入りたい、でも入れられたくない|名もなきアンビバレンス(引き裂くような相反欲望)

牧村朝子

入りたい、でも入れられたくない|名もなきアンビバレンス(引き裂くような相反欲望)

牧村朝子
牧村朝子
2021-03-12

アンビバレンスとは、「相反」という意味。「したい、けど、したくない」というような、引き裂くような相反を自分の中に感じたとしても、どちらかに決めようとしなくていいのです。昼と夜が一続きであるように、相反する感情が混じり合いながら自分の中にある、そのことをただ感じていきましょう。 初回である今回は、自分の性のあり方を名付けることについてお話ししていきます。

「セックス」は行為を示す言葉?もともとどういう意味?

「美交合(うまくひあひ)」……古い日本語で、「セックス」のことです*1。美しく交わり合わさる。なんだか安心する表現です。ちなみに「美し」は「うまし」と読みまして、単に「見た目が美しい」という意味ではありません。「五感に快い」「熟練している」という意味。つまり、熟練して快く交わり合わさる、ということだったんですね。

では、「セックス」ってもともとどういう意味だと思いますか。

実は、「切り分ける」という意味なんです。

ラテン語のsecāre(セカーレ/切り分ける)から、sexus(セクサス/生き物をオスとメスとに区別する)という言葉が枝分かれし、そこから「セックス」という言葉が芽生えました*2。

自分は何者なのか? という恐怖

交わり合いと、切り分けと。

交わり合って溶け合う熱に、とろけながらも、自分がわからなくなってしまいそうな恐怖をおぼえる。それで人は、切り分けて、分類して、わかった気になって、安心しようとしたのでしょう。切り分けられる痛みと引き換えにしてでも。

男と女。
異性と同性。

わかりやすく切り分ける言葉の刃はこちらにも突きつけられます。「私は私」と言葉で言えど、その「私」が何者であるのかを問うてくる声、書類、身分証明。あなたにも、自分が何者なのかを表してくれる言葉が欲しいと思ったことはありませんか。

男か、女か、何者か。
同性愛者か、異性愛者か、何者か——。

自分を表してくれる言葉の箱に、入りたい。でも、入れられたくはない。名乗れるようになりたい、けれど、名指されたくはない。

相反する感情が混じり合いながら自分の中にある、ただ、そのことを感じませんか?

そんな名もなき感情を、名付けぬままに受容する。肯定も否定も断定もしないまま、あれもこれもみな“大いなるすべて”の一部であることを思い出そうとする。人間の性のあり方について、切り分けて体系づけるだけではなく、交わり合うようにつながりを取り戻すヨガの思想をヒントに考えていくのが、こちらの連載、「名もなきアンビバレンス」です。

アンビバレンスとは、「相反」という意味。「したい、けど、したくない」というような、引き裂くような相反を自分の中に感じたとしても、どちらかに決めようとしなくていいのです。昼と夜が一続きであるように、相反する感情が混じり合いながら自分の中にある、そのことをただ感じていきましょう。

初回である今回は、自分の性のあり方を名付けることについてお話ししていきます。

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牧村朝子

牧村朝子

文筆家。87年生まれ、神奈川県出身。著書「ハッピーエンドに殺されない」「百合のリアル」ほか。性/旅/歴史/言語をキーワードに、国内外を取材しながら、時代や差異で隔てられる人と人を「つなぐ・つづける・つたえてく」執筆活動を行う。海が好きで、ビーチヨガ・SUPヨガ・シャドウヨガが好き。twitter https://twitter.com/makimuuuuuu Radiotalk https://radiotalk.jp/program/45589

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