動きはどこから生まれるか|理学療法士がヨギに知ってほしい体のこと


理学療法士として活躍する得原藍さんが、ヨギに知ってほしい「体にまつわる知識」を伝える連載。第二回目となる今回は「動きはどこから生まれるか」。
目の前に、テーブルに置かれたグラスがあります。あなたはそのグラスの中の水を飲もうと思います。そのために、手を伸ばします。伸ばした手で、グラスをつかんで口もとへ運びます。そして、グラスを傾けて水を喉に流し込みます。
日常的に行われているわたしたちの生活の一部を描写しました。このような一連の動作は、一体どこから始まるのでしょうか。
身体運動は筋の収縮によるものですが、筋の収縮はそれ単独で起こるわけではありません。最終的には筋の収縮というアウトプットで完遂されますが、動作の前には動作以前の「動作の準備」とも言うべき段階があります。
例えば、目の前のグラスを取る動作の際、筋を動かす前に認知すべき情報が数多くあります。グラスまでの距離はどのくらいか、グラスにはどのくらいの水が入っていてどの程度の重さなのか、グラスは滑りやすい材質か、中の液体は水に見えるがまさか熱湯ではないかなどです。
グラスまでの距離は肩や肘や手の関節を動かす際の必要な関節角度変化量に関与しますし、重さはつかんだ瞬間の力の入れ具合に関わります。滑りやすい材質だと考えればグリップに注意を払い、熱湯である可能性があれば慎重に手を伸ばすでしょう。こういった対象物に対する情報収集は、動作の前、動作の遂行中、動作後と、常に行われています。運動が始まる前から、視覚や触覚や温度覚と脳の中の「動作の記憶(このくらいの距離ならこのくらいの角度変化だ、この重さならこのくらいの力の入れ加減だ、などという記憶)」とを照合し、運動中・運動後は最適な運動が行えるよう、最適な状況で終わることができるよう、調節を行っているのです。
また、筋の活動としての準備もあります。先行随伴性姿勢調節(anticipatory postural adjustments、略して『APA(エーピーエー)』)と呼ばれていますが、例えば先ほどのグラスの例のように「物を持つ」という動作の場合、「物を持つために伸ばす手の運動による身体のバランス変化に対応するために」、事前に背筋群などが活動を開始します。
この活動は微々たるもので、目に見えるほどの関節角度変化として認識できるものではありません。しかし、筋の活動を計測する筋電図というものを皮膚表面に貼付しますと、明らかに活動が見られます。
このAPAがどこからどこまでかという議論は別にあるのですが、動作以前の動作準備の筋活動としてわかりやすいのが「重いと思って持った鞄が軽かったとき」「もう一段階段があると思って降りたのに実際は一段少なかったとき」だと思います。誰もが一度は経験したことがあるのではないでしょうか。あのときに感じる妙な力と現実の不一致こそ、運動の前に収集した情報と、そのために準備した身体の状態が、一致しなかったときに起こるズレなのです。
歩き始めたばかりの幼児は、歩くのが下手ですね。それは、どのタイミングでどの筋を活動させて動くべきか、という動きの洗練が足りないからです。手で持ったグラスを勢い余って振り上げて中の牛乳を撒き散らしたり、目の前の段差に気づいて足を上げたのにつまづいて転んだり、そういったことも全て身体的な経験値の少なさから生まれているわけです。
ヨギのみなさんも、ヨガを始めた当初に取れなかったバランスが取れるようになるまでには、きっと様々な失敗を繰り返されてきたのだろうと思います。動作の全てが、自分の運動の記憶と照合されて準備されているのだと考えると、それも納得がいくのではないでしょうか。誰もが、自分の脳の中にしかない記憶と運動とを、照合させずには動けないのです。
その情報収集がうまくいかないとき、照合させるべき記憶の量が足りないとき、記憶はあるのにそれとは違うものと対峙したとき、照合の結果動かそうとした筋が何らかの障害で思う通りに動かせないとき、そういったときに、動作は困難をきたすのです。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。
- SHARE:
- X(旧twitter)
- LINE
- noteで書く