「生活改善運動」を続ける作家・安達茉莉子さんにとって「幸せな方を選ぶ」こととは


作家の安達茉莉子さんが「生活改善運動」という言葉に出会い、実践し、生活も心情も変化していく様子を描いた『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)は、現代を生きる私たちに温かく響くものがあります。安達さんが語る、「生活改善運動」についてのインタビュー後編です。
自分を大切にすることは、がんばって大切にしなくても大丈夫な状況を作ること
ーー安達さんは「生活改善運動」の中で、自分を否定も卑下もせず楽しそうです。だから読んでいても楽しいですし、同じように自分を楽しませるために自分の生活改善運動をしてみようかと思えます。
安達さん:自分がよければいいんです。自分のためになることをすることが周りのみんなのためになると思っています。たとえば、みんなが自分の家で幸せに暮らしていたら、電車の中ってもっと平和になると思うんですよ。席を譲り合えたりね。「私はもういっぱいもらってるから、今日はあなたが座りなさいよ」みたいになると思うし、電車を降りる時にも、我先に出ていかないと思うんです。そうじゃない今の状況は個人のせいじゃなくて、忙しくなりすぎている社会の環境の要因が大きいと思うんですよね。
だから、自分も人も責めずに、「今自分はどうしたいのか」を考えていけたらいいですよね。例えば、「片手で食べられるごはんばかり選び続ける人生は嫌だな」っていう風に、本当は自分はどうしたいのかをまず考えてみる。
ーー「生活改善運動」って自分を大切にすることに繋がると感じています。自己肯定感を上げようと言われるとちょっと苦しい人にとっても、自分を大切にすることには関心があるのではと思います。安達さんにとって自分を大切にするって、どういうことですか?
安達さん:自分を大切にすることは、「がんばって大切にしなくても大丈夫」な状況を作ることかな。自分のことを好きでいてくれる人たちに周りにいてもらうとか、自分が荒れても心配してくれる人がいるとか。
自己肯定感を上げないといけないと思うと、結局自分はダメだと思ってしまいやすい気がします。そうじゃなくて、「これでいいわ。OKOK!」でいいと思うんですよね。「本当は特上寿司が食べたいけど、今日は手持ちがないから並のお寿司と、ガリを楽しもう」とかね。そしてガリがおいしいお店は覚えとく。その時その時でベストを探す。自分を大切にするって、自分に正直になることですかね。
ただ、日本社会でずっと育ってきていると、自分を大切にする=わがままな感じにされちゃうし、自分でもそう思ってるとどうしてもその考えには乗れないですよね。だから、自分を大切にするって、そんなに簡単なことじゃないと思うんです。だけど、ひとつひとつの違和感を消していくことだったらできる気がするんです。例えば、寒いなって思ったらちょっとあったかくしようとか。タクシーの音が出るモニターがあるじゃないですか。私は音がダメですぐ消すんですけど、意外につけたままの人って多いと思うんです。でも、うるさいと思ったら消すとか。トイレ行きたいなと思ったらすぐ行くとか。みんなトイレに行くにも気を使って行きませんか?そんな状況で自分を大切にするなんてできないですよね。だから、まず私がトイレに行けばみんなも行きやすくなるかなぐらいの気持ちでいます。正直に生きると自分も満たされてるから、みんなも同じように満たされていてほしいと思うようになるんじゃないかな。だから、自分一人じゃなくて、みんなが幸せになる方法を考えるようになる。自分だけじゃなくて、みんな楽しく生きていられたらいいよねってなると思うんです。
でも、人間だしちょっと今荒れてますみたいな時ってありますよね。それはそれでいいと思います。人って、そういう誰かが荒れてるとかの話の方にちょっとホッとしたりするんですよね。私だけじゃないんだと思える。自分の陰も陽も含めて丸ごと温めてあげたいです。
ーー安達さんって温かくて心地良い方ですね。居心地が良くて、周りにも温かい方々が集まってくるんですね。
安達さん:同じ感じの適当な人が集まってきます。人生は短いから、その間どう過ごそうと、生きている時間自体は変わらないと思うんですよね。だったら楽しい方にしようっていう感じです。
自分の心に触れるものを感じて選ぶことは、人生の楽しみ
ーー本にも書かれていた「幸せな方を選ぶ」ということにも通じますね。安達さんは、幸せな方を選ぶことも、最初は簡単ではなかったのでしょうか?
安達さん:そうですね。私もそうでしたし、「自分の幸せが何か分かりません」ってみなさんおっしゃるので、むしろあるあるなんだと思います。だから、自分だけがわからないんだと悩む必要はないと思います。
私のおすすめは、苦手なことは一人でやらないことです。私は「生活改善運動」を始めたとき、誰かが一緒にいてくれたんですよね。「茉莉ちゃんこれ好き?これは?」って聞いてくれた人が複数いて、「なんで好きでもないのに、それを着続けるの?」とか、「なんで嫌な気持ちになる服をずっと取っておくの?」みたいなことを言ってくれたんですよね。だから、もし今自分が何が好きかわからない人は、そういう理解者とともに、生活改善してみるといいと思います。例えば一緒にIKEAのような家具屋さんに行って、この人は何に反応してるんだろうっていうのを一緒に見てもらったり、お互いに見合ったりとかね。いくらでも変えていく方法はあると思うんですよね。
物を選ぶ時って、値段やサイズ、家族がいたら家族の趣味に合わせるっていう風に、自分の好み以外の要素から選ぶのが当たり前になっているけど、自分の心に触れるものを感じて選ぶのが大事だと思います。それができたら私は立派な人間になれるとかじゃなくて、それこそが人生の楽しみなはずなんですよ。だから今自分が何を幸せに感じるかわからないってことは、これからまだ見たことのない名作映画が待ってるっていう感じなんです。だからむしろ羨ましいですよ。
嫌いなことを捨てていったら好きがわかるようになる
ーー「生活改善運動」に興味があってやってみたいけど、かつて睡眠時間を削っていた安達さんのように様々な要因で手をつけられないでいる人もいますよね。そんな方にはどんな言葉をかけたいですか?
安達さん:やってみたいって、頭で考えるんじゃなくて、衝動的なものだと思うんです。もちろん性格にもよるとは思うんですけど、やっぱりやりたいって思ったら止められても動くと思います。そうならないってことは、今は本当に疲れてて、そもそも生命エネルギーのダムがカスカスになっている時なんじゃないかと思うんです。そんな時に何かやりたいなんて思えるはずがないじゃないですか。そういう時は、やりたくなるまでは安全サイドに立とうと思っていいんです。いっぱい眠るとか、もう今日は疲れたから無理しない、とかね。
まずは、自分の中から「嫌」なものやことを捨てていくことを私はおすすめします。「嫌」に囲まれすぎていると好きどころじゃなくなるので、まず「嫌」をいっぱい捨てていくことですね。かつ、難易度の低いものからやっていくといいですよ。簡単なところだと、電車の車両を選ぶ。私は電車の車両が嫌だなと思ったら隣の車両に移動するんです。この電車は混みすぎていて乗りたくないと思ったら一本待つと、次はガラガラだったりしますよね。焼肉に行った時に、本当は野菜を食べたくないと思っていたら食べないとか。そういうことをひとつひとつ大切にする。嫌いなことを捨てていったら好きが分かるようになるんです。好きをやるためにはお金がかかることが多いんですけど、嫌いなことを捨てる分にはコストはかからないですしね。ただ、そういう捨てる体力もないですっていう時は、寝た方がいいと思う。生命力のダムをためてからでいいんです。
ーー寝ることもそうですが、生活改善運動って例えばヨガの人たちが言うストレッチとかセルフケアに近いものがあると感じます。安達さんがされているセルフケアってありますか?
安達さん:引っ越してお風呂が広くなったんですよ。それで、湯船に浸かる習慣ができました。でも、湯船ってお金に苦しんだことがある人とか、プロパンガス環境で暮らしてる人にとっては、贅沢品に思えちゃうこともあるんじゃないかとは思います。プロパンガスだとガス代が月1〜2万とか平気でいくらしいので、その環境でお金がない時だったら湯船に浸かろうって言われても入らないとは思うんです。だから、湯船に浸からない気持ちもとてもよくわかるんですよね。だから、入るべきだって考えるんじゃなくて、入ったら気持ちいいっていう学習をする。味を占めることですかね。あとは、お散歩を生活に取り入れました。

副産物としてのセルフケアがちょうどいい
ーー鎌倉で生活を始めたことによる変化ですか?
安達さん:実は、鎌倉に来てからずっと仕事が忙しくて、散歩できていなかったんです。締め切りに追われていると、「この30分があれば仕事できたよな」とか思っちゃって。でもある時にふと紅葉を見て、「私はあまりにも多くの鎌倉を見逃してしまった。それではいけない!」と思ったんです。鎌倉が好きだから、真摯でありたいんです。それからは1日に15分とか30分だけでもいいからお散歩に出ることにして、無理やり自分を蹴り出してでも外に行くようになりました。そうすると美しい鎌倉の風景に全身つつまれる。自分に厳しくしてよかったなって思うんです(笑)。
ケアって、結果的にケアされているぐらいがいいと思うんですよ。みんな真面目だから、「セルフケアするんだ」って思うと"いいことしてる感"が出ちゃって、「やらなきゃ!」ってなると思うんですよね。やらなきゃいけないと思ってすると、やれていない時には自分を責めて辛くなっちゃいます。そうじゃなくて、「外の空気が吸いたい」とか、「あそこでコーヒー飲もうかな」とか、自分へのご褒美や甘やかしの一貫として外に出ると、結果的にそれがすごいセルフケアになってたっていう、副産物としてのセルフケアがちょうどいいと思っています。もちろん、セルフケアを積極的にするのが好きな人はそれでいいと思うんですけど、私は疲れちゃったんです。だから、結果的にセルフケアになっているくらいがいいですね。そうすると、いつでも自分は自分を見放してないし、自分に大事にされてるから、のびのびと放し飼いの犬みたいな感じで暮らしていけます。

ーー安達さんは「自分の中に犬を飼っている」って本でもおっしゃっていますよね。内なる犬を喜ばせることが幸せな方を選ぶことですか?
安達さん:幸せなら、内なる犬は絶対に喜んでいると思います。内なる犬は人にいっぱい傷ついて拗ねきっていたりとか、攻撃的だったりっていう感じなんです。でも、内なる犬が喜んでいたら、それはもう絶対に幸せな時だと思いますね。満たされていて、感謝していて、かつ当たり前にそれを受け取っているみたいな。安心しきっているんです。
ーー鎌倉生活では、のびのびと生活されている空気を感じますが、今の暮らしを内なる犬は喜んでいますか?
安達さん:喜んでますね。のびのびと生きすぎていて心配になる時はありますけど。鎌倉の山側に住んでいるので山のほうが近いんですが、海にも行こうと思えば歩いて行ける距離で、材木座海岸によく行くんですね。夕暮れ時には、地元の人たちが夕日を見に集まってきて、そこでぼーっと海を見てるんです。こんなに美しい夕暮れの海を毎日見れるんだなってちょっとびっくりしちゃって。都会にいるとそういう生活があるって想像もしないじゃないですか。でも鎌倉ではやっているんですよ。
昔、勤め仕事をしている時には残業ばかりしていたので、17時や18時に帰れる人がたくさんいて通勤ラッシュがあるなんて信じられなかったんですけど、その時の私からしたら夕日を見に集まってくる人がたくさんいる世界って別世界なんです。でも、その別世界があるって知るだけで、ちょっとずつ自分の人生が変わっていくと思うんですよね。そんな世界があるんだなって思うだけで、ちょっとずつ自分もそっちに引き寄せられていっちゃう。そういう風にコントロールを手放しても大丈夫だって思うのが、私が思う「生活改善運動」の目指すところなのかなって思います。
小さいことを積み重ねて自分が居心地がいいところへ
ーー残業ばかりだった時代とはずいぶん変わりましたね。
安達さん:あの頃はあの頃で一生懸命に生きていたと思うんですけど、我ながら今は別世界に来ましたね。あの頃があって今があるんですけどね。それくらい変われるよっていうのは言いたいです。お金持ちになったから変わったとか、素敵な人と出会ったから変わったっていうことじゃなくて、小さいことを積み重ねていって、気づいたら自分が居心地のいいところにいたっていう。これは絶対みんなに起こることだと思うので、今ちょっと「はぁー」ってなっている人だって、いつかそうなるかもって思うことが大事だと思います。
ーーたとえ今が大変でも、変わることはできると思うと、励まされますよね。
安達さん:絶対に変わると思うんです。2年後に変わっていることもあると思うし、来年だってあると思います。そう思っていた方がいいと思います。
ーー最後に、今後のご予定をお聞かせください。
安達さん:今は書籍をいくつか準備をしていて、今年いろいろと発表ができたらいいなと思っています。3月には、京都を拠点にした社会福祉法人南山城学園で滞在取材を行った、『らせんの日々ー作家、福祉に出会う』(ぼくみん出版会)が刊行されます。日本社会が生きやすい場所になっていく「最先端」がここにあると思って書いた本です。ぜひご覧いただけると嬉しいです。
ーー今後のご活躍も楽しみにしています!ありがとうございました!
プロフィール|安達茉莉子さん
作家、文筆家。東京外国語大学英語専攻卒業、防衛省勤務、丹波篠山の限界集落での生活、イギリスの大学院留学などを経て、言葉と絵を用いた作品の制作・発表を始める。『私の生活改善運動 THIS IS MY LIFE』(三輪舎)、『毛布 – あなたをくるんでくれるもの』(玄光社)、『臆病者の自転車生活』(亜紀書房)、『世界に放りこまれた』(twililight)などの著書がある。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く