気を遣いすぎて疲れてしまう人に伝えたい「人に優しく」理想のあり方とは

 気を遣いすぎて疲れてしまう人に伝えたい「人に優しく」理想のあり方とは
Nao Yoshino
吉野なお
吉野なお
2021-05-29

プラスサイズモデルとして活動する吉野なおさんによるコラム連載。今回のテーマは「自然な優しさってどういうこと?」。

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あなたは優しい人でしょうか?それとも、優しくない人でしょうか?

私は...うーん、どちらでもあると思います。 

そんな私はかつて、こんな状態になって悩んでいました。

・他人に気を遣いすぎて疲れてしまう

・人間関係で相手の意見を優先しすぎて、自分の気持ちが分からない

・仕事で「断ると相手に悪いから」「人に頼むと煩わしいから」「自分でやったほうが早いから」という理由で必要以上に1人で仕事を抱え込みすぎて体調を崩してしまう 

・・・身に覚えがある!という方もいるかもしれません。

もちろん、人に優しくしたり、相手の意見を尊重することは、とても良いことです。
でも、自分を犠牲にするほどの優しさは、果たして本当の優しさなのでしょうか?

というわけで、今回は、『自然な優しさ』について考えていきたいと思います。

道案内から感じたこと

先日、帰宅するためにバスに乗り込んで、バス停で発車時間を待っていた時のことです。

とある女性がバスの運転手に「ここの住所に行きたいんですが、このバスでなら行けますか?どこで降りればいいですか?」と聞いている会話が聞こえてきました。

運転手は「う〜ん、多分行けると思うけど、自分より乗ってる他のお客さんの方が詳しいから、聞いてみてください」と答えて私たち乗客がいる車内を指さしました。

会話の様子から、どうやら家の近所らしいことがわかったので、私はスマホの地図アプリを取り出し、「行き先の住所はどちらですか?」と、その女性に話しかけて調べ、降りるべきバス停と、バス停から目的の住所までの道を口頭で説明しました。

女性は何度もお礼を言いながら、その通りにバスを降りていきました。

「案内できて良かった〜」と思ったのも束の間、再びバスが動き出すと、「ちゃんと辿り着けるかな?」「一緒に降りて目的地まで案内してあげた方が良かったかも」「次のバス停で降りて追いかけるべき?」と、心配する気持ちが私の心の中にソワソワと湧いてきました。

でも、よ〜く落ち着いて状況を整理してみると、私は【その時の自分に出来ることをやった】のだから、あとはその女性が目的地にどうたどり着くかまで心配する必要はないかもしれない...と思えてきました。

もし、降りるバス停が同じで、行き先が同じ方向なら、一緒に降りて案内するのは自然です。でも、私には別の行き先があり、一緒に降りるという発想が、その時の自分にありませんでした。

それに、日中で道に人も歩いていますし、近くにコンビニもあります。いざとなったら、その女性はまた誰かに道を聞くこともできます。

そう思えた時、「人に優しくすること」について、自分なりのモノサシが1つわかりました。

【自分が出来る範囲のことだけやる】ということです。

また別の日の散歩中、道の端に佇む雛鳥を見つけました。

道端の雛鳥
photo by Nao Yoshino

私が近づいても飛ぶ様子はありません。怪我は見当たらず、「まだ飛べないのかな?助けが必要かな?」と思ったものの、周りを見ると、親鳥らしき鳥が叫んでいました。

「どうするべき?」とスマホで調べてみると、『親鳥が周りにいる場合は、雛鳥を拾わない方がいい』という情報が出てきました。

実はそれは雛鳥を自立させるためのトレーニングで、「かわいそうだ」と思って人間が介入すると、雛鳥が自然界で生きるための成長を妨げるとのこと。

周りに猫がいるなど危ない状況であれば避けられるようにしておくのは良いそうですが、危ない様子ではないので、とりあえずそっとしてその場を去りました(しばらくしてから改めてその道を通ると、親鳥と雛鳥の声はするものの姿は見えず、場所を移動したようでした)。

そしてこの経験から感じたことがまた一つ。

【何が本当の優しさかは相手によって違う】ということです。

一見難しそうなことでも、実は本人が自分でやる必要があったり、優しさの形が異なる場合があるのです。

優しさが上手な人が出来ていること

優しさと言えば、私の身近に『優しさの先生』だと思っている人がいます。一緒に暮らしているパートナーです。

彼の優しさは過剰ではなく、ちょうど良い自然な優しさで、思わず感心してしまうことがよくあります。

どうしてそう感じるのだろう?と私なりに観察してみたところ、その理由は【自分が出来ることと出来ないことを、彼自身がよく理解していること】でした。

例えば、彼にはできず、私にとっては楽に出来ることがあります。でも、彼は自分を卑下したり「僕も君のようになりたい」と嘆くのではなく、「それは僕には出来ないから素晴らしいことだよ」と言ってくれるのです。

そして逆に、私には出来ないことを、彼は楽にやってのけたりします。『自他の境界を自然にひけているから、自然な優しさが出来る』ようなのです。

アフリカの諺に『道に迷うことは、道を知ることだ』というものがあります。

人に言われた通りの正しい道(最短距離)だけを歩むよりも、道に迷いながら自分で目的地のに辿り着く方が、その道について詳しくなれるという意味です。

同じように、優しさというのは、ただ手を差し伸べたり与えることだけではなく、そっと見守ったり、本人の自立を尊重することが大事な時もあります。

他人に気を遣いすぎて疲れてしまう!という時は、相手に優しくしているつもりが、実は『自分の不安を解消させるための優しさ』になっていないか、一旦立ち止まってみることもおすすめです。

ときどき自分を振り返って、自分にも優しくしてあげることこそが、他人に対する自然な優しさを生み出すことに繋がるかもしれません。

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AUTHOR

吉野なお

吉野なお

プラスサイズモデル・エッセイスト。雑誌『ラ・ファーファ(発行:文友舎)』などでモデル活動をしながら、摂食障害の経験をもとに講演活動やワークショップのほか、ZOOMでの個人セッションも行っている。mosh.jp/withnao/



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