部分は大きいです。

ただ、自分が更年期を迎えるのはもう少し先でも、知っておいてよかった知識が詰まっていました。自分の備えになりますし、周囲にいる更年期世代の方とのコミュニケーションが変わってくると感じたからです。

たとえば「更年期離職」について。40~50代の女性で約46万人、男性で約11万人もいるという試算があるそうです。また、更年期症状で3割以上の収入減となった人は女性が8.6%、男性は10.8%。更年期の症状によって、今までどおりに仕事ができなくなったり、症状が重い場合は離職している人もいるということは知っていたものの、数字として見ると衝撃が大きいです。

深刻な問題である一方で、更年期の女性に対し「怒りっぽいオバサン」とネガティブなイメージが植え付けられてきたことも指摘されています。なお、イライラしやすくなったり怒りっぽくなったりするのは、男性更年期でも見られるとのこと。

怒りをあらわにする中年女性に対して「更年期」と揶揄する場面は、最近では見かけなくなったように思いますが、一昔前では珍しい光景でもなかったような記憶です。

本章担当の産婦人科医・髙橋怜奈先生は<人の健康状態をからかったり笑ったりするのは適切な態度ではありません。そうすることで、誰かの治療を妨げるかもしれないという想像力は持っていて然るべきでしょう>とおっしゃっています。

正直、私自身もかつて、更年期のことを知らないのに、からかう空気を疑いもせずに、一緒に笑ってしまったこともあり、今では反省しています。もし今でも「ネタ」だと思っている人に出会ったときには、「私も前は知らなかったのですが、笑うようなことではないんですよ」ということを丁寧に伝えられたらと思います。

家族の間にもある「境界線」

ジェンダーに関する章では、村瀬先生と、日本のフェミニズムの第一人者である田嶋陽子先生との対談が行われています。印象的だったのは、<家族にも越えてはいけない境界線がある>という節での次のやり取り。

<村瀬 親子でも夫婦でも、基本的には「他者」であるという前提は、忘れてはならないのですが、日本ではそこが曖昧になりやすいと感じます。これにも性教育が関係していて、世界で行なわれている性教育では、小学校に入る前から「バウンダリー」について教えます。自分と他者のあいだにある境界線のことで、身体に触れる、触れないといった物理的なことだけでなく、精神的なことも含みます。相手の同意を得ずバウンダリーを越えてはいけないんです>

そして、村瀬先生自身のある体験談をお話ししたうえで、

<親子であろうが一緒に住んでいようが、他者は他者なんだと。それを前提として、お互いにとってどうしたら生きやすいかのルール作りを本気でしていかなくてはいけない。これが人間関係を築くうえでの基本なんです>

と続けます。これを受けて田嶋先生は、次のようにおっしゃっています。

<本当にそう。親だから、子だからといってその関係に手抜きは禁物ですね。「愛があるから」というのは、とても危険な考え。それは自分のエゴなんだって気づかないといけない>

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私は家族にされたことを「嫌だ」と意思表示をすると「なんで家族なのに嫌なの?」と責められてきました。「あなたのため」と言いながらの支配的な言動も苦しかった。家族関係のつらさの根幹には、バウンダリーの問題があったのです。

家族の言動がつらいことを伝えた時期もありましたが、受け取ってもらえず、現在は、かなり疎遠な関係になっています。ただ、家族のことを諦める前であったなら、本書を読んでほしかったとも思いました。

後々、家庭内で自分がされたバウンダリーを侵害した振る舞いを、外で自分が行っていたことにも気づきました。そういう自分が恥ずかしかったものの、気づけば同じことを繰り返さないよう気をつけることはできます。

何歳になっても、何歳からでも、性教育を学べば、今までよりきっと生きやすくなると思います。そして、何歳になっても「学びたい」と思う人を応援したいです。
 

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AUTHOR

雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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