市販薬の過剰摂取、8割が女性…「やめたいけど抜け出せない」理由は?薬剤師が解説
若い女性の間で市販薬の「過剰摂取」(オーバードーズ:OD)が深刻化しています。厚生労働省の研究班が初めて調査したところ、過剰摂取後に救急搬送された人の平均年齢は、25.8歳で、8割が女性でした。情報入手の手段はインターネットが最も多く、専門家は決して手を出さないように訴えています。この記事では、市販薬のオーバードーズ(OD)の現状と今後の課題などについて解説します。
オーバードーズ(OD)とは?
「オーバードーズ」(OverDose:以下OD)とは、薬を使うときの一回あたりの用量(Dose)を決められた以上にのむ行為のこと。医師が処方した薬だけでなく、市中の薬局やドラッグストアで買える咳止め薬や風邪薬、鎮痛剤などを決められた用量を超え、大量に摂取することを指します。
なぜODをする若い女性が増えているのか?
市販の咳止め薬や風邪薬などの多くには、「コデインリン酸塩」「ジヒドロコデインリン酸塩」「メチルエフェドリン塩酸塩」など、咳を鎮めたり、痰を出しやすくする成分が含まれています。実は、これらの成分は覚せい剤原料といわれる麻薬成分の一種で、大量に摂取することで高揚感や陶酔感、多幸感などを得られるといわれています。
そのため、「嫌なことを忘れられる」「フワフワして気持ちがよくなる」など精神的な苦痛から逃れたり、幸福感を得たいといった若い女性が、ドラッグストアなどで購入した薬を大量に摂取する事例が増加しているのです。
その背景には、市販薬に対する抵抗感が少ないことも影響しています。大きな駅前をみるとコンビニよりもドラッグストアがすごい勢いで増えています。安価なコスメ用品などが売られていて、とくに若者の女性が買い求めやすい、行きやすい身近な場所になっています。
また、女性は生理痛への対処などで、鎮痛剤をはじめとしたさまざまな市販薬にかなり慣れているといえます。解熱鎮痛剤にも不安や緊張感をやわらげる作用がある「ブロモバレリル尿素」や「カフェイン」といった成分が入っているものが多く、とくにカフェインは単独ではそれほど強い依存性はありませんが、覚せい剤原料や麻薬成分が絡むと、かなりやめにくくなるといえます。
さらに、2014年には、インターネットにおける市販薬の販売規制が緩和され、ネット通販でも簡単に市販薬が手に入るようになっていることや、ネットを通じてODに関する情報を入手しやすくなり、ODによって酩酊状態になることを指す「パキる」という言葉も登場し、SNSなどで使われています。
市販薬をネットで簡単に購入できる社会の状態や、SNS等で情報が非常に早く拡散されることも、OD依存症の若者が増えている要因といえるでしょう。
市販薬は、どれくらいの量から依存になるのか?
市販薬がどれくらいの量から依存性が生じるかの線引きは難しいところですが、おおよそ規定量の約10倍程度をのんでいる場合に、救急搬送されている例が多いようです。高校生の女の子が市販薬を過剰摂取したうえ、ストロング系のアルコール飲料を飲んで酩酊感を強め、事故死のように亡くなっているケースもあります。
依存症専門医の精神科医・松本俊彦氏(国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長)は、「僕は大麻のオーバードーズで死んだ人は見たことがない。一方で、市販薬のオーバードーズで死んでいくのは数多く見てきた。今や、薬の安全性に関して、合法も違法も関係ない。市販薬の使用に関する注意喚起が足りないことが社会的な問題だ。」と述べています。
市販薬の過剰摂取が自殺抑止に?
皮肉なことに、市販薬のODが自殺の抑止に貢献している可能性も否定できません。死にたいという気持ちを一時的に紛らわしたり、短期的な自殺の衝動の延期に役立っている面もあるからです。
一方で、市販薬のODをやめられない人の多くが、虐待や性暴力の被害者だったり、精神科医から見ても深刻な問題を抱えていたりします。販売規制が強まり、市販薬が手に入らなくなると、今度は自傷行為が止まらなくなったり、あるいはアルコールに依存したり、いずれにしても“ちょうどいい使い方”ができないのが現状といえます。
ODの背景にある若い女性が抱える問題に対峙し、強制的にやめさせるのではなく、話し合える関係を築き、社会としてきちんと治療していく体制を整える必要があるといえるでしょう。
AUTHOR
小笠原まさひろ
東京薬科大学大学院 博士課程修了(薬剤師・薬学博士) 理化学研究所、城西大学薬学部、大手製薬会社、朝日カルチャーセンターなどで勤務した後、医療分野専門の「医療ライター」として活動。ライター歴9年。病気や疾患の解説、予防・治療法、健康の維持増進、医薬品(医療用・OTC、栄養、漢方(中医学)、薬機法関連、先端医療など幅広く記事を執筆。専門的な内容でも一般の人に分かりやすく、役に立つ医療情報を生活者目線で提供することをモットーにしており、“いつもあなたの健康のそばにいる” そんな薬剤師でありたいと考えている。
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