【がんサバイバー対談】「1分1秒を大事にしたい」がんによる喪失感と死に向き合った先に見つけたもの
この連載は、心配性が高じて人の悩みを聴く仕事を志した北林あいがお届けします。30代で乳がんを経験し、体は元気になったけど心が前を向かず、曇り空の下をうつむいて歩くような状態が長期化。大きな悲しみに直面したときに心という生き物が見せる反応、そしてレジリエンスを発揮できる人と、できにくい人の違い等々。つまずきを抱え、それでもどうにか日々を生きている人に、病から得た気づきをシェアします。今回は中咽頭がんサバイバーで一般社団法人がんチャレンジャー代表理事の花木裕介さんを迎え、「キャンサーロスト」について2回にわたり語り合います。
レジリエンスに火をつけたものとは
北林 花木さんは38歳で中咽頭がんを宣告されて9カ月間休職し、復職後に昇格の道が遠のくという「ロスト」を経験しました。その後、一般社団法人がんチャレンジャーを立ち上げてがん罹患経験者の背中を押す活動をしていますが、何がレジリエンス(つらい状況に適応し前進する力)の助けになりましたか。
花木 一つは本が助けになりました。挫折を経験し目標に届かなかったけど、今をなんとかがんばっている人の人生に触れると、自分もがんばろうと思える。自著の『キャンサーロスト』もそういう感覚を届けたくて書きました。挫折を乗り越えてそれ以上の何かを得た、あるいは同じものを取り返した人の本はたくさんありますが、結局乗り越えられずそれでも受け入れていますという人が本を出すのは稀だと思います。
北林 一人で社団法人を立ち上げ、なおかつ本を出版している花木さんも「乗り越えた人」という見え方をしているかも。
花木 そう見えて実は……、というのが本当のところです。自著のなかで6名の罹患経験者にインタビューしています。彼らも外からは輝いて見えるけど人知れず葛藤を抱えている。実例を見せて、抱えているのは自分だけじゃない、がんばれるかもしれないと思える一助になれたらと思っています。
北林 メディアでは劇的な逆転劇にスポットライトがあたりがちです。起承転結があるほうが引きつけられるし、希望を与えるから必要な切り口だと思うのですが。そんなにうまく「転」じないんだよな、と思うことはありますね。
花木 そう思います。レジリエンスの回復についてもう一つ挙げるなら、会社の福利厚生で受けた臨床心理士によるカウンセリングです。利害関係のない第三者に心の内を吐き出すことで、一人で背負っていた重い荷物を少し持ってもらい、軽くなった分、別の荷物を持てるようになりました。最後は自分でやるしかないけど、心の内を話す機会を得たことで、こういうことを考えていて、実はこんなことをやってみたいというのが明確になり、次のアクションが言語化できたから前に進めました。
北林 言葉にするというのは大切な作業だと思います。そのとき然るべき第三者に頼ると言語化がスムーズに進むことがあります。花木さんが最後は自分でやるしかないと思えたのは、レジリエンスが作動した証拠ですね。
花木 復職当初は周りに甘えていたと思います。がんになったのは自分が悪いわけではない、だから会社は守ってくれるだろうと。でも納得する待遇は得られず、会社からは特別扱いできないと言われた。特別扱いされたいわけではないけど特別視はされる。それはもうハンデにほかなりません。周りに頼って傷つくくらいなら自分でやろうと思ったんです。
北林 悔しさを経験し辿り着いた先が自分だったわけですね。最も信頼できる相手が自分というのは心強い。
花木 そうですね。
北林 私は執筆業をしていますが、幸せいっぱいだと発信したいテーマがわいてきません。これでいいの?というクエスチョンがわいたり、一発逆転劇が起こらないマイナリティの悲しみに出会ったりしたとき書いて伝えたいという衝動にかられます。私の場合、自分の役割や書き手としての居場所みたいなものが見えたことが、レジリエンスの着火剤になっています。
人は多面体、見えているのはほんの一面
北林 花木さんと私は、がんで生き方が多少なりとも変化したわけですが、がんに罹患したことに意味を感じる人ばかりではないですよね。
花木 意味があると思ったほうが生きやすければそれでいいし、しんどければ思わなくていい。キャンサーギフトを語る人を見て、私はこんなに輝けないと自分を責めるのもナンセンスです。次の何かを見つけた人が正しいなんてことはないですから。多くの人はギフトの前にまずロストを経験し、ギフトを語る人も実は消えないロストを抱えている場合がある。だから比べる必要はないし、その人が一番自然でいられる状態で生きてほしいと伝えたいです。
北林 そうですね。ギフトの種類は大小さまざまだし、すごく遅れて届くこともあります。私は葛藤した分、いろいろな感情を味わえたのはよかったと思っています。人には喜怒哀楽がありますが、たとえば喜という感情にも飛び上がるような喜びもあれば、噛みしめるような静かな喜びもある。あるのは知っていたけど、改めて人の心の機微に目が向くようになりました。
花木 そんな変化もあるのですね。ほかにはどんな気づきがありましたか。
北林 多くのがんサバイバーと出会い感じたことがあって、人生は多面体でそれを生きる人間もまた多面体だと知りました。つまり表に見えているのはほんの一面にすぎず、みんな見えないところで何かを抱えながら踏ん張っています。そういう視点が人の表面しか見てこなかった、他者理解に乏しかった私を成長させてくれました。
花木 人としての深みが増すとか、相手の痛みがわかる人になるとか。大きなことを成し遂げて上に伸びるだけが成長ではなく、下に深く根を張る成長もあるのですね。
やるだけやってダメなら、それでもいい
北林 喪失感から早く抜け出す人と、悲嘆が長期化する人は何が違うと思いますか。物事の捉え方でしょうか。
花木 物事をポジティブに捉える練習をしたことがあるんですけど、人の考え方には先天的な要素も関係するので無理に変えようとしても変わりません。変われないとそんな自分に失望し余計に落ち込みます。半分だけ水の入ったコップを見て、「半分しか入っていない」と思うより「まだ半分もある」と思うほうが確かにポジティブです。だけど半分しかないと感じる人に、そう思うなというのは強引な話です。
北林 簡単に変えられないとわかったとき、花木さんはどう対処しましたか。
花木 コップの水が半分しかないなら、まずは満タンにするために動こうと思いました。自分を認めてもらいたい、家族に少しでも楽をさせたいという願望に沿って行動して解決しようと。やるだけやって水が半分のままなら仕方ないじゃんて。
北林 仕方ないと思えたのは、水が入っていない部分を空虚感ではなく納得感で埋められたからですね。
花木 そうだと思います。行動する前は、がんにさえならなければと思ってしまい思考が負のスパイラルに陥っていたんですけど。まずは行動してやってみてダメならしょうがないと思えたらリカバリーが早くなりました。
生を謳歌できるようになり、薄れていった死への怖さ
北林 最後はちょっと重たいテーマですが、花木さんは自分の死について考えたことはありますか。
花木 頭をよぎることはありますよ。以前に比べると切迫感は薄まりつつあるけど。それでも考えますね。
北林 死に対する怖さはあるでしょうか。
花木 ゼロではないけど昔より減ったかな。事象自体は変わらないから怖さも変わらないはずなのに、どうしてでしょうね。
北林 生を謳歌できているからではないですか。
花木 確かに。あのときやっておけばよかった、と思うことは減っていますね。命って結局時間だと思っていて、死はイコール時間切れになるということ。そうなると1分1秒をなるべく大事にしようという感覚が強くなった。会社に過度にとらわれる必要がなくなった分、家族との時間、自分のための時間配分ができるようになり、やりたいことに時間を使えるようになったのはよかったです。
北林 私も病を機に死を考えたことがあり、誰でもどこかのタイミングで確実に終わりが来ると実感しました。摂理がわかると安心するというか、そういうものだと受け入れられた。だから10年前に父が亡くなったときも、とても悲しかったけど自然な流れとして捉えている自分がいました。今がずっと続くと思うと傲慢になるけど、永遠はないと思うと今日を大切にして、自分をいじめない生き方をしたいと思うようになりました。
花木 死というものに向き合った人は、精神的な免疫力が高まりますね。
北林 終わりを実感すると、よりよく生きたいという気持ちが生まれます。生を考えるとどのように生きるかという答えに辿り着けるかもしれません。今日はありがとうございました。
〈プロフィール〉
花木裕介
1979年、広島生まれ。ヘルスケア関連会社勤務の2017年12月にステージⅣの中咽頭がん告知を受け、標準治療を開始。フルタイム勤務の傍ら、一般社団法人がんチャレンジャーを設立。「がん対策推進企業アクション」(厚生労働省の委託事業)の認定講師、千葉県がん対策審議会専門委員を務める。著書に『キャンサーロスト 「がん罹患後」をどう生きるか』(小学館)など。
◆『Catch the Rainbow Jリーグを目指した選手達の挫折と再生の記録』(西葛西出版)を2024年12月に発売予定。【詳細】https://ctr.nishikasaibooks.jp/pre-order/lp/
北林あい
臨床傾聴士(上智大学グリーフケア研究所認定)。30代で発症した乳がんの闘病中、心の扱い方に苦労した経験からグリーフケア(悲嘆のケア)を学ぶ。現在は、乳がんのピアサポートや自殺念慮がある人の傾聴に従事。医療・ヘルスケア分野を得意とする執筆歴20年超のフリーライターでもあり、「聴く」と「書く」の両軸で活動中。
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北林あい
臨床傾聴士(上智大学グリーフケア研究所認定)。30代で発症した乳がんの闘病中、心の扱い方に苦労した経験からグリーフケア(悲嘆のケア)を学ぶ。現在は、乳がんのピアサポートや自殺念慮がある人の傾聴に従事。医療・ヘルスケア分野を得意とする執筆歴20年超のフリーライターでもあり、「聴く」と「書く」の両軸で活動中。
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