長期的なストレスによって縮む臓器がある!虐待と関連する「胸腺」とは|臨床心理士が解説
悲しいことに虐待に関するニュースを耳にする機会がたびたびあります。幼児虐待に関する記事で「胸腺の萎縮」という言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。今回は虐待と関連する「胸腺」について解説していきます。
胸腺(きょうせん)とは?
胸腺は、免疫系と関連する重要な臓器で、胸の真ん中あたり腹側に位置しています。左右二つの葉に分かれており、蝶々のような形をしています。胸腺には骨髄で作られた未熟なTリンパ球(T細胞)が正常に働くようにする役割があります。T細胞は体内の異物や病原体を攻撃する役割を持っています。健康であれば、胸腺は思春期に最も活発になり、最も多くのT細胞が生成されます。そして、思春期以降、胸腺は徐々に縮小し、脂肪組織に置き換わっていきます。しかし、胸腺が生成したT細胞は生涯にわたって免疫システムを支え続けます。
胸腺と虐待の関係
健康であれば、胸腺は思春期をピークに少しずつ小さくなります。そのため、まだ萎縮する段階ではない子どもの胸腺の萎縮は、虐待による強いストレスが原因だと考えられています。胸腺はストレスに非常に敏感です。ストレスホルモンであるコルチゾールが過剰に分泌されると、胸腺の萎縮が促進されます。慢性的なストレスにさらされると、胸腺の機能が低下し、免疫系全体の働きが弱まります。長期間の虐待やトラウマは、胸腺の発達に悪影響を及ぼし、T細胞の生成・成熟が阻害されることがあります。結果として、免疫力の低下や自己免疫疾患のリスクが増加します。胸腺萎縮は一度起こってしまうと回復させることが困難です。胸腺の機能低下を少しでも減らすには、ストレスを減らすことが必要になります。
胸腺の萎縮が虐待の証拠に!
2018年のニュースによると、胸腺の萎縮が逮捕の決め手になりました。
「約12年前に乳児に暴行を加えて死亡させた疑いで、当時義理の父親だった男(42)が警視庁に逮捕された。男は事故だったと主張して見極めは難航したが、虐待への対応を重ねることで蓄積されてきた法医学の知見が逮捕の決め手となった。」(日本経済新聞,2018年11月11日より)
虐待の証拠というと身体の傷やあざといったものがイメージされやすいですが、司法解剖の結果、胸腺の異常も虐待の重要な裏付けとなりました。なお、同ニュースによると、2018年に虐待により亡くなった目黒区女児のケースも、胸腺が同年代の平均の5分の1ほどに縮んでいたそうです。
身体からアプローチするトラウマ治療
国内外問わずトラウマに対する心理療法は日々進化しています。近年はトラウマに対する身体志向の心理療法が注目されており、筆者もその必要性を感じてカウンセリングに取り入れています。トラウマは身体に影響します。トラウマについて語ること、つらいイメージを書き換えること、価値観や考え方に対してアプローチすること等も有効だと考えられていますが、まずは身体への影響を減らし、安心感・安全感を高めることが重要です。トラウマに対する身体志向の心理療法は以下のような例があります。
・EMDR:眼球運動を通じてトラウマを解消する
・TFT:タッピングを通じてトラウマを解消する
・ボディコネクトセラピー:眼球運動やタッピングを通じてトラウマを解消する
・SE:身体の感覚を通じてトラウマを解消する
・TSプロトコール:パルサーなどの両側性の刺激を通じてトラウマを解消する
・ブレインスポッティング:視点誘導を通じてトラウマを解消する
上記はかなり簡易的に紹介しましたので、詳しくは各心理療法のサイトやトラウマ治療をおこなっている医療機関、カウンセリング機関をご参照ください。過去につらいことがあっても、現在のつらさから抜け出すことは可能です。どのような心理療法が合うのかは人それぞれです。自分に合った方法を見つけてみましょう。
AUTHOR
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
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