物欲にまみれた暮らしは、ヨガ的ではない?モノと人との関係性
「あれも欲しい」「これも必要…」とモノを買うことがやめられないという人は多いはず。「必要最低限で暮らす」のがヨガ的な暮らしだとしたら、物欲まみれの暮らしは悪いことなの? ヨガ的な暮らしとは何か、ニューヨーク在住のヨガ講師・yasushiさんに聞いてみました。
「必要」と「贅沢」の線引きは人それぞれ。大切なのは、モノとの向き合い方
ヨガをしている人のなかには、物を極力持たないのが「ヨガ的」であるとし、お金そのものに対してもよいイメージを持っていない人も多いように感じたことがありました。実際、物欲にとらわれず、しかも我慢している様子でもない人たちに出会うと、清々しいものを感じながらも「自分もそんな風になれるのだろうか?」と考え込んだものです。
どこまでが「必要」で、どこからが「贅沢」なのかは、人それぞれが決めることだと思います。また自分をキレイにプレゼンテーションしたいという気持ちは、それがたとえ外見からのアプローチだったとしても、間違っていないと思います。もちろん自分自身を哲学的な価値観だけで測れるならば、外見には無関係でいられるのかもしれません。でも、他者に自分がどのように映るかを考えるのは自然な心理ですし、時にはそれが、社会的に必要な礼儀となることもあります。
さて、物が増えていくというお悩み。自分の持ち物を把握しきれていないのが、ひとつの原因になっていないでしょうか? 僕自身は半年ほど前に引っ越しをしたときに、「よく似た物」と「ひとつで十分な物」はすべて処分しました。同じ本が2冊あったり、何かの予備とその予備とさらにその予備があったり……。実際に持ち物が減って整理できると、清々しいものですよ。クローゼット内の収納にも工夫をし、持っている物が一目でわかるようにしてみました。買い物の現場で、クローゼットの光景を思い出せば、衝動買いや、物を増やす癖に歯止めがかかるかも。
ショッピングとは「未来」を買うことだと聞いたことがあります。未来への期待が私達に買い物をさせる。「これを着てあそこへ行こう」「これを履けば素敵に見えるかな?」なんて。でもしばらくすると、クローゼットの中は「過去」だらけになり、それを捨て切れずに持ち続けてしまう。未来への期待が過去へのしがらみへと変わるのでしょうか?
ショッピングの前に、クローゼットに押し込んできた時間を整理しましょう。そして何かを買ったら、それを「現在形」で思いっきり使う。そんな心意気で物に対峙するのも、ひとつの方法かもしれませんね。
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