大切な人を亡くしたときに感じる「グリーフ(悲嘆)」とは?【臨床心理士が解説】
「人間はいつか死ぬ」ということは誰でも知っていますが、実際に大切な人を失ったときの心身の反応はあまり知られていません。その結果、大切な人を亡くす前のように活動できない自分や他者を責めてしまうことも。そこで今回は、大切な人を亡くしたときに感じる「グリーフ(悲嘆)」について解説します。
大切な人を亡くしたときの悲嘆(グリーフ)
ここでは、大切な人を亡くしたときの心の動きについて説明します。
グリーフとは
グリーフ(grief)とは「悲嘆」を意味する英単語です。
しかし、大切な人を亡くしたときに感じるのは「悲しみ」だけではありません。大切な人を失うと心身には様々な反応が起こります。
例えば、
・心の反応:悲しみ、抑うつ、不安、怒り、罪悪感、孤独感、絶望など
・身体の反応:不眠、食欲不振、免疫機能の低下など
・行動の反応:亡くなった人のことが頭から離れない、引きこもる、過活動になる、生活習慣が乱れるなど
これらすべてをまとめて「グリーフ」と呼んでいます。
基本的にグリーフは一過性のもの
人が死を受け入れるための心の作業「グリーフワーク」では、主に次のような経過が見られます。
1.ショック:ショックで頭が真っ白になったり、感情や感覚が麻痺したりする
2.否認:受け入れがたい事実を否認する
3.怒り:大切な人が死んだ原因を何か・誰かに求め、怒りをぶつける
4.逃避:「あの人はまだ生きている」と考え、ふるまう
5.抑うつ:「私が〇〇していれば死ななかったのではないか」と自分を責める
6.悲しみ:大切な人の死を実感し、深い悲しみに襲われる
7.受容:大切な人の死を受け入れる
このプロセスはあくまで一例であり、人によっていつ・どの感情を抱くかはさまざま。感情の波に揺さぶられながら、少しずつ大切な人を亡くした現実を受け止め、適応していきます。
グリーフワークを終えるまでの期間も人によって異なりますが、抑うつや怒りなどのネガティブな感情は死別から6ヶ月程度でピークを迎え、そこからゆっくり軽減していくとされています。
大切な人を失って感情が乱れるのは自然なこと。だからこそ、悲しみに沈むことが許される「喪」の期間が用意されています。
現代社会では「すばやく気持ちを切り替え、前向きに生きること」が良しとされがちですが、自分の心が受け止められるまで悲嘆とともに過ごすことも大切なのです。
うまく乗り越えられない喪失
大切な人をどのように失ったかによって、通常よりもグリーフワークが滞ってしまう可能性もあります。
公認されない悲嘆
「公認されない悲嘆」とは、社会的に認められない悲嘆のこと。例えば、次のようなものが挙げられます。
・認められない関係:同性パートナー、不倫相手、入院中の同室者などの喪失
・認められない喪失:妊娠中絶、流産、ペットなどの喪失
・認められない死の状況:自死やエイズなどによる喪失
これらの死では、悲嘆を感じていても「悲しむべきではない」「悲しいはずがない」と否定されたり、周囲の目を恐れて「悲しくても言えない」と孤立したりしてしまいます。
あいまいな喪失
「あいまいな喪失」とは、喪失したかどうかがはっきりしない状態での悲嘆です。
例えば、
・災害や事件・事故での行方不明
・コロナ禍で本人に面会できないまま迎えた死
などが挙げられます。
この状況では、「確かに亡くなったのだ」という確信が得られず、グリーフワークを進められません。その結果、不安や抑うつなどの不快な感情を抱き続ける可能性が高まってしまいます。
複雑性悲嘆
大切な人を亡くした悲嘆が通常よりも激しく長く続くことを「複雑性悲嘆」といいます。ICD-11やDSM-5-TRと呼ばれる診断基準では「遅延性悲嘆症」とも呼ばれます。
「どれぐらい悲嘆が長引くと複雑性悲嘆なのか」は診断基準によって異なり、
・ICD-11では死別から6ヶ月以上
・DSM-5-TRでは死別から12ヶ月以上
とされています。
また、複雑性悲嘆では、
・亡くなった人のことが頭から離れず、日常生活がままならない
・大切な人の死を思い出させるモノを避ける
・大切な人の死に対して怒りや悲しみなどのネガティブな感情を強く感じたり、ポジティブな感情が抱けなくなったり、あるいは感情が麻痺してしまったりする
・大切な人を失ったことで自分の一部が欠けたように感じる
・「自分も死にたい」と感じる
などの症状が現れます。
また、うつ病やPTSDなどの精神疾患を併発することもあります。
通常の悲嘆であれば、医療機関にかからなくても立ち直っていけます。しかし、複雑性悲嘆やうつ病・PTSDなどの場合は医師やカウンセラーなどの専門家に相談するのがおすすめです。
治療で悲嘆そのものを解消することはできませんが、心身に苦痛をもたらす症状を和らげる効果は期待できます。
参考資料
・西田正弘・高橋聡美(2013)死別を体験した子どもによりそう~沈黙と「あのね」の間で 梨の木舎
・坂口幸弘(2022)増補版 悲嘆学入門 死別の悲しみを学ぶ 昭和堂
AUTHOR
佐藤セイ
公認心理師・臨床心理士。小学生の頃は「学校の先生」と「小説家」になりたかったが、中学校でスクールカウンセラーと出会い、心の世界にも興味を持つ。大学・大学院では心理学を学びながら教員免許も取得。現在はスクールカウンセラーと大学非常勤講師として働きつつ、ライター業にも勤しむ。気がつけば心理の仕事も、教える仕事も、文章を書く仕事もでき、かつての夢がおおよそ叶ったため、新たな挑戦として歯列矯正を始めた。
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