吉本ユータヌキさん著『あした死のうと思ってたのに』を心理カウンセラーが読んで感じた暖かさと苦しさ

 吉本ユータヌキさん著『あした死のうと思ってたのに』を心理カウンセラーが読んで感じた暖かさと苦しさ
『あした死のうと思ってたのに』(扶桑社)
石上友梨
石上友梨
2024-01-14

吉本ユータヌキさんの『あした死のうと思ってたのに』が2023年12月2日に発売された。吉本ユータヌキさんはX(旧Twitter)で1,770万ビュー、3万1000リツート、14万3000いいねを獲得するなど人気沸騰中の漫画家さんだ。心理カウンセラーである筆者自身もXで吉本ユータヌキさんのことを知り、日々の投稿を楽しみにしていた一人。今回は、心理カウンセラーとして活動する筆者が、吉本さんの新著を拝読して思ったことを伝えたい。

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「息苦しさや生きづらさを感じながら日々をすごす人たちの拠り所のような本になればと思い作った」

『あした死のうと思ってたのに』(扶桑社)は、心に残っているキズや苦しみをテーマにしている。私たちは生きているだけで様々なストレスにさらされ、トラウマと言えるようなとても辛い出来事に遭遇したりする。時には「消えてしまいたい」と感じることだってある。私は、本書のタイトルが『あした死のうと思ってたのに』と「過去形」になっているところに注目した。つまり、死のうと思ってたのは過去のことであり、現在は思っていないことが示唆される。そして、「のに」という助詞で文章を終えていることは、死ぬことと反対の出来事が起きた可能性を感じさせる。死のうと思ってたのに、それを「やめようと思えることがあった」ということだ。

あした死のうと思ってたのに

現在にとどまる力はどこから来るのか

死のうと思っていた気持ちが変わる、そのきっかけというものは実は些細なことなのかもしれない。心理カウンセラーとして日々カウンセリングをしていると、クライエントの「死にたい」思いに触れる機会は度々ある。そして、死のうと思ったけど、とどまり、生きて、カウンセリング場面でそのことを一緒に振り返ることもある。そんな時に私は、「何があなたをとどまらせたと思う?何が生きるを選ぶ力になったの?」等と尋ねることがある。クライエントが言葉にするものもあれば、きっと言葉にはしない「理由」「きっかけ」もあると思う。とどまる力につながるものは、小さくて、温かいもの、何か澄んだものなのかもしれない。それが、「ふと頭に浮かんだから」「目に入ったから」「偶然に遭遇したから」そうすると、気持ちが少しだけ変化する。私自身、その小さな何かになれたらいいなと、慎重に言葉を選んで伝えることがある。本書を読んでいて、何が支えになっているのかは本人にしか分からないし、ストレスの渦中にいる時は本人にさえも自覚できていないかもしれないと思った。そして、お互いに支え合える形になっていたらその関係性はとても美しいと思った。小さな一つ一つのことが、死にたい中で明日へと繋いでいくんだろう。「今日は、やめておこう」と。

アーティストの存在

本書の中で度々出てくる「音楽は絶対あんたを1人にしない」という言葉がある。私自身も、10代から20代前半は音楽に支えられ、音楽だけは私を裏切らず常に寄り添ってくれたと思っている。

私がカウンセラーになったきっかけに友人の死がある。その友人とはライブハウスで出会った。複雑な家庭で育ち、中学生なのに夜遅くまでライブハウスにいる目立つ存在だった。そんな友人が紹介してくれたのがクリープハイプだった。偶然にも本書の帯にクリープハイプの尾崎世界観さんのコメントが載っているので驚いた。

「世界をひっくり返すとかじゃなくて、ちょうど一人分くらいの隙間をあけてくれる。この本が自分だけの居場所になる。」

私は、音楽家なり、漫画家なり、アーティストに対して常に羨ましいと感じていることがある。それは1つ1つの作品が同時に多くの人たちに届き、リスナーなり読者なりと1対1の関係を築きながら支えることができるからだ。心理カウンセラーとしてカウンセリングできる人数には限りがある。1人1人に向き合うには、自分自身のキャパシティもあると感じる。アーティストが生み出した作品は、多くの人に、そして時間を超えて、寄り添い続ける。その憧れが、私が文章を書き始めるきっかけとなった。

私が心理カウンセラーになったのは、クリープハイプを教えてくれた亡くなった友人を現在にとどめるために何ができたのか知りたかったから。そして、私の半径数メートル以内の人をとどめるきっかけになりたいから。本書を読んだとき、胸の苦しさと暖かさを感じた。本書は孤独に寄り添う。本書はとても暖かく、とても澄んでいる。この本に収められている一編一編は、誰かの「明日を生きる小さなエネルギー」になるのではないかなと思った。

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石上友梨

石上友梨

大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。



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