認知症の人を介護する家族を苦しめる「曖昧な喪失」とは?【臨床心理士が解説】

 認知症の人を介護する家族を苦しめる「曖昧な喪失」とは?【臨床心理士が解説】
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佐藤セイ
佐藤セイ
2023-04-05

認知症の人を介護する家族は心身ともに疲弊しがち。特に認知症介護で大きな負担となるのが、認知症によって愛する家族が変化してしまうこと。これは「曖昧な喪失」と呼ばれています。今回は曖昧な喪失とは何かを解説し、対処法についてご紹介します。

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「曖昧な喪失」とは?

「曖昧な喪失」は「いるのに、いない」という状態です。ミネソタ大学名誉教授ポーリン・ボス博士が提唱しました。

例えば、認知症が進行すると、どんな時でも堂々としていた親が不安げにあなたの腕にしがみつくかもしれません。あんなに優しかった夫が怒鳴り散らす人になるかもしれません。

大切な人の身体は確かに「いる」のに、でも大切に想っていた人格が、心が、関係が少しずつ失われていく。そんなじりじりとした喪失が「曖昧な喪失」です。

また、曖昧な喪失を嘆きたくても「まだ生きているのに!」と周りから叱責されたり、「私はなんて酷い人間なんだ」と自分を責めてしまったりします。

失ったことを心のままに嘆くことを許されないのも介護者家族の苦しみにつながります。

曖昧な喪失
大切な人の身体は確かに「いる」のに、でも大切に想っていた人格が、心が、関係が少しずつ失われていく。そんなじりじりとした喪失が「曖昧な喪失」です。

曖昧な喪失への対処

曖昧な喪失に対しては、曖昧さを抱えたまま持ちこたえることが非常に大切です。そのためにボス博士は次のような方法を提案しています。

あれもこれも思考

曖昧な喪失と向き合うときには「あれもこれも思考」が何より大切です。

例えば、曖昧な喪失に対して「いる」か「いない」か答えを出そうとすると良い結果にはなりません。「いる」と信じて以前と同じことを強要したり、「どうせ何もわからないから」と投げやりに接したりすると、本人も家族も苦しくなっていくでしょう。

「いる」と「いない」の中間にいること、中庸であることを大事にしましょう。大切な人だけど以前とは違うことの両方を受け止めていきます。

「個人」と「介護者」のバランスを取る

「あれもこれも思考」は、自分自身にも向けていきます。「介護者」のアイデンティティに偏らず、「個人」としての自分も保ちます。

ほんのわずかでも「自分」のための時間をとり、自分をケアしましょう。「本人がどう思うか」ではなく、「自分の心身に何が必要か」を最優先に考え、そのためにほかの家族や介護サービスを活用しましょう。

これはわがままではありません。いつまで続くかわからない介護を持ちこたえる上で必要なことです。

複雑な感情を否定しない

曖昧な喪失のなかで沸き起こる感情は複雑です。大切な人が「いる」ことに喜びを感じたかと思えば、「いない」ことを突きつけられて悲しみが芽生えます。

ボス博士は、このような複雑な感情にも「あれもこれも思考」が重要だと示します。喜びのなかに悲しみが生じることを否定しなくていいし、「死」という明確な喪失まで待たなくても、介護の途中で喪失に気づくたびに嘆いていいのです。

コントロールできる習慣を見つける

曖昧さを抱えるための「あれもこれも思考」をご紹介してきましたが、それでも「曖昧さ」に耐え続けるのはつらいことです。「次に何が起きるかわからない」「いつまで続くかわからない」という状態は私たちを心身ともに疲弊させます。

認知症の進行は誰にもコントロールできません。「コントロールしよう」と望むほど、うまくいかないことに苛立ち、失望し、苦しくなってしまいます。

しかし、「朝は好きなコーヒーを飲む」「寝る前には読書をする」など、ちょっとしたことなら自分でコントロールできる可能性があります。

「コントロールできる/できない」を見極め、自分がコントロールできる習慣を守ることがストレスを和らげます。

「心の家族」とつながる

認知症の介護では大切な人とのつながりがゆっくりと喪失します。失われたつながりを補う新たなつながりが不可欠です。

家族や友人とのつながりを保つことも大事ですが、曖昧な喪失の苦しみを分かち合える認知症介護者家族と出会うのも大きな支えになります。

家族会:認知症の人を介護する家族が集まる会

認知症カフェ(オレンジカフェ):認知症の人や家族、介護や医療の専門職、地域の住民やボランティアの方が交流する空間

などを活用しましょう。

ボス博士は、血縁はなくても精神や心の支えとなる人たちを「心の家族」と呼んでいます。心の家族を少しでも多く見つけましょう。

参考文献

ポーリン・ボス著・和田秀樹監訳・森村里美訳(2014)認知症の人を愛すること 曖昧な喪失と悲しみに立ち向かうために 誠信書房

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佐藤セイ

佐藤セイ

公認心理師・臨床心理士。小学生の頃は「学校の先生」と「小説家」になりたかったが、中学校でスクールカウンセラーと出会い、心の世界にも興味を持つ。大学・大学院では心理学を学びながら教員免許も取得。現在はスクールカウンセラーと大学非常勤講師として働きつつ、ライター業にも勤しむ。気がつけば心理の仕事も、教える仕事も、文章を書く仕事もでき、かつての夢がおおよそ叶ったため、新たな挑戦として歯列矯正を始めた。



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