「これでもいいんだって思えた」ダンサーMasha Amauraがインド舞踊に魅了された理由

Masha Amaura

「これでもいいんだって思えた」ダンサーMasha Amauraがインド舞踊に魅了された理由

中谷秋絵 あぬ
中谷秋絵
2022-11-30

インド研究家でライターの中谷秋絵さんによる連載「インドに学ぶ人生ハック」。今回は、インド舞踊に魅せられたダンサーMasha Amauraをインタビュー形式で紹介します。

「喜怒哀楽を素直に出し、日常的に感情を表現するインド人を見て、これでもいいんだって思えました」

ダンサーのMasha Amaura(マシャ・アモーラ)さんはこう語る。Mashaさんはジャズダンスや芝居、様々な民族舞踊などを経験したのちにインドのダンスにたどり着いた。

Mashaさんがインドのどんなところに惹かれ、ダンスをするようになったのかを聞いた。

大好きなダンスなのに泣きながら帰る日々

小さな頃からテレビでアイドルを見て、歌ったり踊ったりするのが好き。特に体で何かを表現するのが好きだった。生まれつき体が柔らかく、小中学校ではバトン部、器械体操部に入った。ある時、ミュージカルを見て「見るだけじゃなく表現する側に立ちたい!」と感じ、高校からジャズダンススクールに通うようになる。

バトン部の活動
バトン部の活動

もともとぽっちゃり体型だったが、ダンスをし始めてからなぜかさらに太るように。周りから体型をからかわれることもあり、自分の体にコンプレックスを持っていた。

そんな思春期を過ごすなか、大きな出来事があった。3か月の間に自分の父、叔父、友人の3人を亡くしたのだ。短期間に大切な人を次々と亡くし「人生ってなんだろう?」と考えるように。と同時に「今できることをやらなきゃ」と強く感じた。それがMashaさんにとってダンスだった。

高校卒業後、ダンススクールに通うために上京。早朝は築地の魚市場で働き、午後の時間をダンスの勉強にあてた。ミュージカルも学べるスクールで、歌と踊り、芝居を学んでいった。

でもコンプレックスからはなかなか逃れられなかったという。

ダンスに明け暮れた東京での生活
ダンスに明け暮れた東京での生活

「ダンススクールには、細くてスタイルのいい子ばかりいました。ダンス以外に、そういう見た目的な要素も求められていることを感じて『私は痩せられない、筋肉がつきにくくてシャープな動きができない』と自分のマイナス面ばかりに目がいってしまって。大好きなダンスなのに、そんな自分が悔しくて悲しくて毎日泣きながら帰っていました」

ダンスに限界を感じ、もっと自分らしい表現ができる場を求めて芝居の道へ。しかし、ミュージカルをしていた時から歌やセリフには苦手意識があることは薄々感じていたが、芝居に挑戦してもそれが克服できず、不整脈になったこともあった。「やっぱり私にはダンス以外はできないのかも」そう感じながら悶々とした日々を過ごす。

「自分の表現は何か」と追い求める生活。1日にバイトを3つ掛け持ちして、過労で倒れたこともある。

この時すでに20代後半。「その年になって食っていけないなら、もうその世界ではやっていけないよ」と周りから言われたことも。活躍し始める人を見て焦り、精神的にもボロボロだった。そしてついにダンスを離れる決断をする。

海外に出て、ボリウッドダンスと出会う

ダンスを辞めて、就職して経理として働き始めた。収入が安定すると精神的にも余裕が生まれる。仕事でパソコンの使い方を覚え、世界が広がるのを感じた。この頃から海外旅行にも行くようになり、「普通の生活の喜び」をはじめて味わったという。

それでもダンスが頭から離れることはなかった。海外に行くようになり、アフリカンやフラ、ベリー、ブラジリアンダンスなど少しずつ世界のダンスに触れるようになっていった。

「この時に、海外の人からコンプレックスだった自分の体型をはじめて褒めてもらえたんです。海外の街で歩く人を見ても、体型を気にせずに好きな服を着ていて『私は今まで何を気にしていたんだろう?』と思いました。体型は関係なく、そのままの私でもいいんだ!と思えたんです」

そしてフランスへ行った時、現地の人からインド映画とダンスを勧められた。その時に一緒に見たのが、インド映画の中で踊られている「ボリウッドダンス」。しかし、素敵だなとは思いつつ激しいダンスからは離れたいと思っていたMashaさんは、飛びつくことはなかった。

フランスにて
フランスにて

そんなある時、雑誌でインドの聖者が載っているのを見かけ「この人に会いに行かなきゃ」と、直感的に思った。

「私はすべてダンスをベースに考えています。なのでその時も、『インドに行くならインドのダンスを知らないと!』と思ったんです。そこで、東京で行われたボリウッドダンスのステージを見に行きました。その時、度肝を抜かれました。表現力に目を奪われたんです。ダンスの技術よりも表現力で感動したのは、それがはじめてでした」

突き動かされるような衝動を覚え、すぐにその人が主宰するボリウッドダンスのクラスに参加した。そして2013年、雑誌で見た聖者に会うために、はじめてインドを訪れる。

はじめてのインド「ここは天国?」

Mashaさんが訪れたのは「クンブ・メーラー」。聖地と呼ばれる4か所で3年ごとに開催され、数千人の人が集まるヒンドゥー教の大祭だ。数日間にわたる祭りで、半裸もしくは全裸の修行僧たちが沐浴し、儀式をし、祈りを捧げる。

「大規模な宗教行事で、日本では見たことのないような光景でした。それを目の当たりにしたときに『ここは天国?』と思いました。なんて尊いものとつながりが深い国なんだろうって感激したんです」

インド・バラナシのガンジス河で
インド・バラナシのガンジス河で

しかし、そこはインド。混沌と聖なるものが入り混じっている。人々は聖者に会うために列を作るが、前後の人は隙間なくぴったりとくっつき、平気で横入りをしてくる。

「横入りするインド人を見てイラッとしながらも、我が道をゆく姿がなんだか心地よかったんです。空気を読むことよりも、自分がどうしたいかを貫く人たちなんだと感じました」

10日間の旅を終え帰国。それから半年くらいは「インドに帰りたい」と毎晩泣いていた。夜になると急に寂しさがこみ上げてきた。

その後は東京でボリウッドダンスのチームに所属しつつ何度かインドへ行き、レッスンを受け、振付をもらうことを繰り返していった。

インド人との生活…すべてが表現につながる

その後、仕事を辞めてインドへ半年行くことを決意する。きっかけは母の認知症。父も兄弟もいないMashaさんは母の面倒を見るために、仕事を辞めて故郷の愛知に戻る決断をした。母の認知症が進めば、もう長期でインドに行けなくなるかもしれない。その前に、行っておきたかった。

旅立った先はボリウッドダンスの本場ムンバイ。しかし最初の1か月は、隣に住んでいた宿のオーナーに子どもが生まれ、なぜかベビーシッターのようなことをしていたという。一緒に病院に連れて行き、プジャ(祈祷)をして、お風呂にまで入れた。

「ダンスの先生も探せないし、赤ちゃんの面倒を見る毎日で、最初の頃は『私は今何をやっているんだろう?』と思っていました。でも、お祈りや生活の一部を表現しているインドのダンスを見たときに、その意味が全部わかったんです。インドのダンスは洗濯や炊事をする人々の普通の生活や、人間が生まれてから死ぬまでの家族愛やストーリーを表現することが多い舞踊です。人々が生活の中でごく当たり前に行っているお祈りのしぐさも度々登場します。インドのダンスは、人々の生活と深くつながっているんです。赤ちゃんとその家族と過ごす中で、インド人の生活を体験できたことは意味があったんだと思いました」

赤ちゃんのお世話
赤ちゃんのお世話をする日々

それからインド人観察が始まった。インド人は普段からジェスチャーをよく使ってコミュニケーションを取る。Mashaさんには、それも全部ダンス・表現に映った。

さらにインド人は素直に喜怒哀楽を出す人が多い。ケンカしていたかと思えば、すぐに肩を組んで笑い合っていることもある。そんなインド人の特徴が踊りにもよく現れていた。インド人は形の美しさを追求するだけではなく、心で踊っているように見えた。

「ハートで踊っているインド人のダンスに感動しました。でも感情をすべてバーッと出すのではなく、恋心や強い信仰心など内側に秘めたものも持っている。そんな秘めたものもありつつ踊る姿は奥ゆかしさも感じます。そんな部分に強く惹かれ、私がやりたい表現はこれだ!と改めて思ったんです」

自由に見えるインド人だが、自由にいかない部分も多い国だ。宗教によるぶつかり合いや貧困など多くの問題を抱えている。そんな問題を抱えながらも、人々はその現実を受け入れ、人生を俯瞰しつつも楽しんでいるように見えた。そんな複雑さがインドのダンスの表現の深さにつながっているのかもしれない。

インドでのステージ出演
インドでのステージ出演

インドで生活する中で、一人の女性と仲良くなった。一般的にインド人はスキンシップが多い。家族や友達同士でハグをしたり、頭や顔を撫でまわしたりするのも日常的だ。その友達もMashaさんを家族のように受け入れ、ある時は一晩中ハグをして寝てくれたこともある。最初は気恥ずかしさもあったが、肌のぬくもりが心地よかった。

「人生でこんな風に大切に扱われたことがあっただろうか?と思いました。インド人は人との距離が近く、物理的にとてもわかりやすい形で愛を表現します。自分勝手に見えることもたくさんあるけど、人を思いやる温かい心を持っている人たちだと感じました」

インド人は自分や国に強い誇りを持っている。ぶれない強い芯を持ちながらも、相手を思いやる温かい心を持っている人たち。そんな人たちが日常や感情を表現しているダンスだからこそ、心惹かれた。

日本とインドの共通点

様々なダンスを経験し、一度はダンスを離れながらもたどり着いたインド舞踊の世界。今までMashaさんがやってきたミュージカルや芝居も、インドの踊りには全てが含まれている。無駄な経験は一つもなく、すべてが今につながっているのだ。

Mashaさんのダンスを見て「日本舞踊にも似ている」「どこか懐かしさを感じる」と思う人もいる。たとえばインド人女性は「ぶりっ子」に思えるような、かわいらしいしぐさや表情をすることも多い。しかし年配の女性から「昔の日本人もそうだった」と言われたこともある。

「昔の日本はインドと似た部分があったと思います。自分を大切にしながらも利己的になるのではなく、他人のことにも親身になること。人間同士の関わりの中で感じる肌のぬくもりや心の温かさ。喜怒哀楽を素直に出すこと。私たちが忙しさの中で忘れがちになっている人間らしい営みが、インドにはまだ残っている。私がインド人の表現を借りながら、インドの日常を踊ることで、昔の日本にも共通するものや懐かしさを感じてくれたら。私は海外に出たことで、改めて日本のよさを感じました。私のダンスを通して、もともと日本人が持っていた優れた部分を感じてもらえたらと思います」

現在、Mashaさんはボリウッドダンスを踊りながらも自分だけの表現を目指し、創作舞踊にも取り組んでいる。ダンサーだけが特別なのではなく、お客さんも一体となった日常の延長にあるようなステージを目指して今日も踊っている。

【プロフィール】Masha Amauraさん

Masha Amaura
Masha Amauraさん

ジャズダンス、民族舞踊各種、芝居、ミュージカルなどを経験後、ボリウッドダンス・北インド古典舞踊カタックダンスに出会う。日本人離れした表現力豊かな舞踊に定評があり、様々なミュージシャンとのコラボレーションや、表現力を主としたオリジナル作品も創る。ダンスクラスやコンサートの企画だけではなく、各地でワークショップを開催する講師・振付師でもあり、コンサートやヨガクラスなどでインドの楽器「タンプーラ」を伴奏するなど幅広く活動している。

公式HP:Masha Amaura
instagram:Masha Amaura

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中谷秋絵 あぬ

中谷秋絵

インド研究家×ライター。自己肯定感激低の状態でインドに渡航し、インドの人々の温かさ寛容さで救われる。インド滞在経験2年、現地の日系旅行会社に勤めた経験あり。現在はフリーライターとしてインタビューを中心に活動中。電子書籍『どんなに自己肯定感が低くても生きやすくなるすごいインド思考術』でAmazonランキング1位・ベストセラーを達成。ダンサーとしてインドのボリウッドダンスも踊っている。

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