「依存症」の根幹にある社会構造、「男らしさの呪縛」が及ぼす影響【ソーシャルワーカーに聞く】

 「依存症」の根幹にある社会構造、「男らしさの呪縛」が及ぼす影響【ソーシャルワーカーに聞く】
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精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんが上梓した『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)では「男らしさ/女らしさ」を強いる社会構造が依存症の根幹にあることを記している。インタビュー前編では、斉藤さんに依存症の種類や要因、社会が男性に「男らしさ」を求めることでどのような影響を及ぼしているかをお話しいただいた。

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「依存症」の背景にある生きづらさとは……。

まず「依存症」について整理したい。依存症とは基本的に物質依存・行為依存・関係依存に分類される。

物質依存の具体例としては、アルコールや薬物(非合法)、オーバードーズ(合法な薬の過剰摂取)、カフェイン、食べ物などがある。薬物依存に関して、日本では非合法(覚醒剤やコカイン、大麻など)と合法(処方薬、市販薬)がそれぞれ半数ずつ程度とのこと。

行為依存とは、ギャンブルや、リストカット、性的な逸脱行為、買い物などがある。本書で取り上げているワーカホリック(仕事依存)についても、ワーカホリックのみで受診する人はなかなかいないものの、行為依存に分類されるそうだ。

関係依存とは、セックス依存症、恋愛依存、共依存といったことが主に含まれる。

具体例を挙げた全てに診断名がついているわけではなく、精神科を訪れる人の相談は診断名がつかない依存症の問題も少なくないという。

「たとえば『買い物依存症』という病名は国際疾病分類にはないのですが『買い物依存で困っている』という主訴からじっくりと話を聞いていくと、ギャンブル依存症も合併しており、さらに過去に虐待された経験があって、そこから最初は摂食障害になって……といった具合に背景にある生きづらさが見えてきます。このように診断名がつかない困りごとで相談に来たものの、話を聞くうちに別の病名がつくことはあります。

なお、買い物依存症で精神科に来る方は多くはありません。数少ない受診者の傾向としては、収入の範囲を明らかに超えるような買い物を繰り返していて経済的に破綻していたり、それによって社会的損失を繰り返しているにもかかわらず買い物という行為がやめられないといったことで困っているケースが該当します。

足の踏み場もないくらい部屋の中が買った物でいっぱいになったり、借金を繰り返したりするようなパターンで、家族が困って相談に来て、依存症の専門外来につながるといった流れがあります」(斉藤さん)

依存症とはストレスへの不適切な対処行動が習慣化した状態

依存症とはどんな要因があるのだろうか。斉藤さんは「依存症の二段階モデル」を用いて患者さんへ説明を行っているとのこと。

「まずその人自身の生きづらさの根っことなっているものを一次障害ととらえます。たとえば虐待(家庭内での小児期逆境体験)、災害や事故によるPTSD、統合失調症やうつ病も含めた精神疾患、発達障がい(自閉スペクトラム症)、学生時代のいじめ、セクシュアリティの問題といったものです。今回の本でいいますと『社会から期待されているジェンダー規範(男らしさ・女らしさ)』も含まれますね。

このような生きづらさは多かれ少なかれ誰でも何かしらは持っているのですが、社会に適応しようとしたときに、これらの生きづらさが阻害要因となり人とうまくやっていけないという困難が生じてきます。そこから発生するストレスや心理的苦痛に対して、何かしらの自己治療的な対処行動をとろうとしますが、それが依存症に陥るきっかけになってしまうことがあるんです。

例をあげると、子どもの頃の虐待が原因で、不眠症や対人関係の過度な緊張感が生きずらさとして残っている人がいたとします。大人になってから寝る前にお酒を飲むと比較的眠りやすくなっていた場合に、だんだんと身体がアルコールに慣れていくので(耐性)、飲酒量は増えていきます。それでも眠れずに睡眠導入剤が必要になると、それ自体も依存性があるので、徐々に日常生活に問題が出始めます。

根幹にあった『虐待』という逆境体験が一次障害としてあって、そこから生じる不眠症や対人関係の過度な緊張感を抱えながら社会で生きていくとなると、仕事に支障を出さないよう、お酒の力に頼って眠ろうとします。だんだんと必要なお酒の量が増えたり、睡眠導入剤も一緒に摂取するようになると、飲酒とは違う酩酊感を体験し、意識消失や奇異な行動が起きたり逸脱行動などのトラブルが起きれば警察が介入するケースも出てきます」(斉藤さん)

最近は一次障害としての発達障がいのケースが多いとのこと。子どもの頃から周りと上手く付き合えず、生きづらさやストレスを抱えたり、自信をなくしたりし、長期間家に引きこもってしまう。もしくは学生時代はなんとか乗り切れたものの、社会に出てから発達障がいの特性によって仕事が上手くできなかったり続かなかったりし、自己肯定感が落ちるところまで落ちてしまう。自分の心の痛みを緩和するため、何かしらのアディクション行動や精神作用物質にのめり込む、というプロセスで依存症に陥るケースが多いそうだ。

ただ、その人自身の特性に配慮した環境調整ができれば、生きづらさを感じるより成功体験を重ねることが出来て、自己肯定感が高まることもあり得るとのこと。

「その人の特性や思考パターンを鋭く見抜く上司がいて、適材適所で配置を行うことで実力を発揮できる人もいます。ただ、日本社会は同調圧力が強く、横並びを求める傾向が強いです。大きな組織になるほど、なかなか一人ひとりの特性に目を向ける方向にはいかないことの方が多く、発達障がい特性のある人にとって、日本社会は不適応を起こしやすい環境だと思います」(斉藤さん)

依存症というと「怠けている・意思が弱い・だらしない」というイメージを持たれやすいが、むしろつらい中でも必死に適応しようとする「努力家」という印象が残る。

「依存症は意思の問題ではなく、置かれている環境に適応しようとする努力の結果、そこから生じるストレスへの対処行動として、何らかの嗜癖行動にハマる構造と理解できます。対処行動が複数あると、リスク回避しやすく一つにのめり込みにくいので、依存症の回復では、依存先の分散が大切だと言われます」(斉藤さん)

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「男らしく」することは痛みに鈍感になること

依存症の特徴には「否認」がある。自分が依存症であると認めないのだ。一方で、まだ変化への準備が整っていない状態とも解釈できる。

「誰でも自分の問題を正面から指摘されたとき、内心わかってはいるのですが、認めたくないものです。認めてしまうと今まで人生で積み上げてきたものが音を立てて崩壊するのではないかという恐怖心から認めたくないのです。つまり否認とは防衛機制という心の健康的な反応とも言えます。

自分では生きることも死ぬこともできないどうにもならないお手上げ状態になったときか(底つき)、もしくは同じ経験をした仲間の話を聞いて、『もしかしたら自分も同じ依存症なのではないか』と思えるようになる瞬間がある。同じ経験をした仲間を通じて否認という氷が解けていき、徐々に現在の状態を受け入れ、認めていくというパターンをたどる当事者は多いです」(斉藤さん)

斉藤さんは男尊女卑依存症社会の「否認」について次のように言及する。

「男尊女卑依存症社会から見える否認とは、背景に『男らしさの病』があり、それは男性の身体感覚に対する否認でもあります。男性は自分が感じる痛みに非常に鈍感だと思います。実際、社会の中でも男性の痛みに関しては特段大切に取り扱ってこなかったように感じます。それは小さい頃から転んでも『男の子だから泣かないよ、我慢しなさい、痛くないよ』と声かけされるように、男は『男らしく』弱さを見せてはいけないと、痛みに鈍感になるよう教育され刷り込まれていきます。言い換えれば、自分が感じる身体感覚を否定するような条件付けを周囲からされてきている。だから『自分はつらくない』『これぐらいの困難は乗り切れないと男ではない』と思いながら、感情を否認し、過労死するまで働いたり、うつ状態から自死を選択してしまったりする人があとをたちません。

歯を食いしばって気合いと根性で我慢していますが、傷ができ血がでたら当然痛い。体が感じたままに『痛いです』と言えることが心と体が一致している健康な状態です。心と体が一致せずに、自分が感じていることと、身体的な感覚がどんどん離れていくことはとてもしんどいし不健康です。痛いのに『痛くありません』って言っているのですから。この感覚のズレを埋めて葛藤状態を否認し、痛みに鈍感になるために、アディクションが必要になってきます」(斉藤さん)

「男らしさ」を出さなくても女性蔑視は受け継がれている

最近は「男らしさ/女らしさ」というジェンダー規範を押しつけることは望ましくないという考えが広がってきている。斉藤さんによると、一部の若い世代では「男だから」と表面的には出さないものの、男性が男性から承認されることに価値を置く「ホモソーシャル・コミュニティ」がいまだに受け継がれていると感じているとのこと。

「ホモソーシャルにおいて、男性同士の絆を深めるためには女性をモノ化することが必要とされます。中学生でも、下ネタのようなものから、性の対象としてしか見ていないような発言、さらに男性教員が『女ってそうだよね』と同調して強化することもあります。簡単な言葉で言うとミソジニー(女性蔑視)です。ミソジニーがホモソーシャルな絆を強化するために消費され、活用されています。

こういう子たちが大人になっていくと、表向きは『男らしさ』を出さないものの、結局根っこは変わっていない。彼らは大人たちから学んだ価値観を内面化しています。この負のサイクルを止めるためには、包括的性教育(人権教育を基にした性教育)を行うことが重要です」(斉藤さん)

※後編に続きます

『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)
『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)


【プロフィール】

斉藤章佳(さいとう・あきよし)

精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。
ソーシャルワーカーとして、20年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症・加害者家族支援などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在までに2500人以上の性犯罪者の地域トリートメントに関わる。
著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病——それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』(幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、など。
 

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雪代すみれ

雪代すみれ

フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。



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