大いなる自己との瞑想
Big Mind Meditation

Big Mind Meditation

ポーズのやり方

1

すでに日常的に瞑想を行っている場合は、1~2分瞑想をし、安定して快適な状態で普段の姿勢を保持する。初心者は、心地よく背中を伸ばせる姿勢で座り(椅子に座るのでも十分)、数回深呼吸をして、できるだけリラックスしよう。ここから瞑想全般に25分かかる。

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リラックスしながら瞑想している状態で、自分自身に自分の「コントローラー(統制者)」と話すように促す(こんなふうに自分に話しかけるのを変に感じるかもしれないが、実はいつも頭の中で行われている会話に声を与えるだけなのだ)。「コントローラー」とは、要するに自我である。その名のとおり、統制する役割をもつ。おそらく多くの人が、すでにこの側面に気づいていて、格闘しているのはないだろうか。

3

コントローラーにその役割について質問し、理解を深めるために、何をコントロールするのかを聞いてみよう— 行動、考え方、それとも他人?その答えに良し悪しはない。コントローラーはその役割を果たしているだけだ。この「大いなる自己」の瞑想の重要な鍵は、コントローラーから…つまりエゴから協力を得ることであって、他の多くの精神的鍛錬のように、エゴを消そうと脅すことではない。

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ひとたびコントローラーから信頼が得られれば、他の声とも話す許可を頼めるようになる。エゴは相談さえすれば、喜んで一時的に道を開けてくれるものなのだ。

5

次は、「懐疑心」と話そう。だが、「コントローラー」に懐疑心と話すことを相談する前に、必ず一度、深呼吸をすること。話し相手を変えるときは、心だけでなく体もその変化に合わせると良い。

6

懐疑心にはありのままでいてもらおう。懐疑的な面があってかまわないし、むしろそれはいいことなのだ。もし疑う声がなかったら、私たちは常にだまされ続けてしまうだろう。懐疑心に、何を疑っているのかたずねてみよう。

7

一呼吸してから、今度は「探求心」と話す許可をもらい、この新しい声に話しかけてみる。瞑想を行う人は、探求心をよく思わず、逃れたいと感じている場合が多い。探究心は多くの欲望を生みだすからだ。だが、探求心は元来の役割を果たしているだけ。そもそも探求心がなかったら、ここで瞑想をしていないだろう。

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また深呼吸をして、「無探求」に話しかける。無探求は、瞑想の状態である。どこにも行かず、何もしない。善悪もない。単に何も求めないのだ。この無探求を探ってみよう。

9

一度深呼吸をして、大いなる自己に話しかけよう。これはその他すべての声を網羅する声であり、「存在の根拠」、「ブッダマインド(仏心)」、「ユニバーサルマインド(普遍的な心)」、「神」とも呼ばれる。大いなる自己には始まりも終わりもない。大いなる自己の外側には何もないが、この声は私たちの内側にある。大いなる自己の役割は、存在すること、である。 大いなる自己には何が含まれ、何が含まれないのかをたずねてみよう。自分の誕生は? 両親の誕生は? 自分の死は? 始まりと終わりはあるのか? 自分の他の声も含んでいる? 日々の問題をどう見ているのか? 大いなる自己と、できるだけ長く会話しよう。これは、自分のエゴを(エゴの許可を得た上で)自分の普遍的な本質に委ねている状態なのだ。 次に、「寛大な心」の声を見つけよう。寛大な心は、自分や他人のために何をするのだろうか。寛大な心の役割は、思いやりをもつことだ。誰かや何かが傷ついていたら、自分はどう反応するだろうか? 愛のムチをふるうのか、優しくなぐさめるのか、それとも両方? 苦しみに直面したとき、どこまで寛大でいられるだろうか? しばらくの間、この声とともに過ごしてみよう。最後に「無探求」にもどり、数分間共に過ごしてから、瞑想を終了する。大いなる自己と永遠に一緒にいたいと思うかもしれないが、どの声にもとどまるべきではない。止まれる場所などないのだ。自分のすべての声と代わる代わる会話をし、受容しつづけることによって、他人の無数の声も受け入れやすくなる。 大いなる自己と向き合うプロセスは、ひとたび習得すれば、瞑想の練習の間、あるいは一日のいつでも行うことができる。瞑想中に、特に怒りを感じていたら、怒れる自我に話しかけて、言いたいことを吐き出させる。それから無探求、もしくは大いなる自己と話せばよい。さまざまな声と話しながら、何が発見できるか見てみよう。

同じ姿勢でできるポーズ