一夫多妻制。明日にでも実現できるとしても、するべきではないと考える理由

 一夫多妻制。明日にでも実現できるとしても、するべきではないと考える理由
canva

エコーチェンバー現象や排外主義の台頭により、視野狭窄になりがちな今、広い視野で世界を見るにはーー。フェミニズムやジェンダーについて取材してきた原宿なつきさんが、今気になる本と共に注目するキーワードをピックアップし紐解いていく。

広告

2024年7月14日放送の『そこまで言って委員会』(読売テレビ)にて、東京都知事選に出馬した石丸伸二氏が少子化対策について語った。

石丸氏は「先進国はどこも少子化を克服できていない」ため、現在の少子化を解消することは今の社会の規範では無理だと語り、出演者から「具体策はないのか」と突っ込まれると、「例えば、一夫多妻制を導入するとか。遺伝子的に子供を生み出すとか」と述べて、スタジオをざわつかせた。

石丸氏は続けて、「(一夫多妻制等を実現するのは)今はどう考えても無理です」とし、実現のためには、「100年、200年、日本だったら300年かかるかもしれない」ため、やろうとは思わない、と締め括った。具体的な少子化対策は語られなかった。

番組が放送されるや否や、石丸氏の発言は多くの非難を浴びた。ところで、少子化対策としての一夫多妻制の実現は、“実現に時間がかかるから、どう考えても無理”なのだろうか?

昔は特権的階級にだけ一夫多妻は認められていた。妾が廃止された理由は?

『結婚の社会学』(筑摩新書・阪井裕一郎著)によると、日本では一夫多妻制が一部の特権的階級にいる人だけに認められていた時代があった。

本書によると、江戸時代までは、武士階級に限って、妾の慣行があったという。将軍家や大名家では、当主は正妻の他に側室と呼ばれる妾を複数人持つことは、ごく一般的なことだった。将軍家が大奥と呼ばれる多くの側室を含む数百人の女性と暮らしていたことは有名だろう。家の継承こそが最も大切だとされる武家社会では、側室に子供を産ませることは、非難されることではなく、むしろ必要なことであり、男子を儲けることが家の義務である、とされていたのだ。

この流れは明治以降もある程度継承された。1868年には、妾は法律上正式な配偶者とされ、妻の次位に置かれていた。明治民法の元では、本妻に女子しか生まれなかった場合、妾に認知された男子がいれば、相続の順番は男子が優先されていた。権力がある武士の家では妾が数名いることは珍しくなく、妾がいても嫉妬せず、平和に家を納める女性は「女の鑑」だと言われたのだ。

明治初期には、公家華族、武家華族の半数以上が妾を持っていたし、初代内閣総理大臣の伊藤博文は多くの妾や愛人を持ち、それを隠そうともしなかった。妾や愛人は非難されるものではなく、法律で保護されており、富や権力の象徴であり、男性のステイタスでさえあったのだ。

こういった状況が変化し、一夫一婦制へと転換したのは、諸外国に対する考慮が大きかったと言われている。西洋諸国の視線に配慮して、妾廃止に至ったそうだが、廃止に至るまでは強い反発もあったそうだ。

妾廃止反対を唱えたのは、元老院議官たちで、彼らは天皇制の基礎となる皇統の継承のためには、妾は不可欠なものだという「在妾論」を唱えていた。

数百年前には、特権的地位にいる人たちの家や財産を継承していくために、一夫多妻制、妾制度を推奨する人は珍しくなかった、ということだ。

一夫多妻を現代に導入したら何が起こるか

一夫多妻制度は、数百年前は倫理的に問題がないと思われていた。しかし、現在は倫理的な問題があると考えられている。この数百年で、何が変わったのか。

それは、女性や、特権的立場にいない男性、そのほかの人にも、人権があると考えられるようになったことだ。

現代の日本で一夫多妻制を導入したら、多くの妻を得られる人は、地位や金、権力がある男性に限られる。男女の賃金格差が大きく、シングルマザーの二人に一人は貧困ライン以下の生活を余儀なくされる現状において、若い女性が、“自らの意思で”第二、第三夫人になることも予想される。経済的に安定しない男性は、ますます結婚や子供を育てることから遠ざかることになる。

つまり、少子化対策で一夫多妻制を導入したとして、多くの子供を得られるのは、権力と金のある男性だけだ。一夫多妻制は、権力のある男性と、“子供の数を増やし欲しい政府”にのみ利益がある、と言えるだろう。

一夫多妻制を、明日にでも実現できるとしても、するべきではない理由

石丸氏は、一夫多妻制の導入は、100年、200年、あるいは300年かかるので、少子化対策にはなるが「どう考えても無理」だと述べていた。石丸氏が非難されたのは、一夫多妻制の導入が、強者の男性以外の人たちの人権を無視したものであることに、無自覚であったからだろう。

一夫多妻制は、「時間がかかるから導入するのはどう考えても無理」ではなく、「明日にも実現できたとしてもするべきではない」のだ。

「世継ぎのために、天皇家にだけ一夫多妻制を認めよう」と決めることが、誰を、そしてどのように傷つけるのか、は想像することができるはずだ。それを、一般市民ならアリかもしれないと思うのだとしたら、想像力が著しく欠如しているとしか思えない。

広告

AUTHOR

原宿なつき

原宿なつき

関西出身の文化系ライター。「wezzy」にてブックレビュー連載中。



RELATED関連記事