食べものを買う側の私たちと作り手側の、ヘルシーな関係|せきねめぐみの、肩の力を抜くごはん

Megumi Sekine

食べものを買う側の私たちと作り手側の、ヘルシーな関係|せきねめぐみの、肩の力を抜くごはん

関根愛 
関根愛
2021-07-16

SNSで見かける、彩り豊かな食事の写真。見るからに栄養がありそうで、こんな食生活を送ってみたいと思う人は多いでしょう。でも「そんなに頑張れない…」という人も少なくないはずです。時間もない、料理が得意じゃない、不器用なあなたに伝えたい「頑張らないごはん」。意識すべきポイントは、とってもシンプルです。今日からできる「簡単な食養生」、教えてくれるのはマクロビオティックマイスターの関根愛さんです。

皆さん、こんにちは。七十二候は「蓮始開(はす、はじめてひらく)」という時期を迎えました。これから本格的な夏に向けて、白やうす桃色のぷくっとした蓮の花が満開に咲き誇っていくようすは圧巻。今からとても楽しみですね。

なんでしょう、蓮って、まるで宇宙に向かって伸びるアンテナのような葉っぱの部分。そしてその下の根本には沼地があるというのが、また良いんですよね。花びらだけだと神々しさもちょっと減るというか。よどんでいる沼から目を見張るような美しい花を咲かせるため「泥中の蓮」という表現もあります。たとえ「煩悩」という泥沼の中にいてもそれに染まらず清らかな姿と心持ちで生きる姿を表したものです。元々は「身は泥中の蓮華(れんげ)」というお釈迦様の言葉からきているのだそう。

でも、汚い沼の中からよくもあんなにきれいな花が、といいますが、沼、本当は汚くないんですよ。奄美大島で泥染めの体験をさせてもらったことがあるのですが、なにせ泥染めですので、布を染めるのに素足で天然の泥沼にズブズブっと入っていくんですね。これが清々しいほどひんやりして、なぜか全身の力が抜けていき、とても気持ちがいいんです。もちろん汚いなんて少しも感じません。イメージの中では暗くて汚く、どこか恐くて、得体の知れない感じがする沼なのですが、実際はとても神秘的で、深く、生命力あふれる場所だったんです。それに、毎日沼に入っていたらお肌はつるつるすべすべに、ちょっとした皮膚の傷口も知らぬ間に癒えていって内側から浄化された体になるような気がしたほどです。ですので、私はああいう沼から咲くのがあの美しい生命力のかたまりのような蓮の花だというのは、なんだかすとんと腑に落ちます。

今日のお話のテーマは「現代の食生活における泥沼」とでもいった感じかもしれません。今の世の中には、季節(旬)を無視し、人工的な過程を多く加え、利益優先に思える食品が常に溢れかえっています。まるで「泥中の蓮」ということわざの示すところの「泥沼」状態のようではないでしょうか。そうまさに私たちの計り知れない「煩悩」です。でも、ここで立ち止まって考えてみたいのです。果たしてこの煩悩を作り出しているのは商品を作る企業なのでしょうか?

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関根愛 

関根愛

俳優を始めた十数年前よりアトピーなどさまざまな心身の不調を感じてきたことで、薬に頼るのをやめて自分の体の声を聴きながら養生していくために自然食を始める。「じぶんらしく生きるための食養生」をテーマにInstagramやnote、Youtubeで日々発信をつづける。マクロビオティックマイスター。映画制作者、ライター、翻訳者としても活動。座右の銘は「山動く」。

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