Ontenna開発者・本多達也さんがデンマークで学んだ「心の余白をデザインする」ということ
富士通 Ontennaプロジェクトリーダーの本多達也さんへのインタビュー後編です。
前編では、現在デンマーク・デザイン・センターにてゲストリサーチャーとして研究されている、富士通 Ontennaプロジェクトリーダーの本多達也さんに活動内容をお聞きしました。後編では、デンマークでの暮らしから垣間見える、誰もが生きやすい社会について考えます。
ーーデンマークでご家族と暮らし、どのように感じますか?
デンマークの生活で感じるところは、税金が高い分、公共空間のクオリティがすごく高いということです。こどもたちが、安心安全に遊べる公園であったり、学校や保育園もデザインが圧倒的に良い。それから大学も教育費が無料で、奨学金をもらうこともできます。あとは、トラストベースドといって、信頼で成り立っている社会と言われています。たとえば、駅に改札がなかったり、アプリ決済のスーパーだったり。カフェの外のベビーカーで赤ちゃんが寝ていて、親は中で食事をしていたり。日本も安全な国と言われますが、あまりこういったことは考えられないですよね。
私は現地で聴覚障害者の人たちや団体とも交流をしていますが、デンマークにはろう学校がありません。その分、手話通訳や要約筆記がいて、当たり前のように情報保障があります。一部に手話のための教室もありますが、基本的には一般のこどもたちと生活をしています。こうやって、常に耳が聞こえない人たちと交わっている姿は衝撃でした。日本には、ろう学校や障害者の学校があり、そこに行く人と行かない人とで分断があるような気がしています。ところがデンマークでは、交わりつつも、手話のような文化を大切にする距離感が保たれていて、それは素晴らしいなと思いました。
もう一つは、家の近所にあるエリアについて。ミートパッキングエリアと呼ばれるここは、もともと肉の加工場で、最近までホームレスの溜まり場になっていました。その状況を変えるため、周りにギャラリーや、こどもの教育スペースをつくり、今はいい雰囲気になっています。ここでのポイントは、ホームレスが集まる区間を取り壊すことなくそのままに、周りをおしゃれな空間にしたことです。居場所を残すということはすごく大切だと思います。
これはあくまで例ですが、政策を含め、物事を決めるときに大切なことは、みんながそこに関わることや、自分が変えているという感覚なのではないでしょうか。実際、デンマークの投票率が86%と聞いた時には、とても驚きました。若者たちが政治についてお酒を飲みながら話せるような場が各地にあり、まるでファッションにふれるような感覚で政治が身近にあるようです。
それから、デンマークではダイバーシティ(多様性)という言葉をあまり聞かないように思います。それは、一人ひとりちがうのが当たり前で、そこを受け入れ合っているからでしょう。結局、誰もが生活しやすい社会とは、誰もが少しだけ相手のことを思える社会なのではないでしょうか。相手のことを受け入れることができる、人々の心の余白。この心の余白をどのようにデザインできるかということを、デンマークで暮らす中で考えています。
Ontennaもエキマトペも、そういったことが本質的にはあります。Ontennaを通じて、聴覚障害者にふれることや、全くちがう組織や企業などを巻き込んで変えていくこと。自分は何がやりたかったんだろう?と改めて見つめた時にも、そういうことがやりたかったんじゃないか、と感じています。
ーーOntennaの世界展開について教えてください
デンマーク国内では、Oticon(オーティコン)という有名な補聴器メーカーや、オーディオの研究機関、大学ともプロジェクトを進めているところです。Ontennaは現在、日本でのみ製造販売をしていますが、EUでも販売できるように進めています。また、アメリカやアフリカからの依頼にも準備をしているところです。これらと並行して、ドイツのハンブルクにある美術館で展示を予定しています。会期中には、地域のろう学校や、政府関係者などを招いたワークショップもあります。
これまでにも、インドのろう学校で音を感じてもらうワークショップをしたことがあります。現地では補聴器が高額のため、ほとんどのこどもたちは付けることができません。それはつまり、彼らが無音の状態で生きているということです。でも、Ontennaを付けて鳥やセミの音を身体で感じてもらった時に「これが鳥の鳴き声だったんだ!セミの鳴き声だったんだ!」とパッと目を見開いて…。その瞬間のことが、すごく印象に残っています。写真後方のスクリーンに映っているのは、オンラインでつないだ日本のろう学校のこどもたちです。手話の言語が国で異なるため、直接会話をするのは難しいのですが、Ontennaを使い身振り手振りで何かを感じ合っていて。そういうふうに交流している姿が、すごく美しかったです。
私は、これまである壁や分断を、どのように超えていくことができるのかということに、すごく興味があります。そして、テクノロジーはその一つのツールだと考えています。ChatGPTショックは特に大きく、自分は何を表現するのか?というような、クリエイティビティについても最近よく考えるようになりました。中でもいちばん重要なのは、そういったものを使いながら、どのように互いを受け入れ合い、心を近づけていくかということではないでしょうか。そして、それらを可能にするための余白。こういう考え方は、デンマークに来てから大きく変化したことかもしれません。
ーー今後の活動について教えてください
来年の3月に帰国予定ですが、先ほど話したような「どのように人々の心の余白を増やせるのか」という活動をしていきたいと思っています。これまでのOntennaやエキマトペなど、社内や社外を巻き込んだ共創プロジェクトの継続も、その一つです。2025年には、デフリンピックという、耳の聞こえないアスリートのためのオリンピックが東京で初めて開催されます。そこをマイルストーンにして、いろんなプロジェクトを具体的にしていきたいと思っています。
『SDGs時代のソーシャル・イントラプレナーという働き方』本多 達也 著(日経BP)
プロフィール 本多達也さん
富士通 Ontennaプロジェクト リーダー。1990年香川県生まれ。博士(芸術工学)。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置を研究。2014年度未踏スーパークリエータ。2016年度グッドデザイン賞特別賞。Forbes 30 Under 30 Asia 2017。Design IntelligenceAward 2017 Excellence賞。Forbes 30 UNDER 30 JAPAN 2019 特別賞。2019年度キッズデザイン賞特別賞。2019年度グッドデザイン金賞。MIT Innovators Under 35 Japan2020。令和4年度全国発明表彰「恩賜発明賞」。Salzburg Global Seminar Fellow。2022年よりデンマーク・デザイン・センターにてゲストリサーチャー。
AUTHOR
大河内千晶
1988年愛知県名古屋市生まれ。大学ではコンテンポラリーダンスを専攻。都内でファッションブランド、デザイン関連の展覧会を行う文化施設にておよそ10年勤務。のちに約1年デンマークに留学・滞在。帰国後は、子どもとアートに関わることを軸に活動中。
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