【専門家に聞く】ワーカホリック(仕事中毒)と依存症の関連性。予防と回復に必要なものとは
精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが上梓した『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)では「男らしさ/女らしさ」を強いる社会構造が依存症の根幹にあることを記している。インタビュー後編では、斉藤さんにワーカホリックとアルコール依存症の関連性、女性のアルコール依存症、依存症の予防と回復についてお話しいただいた。
「男らしさ」への過剰適応の結果、ワーカホリックに
『男尊女卑依存症社会』ではワーカホリックと依存症の関連性について書かれている。一般的には、仕事に没頭する人が依存症になることはなかなかイメージしにくいが、斉藤さんによると、男性のアルコール依存症の患者さんはワーカホリック傾向のある人が多いとのこと。ワーカホリックのチェックリストを実施すると満点であることも珍しくないという。
「本書ではワーカホリックと『男らしさ/女らしさ』の抑圧の関連についても書いています。アルコール依存症を例にすると、期待される『男らしさ』というジェンダー規範に過剰適応し、仕事で成果を出したり長時間労働したりすることで評価されていく。また、連日の接待漬けの毎日で飲酒習慣も形成されていくだろう。ただ、努力してもみんなが成功できるわけではなく、多数は脱落します。
そんなとき手っ取り早く自分を慰めてくれるものがお酒だった——男性たちはお酒で心身の傷つきを麻痺(自己治療)させながら、なんとか企業戦士をやってきました。でも結果的にはアルコール依存症になってしまいます。
50代~60代のアルコール依存症の患者さんはこのようなパターンで依存症になる方が多く『もしかしたらワーカホリックが依存症の引き金(トリガー)になっているのでは』と仮説を立てました。前編でお話しした依存症の二段階モデルに照らし合わせると、一次障害がワーカホリック、もしくは男らしさへの過剰適応、二次障害がアルコール依存症と考えられます」(斉藤さん)
長時間労働を見直す動きは「働き方改革」の結果、徐々に好ましい変化は起きているものの、ワーカホリックと依存症の関連性についてはさほど世間で可視化されているとは感じない。斉藤さんは「今まで依存症臨床の中でワーカホリックの問題は黙認されてきました」と話す。
「支援の現場において『その人のため』という大儀名分のもと、自己犠牲が美徳とされてきました。それで燃え尽き去っていく援助職はたくさんいますし、私自身も新人の頃バーンアウトを経験したことがあります。
もともと『相手の力になりたい』『救いたい』という意識を持って支援の現場で働き始める人が多いです。ただ、依存症臨床は努力した分だけ報われるものではありません。援助者が頑張ったからといって、お酒が止まるわけではないですよね。にもかかわらず成果を出そうとして仕事に没頭すると燃え尽きてしまいます。新人の頃、アルコール依存症の現場に向いているスタッフはどんな人ですか、と先輩に聞いたところ、アルコール依存症者の酒をやめさせたいと思わない人というパラドキシカルな答えが返ってきてびっくりした思い出がある。このことは今なら理解できますが、当時はその真意がわかりませんでした」(斉藤さん)
最近では、女性のアルコール依存症の相談が増えているという。かつては専業主婦の女性がずっと家にいる中で心の穴を埋めるため、キッチンに隠してあるお酒を明るいうちから飲み、そのうち依存症になる「キッチンドリンカー」の相談が多かったものの、現在は共働き世帯の女性がアルコール依存症になるパターンが主であるという。
「女性の社会進出が進んだおかげで雇用の機会が増えた副作用として、社会で女性が『男性らしい』働き方を期待されるケースが多く、それに耐え切れずアルコールに依存していく人がでてきました。もしくは共働きであっても家事育児の負担は女性に偏る傾向にあって、ワンオペ育児で周囲に頼れず、ママ友のコミュニティにも適応できず、ストロング系と言われる強いお酒を飲み続けたり、ファミレスで昼間から飲んでしまったりというパターンも最近増えているように思います。女性の方がアルコールの分解酵素が少ないので、短期間でアルコール関連問題が起きやすいです」(斉藤さん)
依存症の予防・回復には「なんでも安心して話せる仲間」が重要
「アルコール依存の予防には啓発が重要」と斉藤さんは言います。
「アルコール依存症の要因の一つは遺伝です。親がアルコール依存症であったり、お酒の問題を抱えている家系であれば、自分にもそういう素質があるかもしれないと自覚をし、お酒を飲む際は事前に量を決めておくとか、適性飲酒量(20g/日)を知っておくことで予防はできると思います。
依存症はストレスコーピング(ストレスの原因に対処すること)の選択肢の少なさの問題であって、ストレスへの不適切な対処行動が習慣化した状態が依存症といえます。なので適度な飲酒であればストレスの対処行動の一つにはなりますが、ストレス発散の方法を分散させておくのは重要です。
ちなみに報酬系の回路が刺激されるものはハマりやすいということを覚えておいていいかもしれません。たとえばランナーズハイがあるように、健康的なイメージの強いランニングという趣味も、怪我をしててでも続けようとするようにのめり込む可能性はあります。
また、自宅や学校・職場でもない場所を『サードプレイス』と言いますが、性別に限らず、家族にも話せないような話を安心してできるという場所を持っておくのも大事だと思います」(斉藤さん)
依存症からの回復では同じ経験で悩んでいる仲間との繋がりも重要とのことです。
「誰でも心の穴を持っているのですが、開きが大きくなるとたちまち空虚感や孤独を感じます。それを埋めるためにアルコールやギャンブル、このサイトの読者さんでしたらヨガを行う方もいらっしゃるでしょう。でも日常生活に戻ってストレスがかかると穴が大きくなってくる。また穴を閉じることを繰り返しながら我々は生きているのですが、依存症の人は穴の埋め方が一つ手段だけになってしまいます。
仮にアルコールがその手段だった場合、治療でアルコールをやめたら穴は開いたままです。慢性的な空虚感や寂しさが残る。そうするとモグラたたきのように別の依存症に移る人もいます。依存症からの回復は、依存していたものとは別のもので心の穴を埋めていくという話になるのですが、そこで大切なのが治療や自助グループの中で出会う仲間です。仲間の繋がりやミーティングで経験する共感や分かち合いを通じて、心に温かいものが残っていきます。そのぬくもりを心の穴を埋めるために使い、依存していたものから離れて生きることを毎日積み重ねていきます」(斉藤さん)
男性も女性も性役割規範を手放していく
男尊女卑依存症社会の是正と聞くと、女性が差別されている構造をなくすだけだとイメージしがちだが、本書では男性の生きづらさをも解消することが書かれている。
「『男尊女卑依存症社会』という言葉は『さよなら! ハラスメント』(晶文社)の小島慶子さんとの対談の中で生まれた言葉です。今まで性差別に関する話題はどうしても男女間の対立を深める方向になる傾向にありました。その結果、さらに社会の男尊女卑が深まってしまう。
本書では、男性も女性も社会から期待されている『男らしさ/女らしさ』という性役割から解放され自分らしさを再構築してほしい。まずこのような“依存症”に自分がかかっていることを認めて、苦しいのだったら手放していこう、痛かったら「痛い」と言ってみよう、そのプロセスとして対話が必要です、ということを書いています。
おそらく夫婦関係も同じだと思うんです。なぜ相手が怒っているのか、わからないときにお互いに無視していたら、理解し合えない。片方が怒っているのなら『なぜ怒っているの?』と聞いて、聞かれた側も応じないと、お互いの感情の理解はできないと思います。
対話の目的は仲良くなることではなく、お互いを理解すること。双方とも苦しいのだから、対話をする中で、お互いに性役割規範を手放していけるよう一緒に考えていこう、という思いを込めています。……なのですが、この本への感想は圧倒的に女性からいただくことが多く、あまり男性には届いてないようです。この本をパートナー間での話し合いのきっかけに使ってもらえたらと思います」(斉藤さん)
【プロフィール】
斉藤章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。
ソーシャルワーカーとして、20年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症・加害者家族支援などさまざまな依存症問題に携わる。
専門は加害者臨床で、現在までに2500人以上の性犯罪者の地域トリートメントに関わる。
著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、など。
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